第7話 アステルの体質
「──さて、メモ姉へのお説教はこれくらいにして、私の体質について教えておこうか」
そう言うと、アステルはバッグから透明の布を取り出しラナデに被せ、再び池の中を見始める。
そして、一箇所に目狙いを定めると──、
素早く腕を池に突っ込み、先ほど地面を抉るほどの爆発を起こしたプロノカチックを掴み上げる。
アステルが掴み上げた途端、プロノカチックが体を撓らせ音を立て、爆発を起こしアステルの手を吹き飛ばす。
爆発と同時に吹き飛んだアステルの手は辺りへ飛び散るが、ラナデに向かって飛んだ片は、アステルが被せた布が衝撃を吸収する。
「折角さっき助かったのに、なんでわざわざもう一度爆発させてるんですか!?」
「ラナデ君、そう慌てなくて良いよ」
アステルは爆発で手が吹き飛び、傷口からは赤い血ではなく透明の液体が申し訳程度に流れ出る。
腕をラナデに向けて差し出すと、腕は瞬く間に再生していき、指先まで再生を終えると手を開いたり閉じたりとして見せる。
「私の体は『超活性型多分化希少星正細胞』、簡単に言うと『ast細胞』っていう、細胞1つ1つの生成、老化、分化、成長が急速に行われる細胞で形成されていて、腕が吹き飛ぼうが半身真っ二つに切られようが、極論細胞1つでも残ってれば今みたいに再生する、多分。だから、私のことはプラナリアの上位互換みたいなものだと思ってくれて良いよ」
「プラナリア、ですか……」
「全能性の細胞ではないから、切られてふたりに増えたりはしないけどね。……あ、それなら植物とかの方が近いかな?」
そう言うとアステルは、再び音を鳴らしながら跳ねているプロノカチックを足で払って池に戻す。
「もっと調べたいところだけど、ここばかりに時間を掛けても星全体を見切れないから次の場所行くよ」
アステルは槍を持って広場に入って来た道へと戻る。
「次の場所って、さっきの一本道の方を進むんですか?」
「そう、あっちはあっちで何があるのか見ておかないとね」
アステルとラナデは広場の入り口まで戻ると、シナリシネリギと絡みつくシズクダマリで形成された林道を進んでいく──。
それから暫くの時間歩いたが、林道は終わりの気配を見せることなく続き、傾斜になっているのか段々と地面が水気を帯び、歩いた箇所に靴底の跡を作り出していた。
「凄く長いですねー、この道。いったいあとどれくらいあるんでしょう? お姉ちゃん疲れちゃいました」
「メモリーお姉さんは歩いてないじゃないですか……、でも確かに長いですね」
ラナデがメモリーと話していると突然アステルが足を止め、ラナデはそれに気づかずアステルに後ろからぶつかる。
「どうかしたんですか?」
鼻をさすりながら何事かと思いラナデが前方に目を見やると、道の先で茂みがガサガサと蠢いていた。
「あそこ、何か居るね」
アステルがラナデにその場に待機するように言い歩き出そうとすると、茂みの奥から何かが姿を現す。
ヒト型知的生物と同じ完全な直立二足歩行、ひとりは頭から青い、もうひとりは黒いマントのようなものを身に纏っており、ふたりとも手にはアステルの見つけた槍を持っていた。
マントの間から見える体つきを見るに、男女だろうか。ふたりは何やら会話をしているようで、本当に言語を持っているのであれば、恐らくこの水没星バルパに文明を築いた者たちの生き残りで間違いないだろう。
アステルが歩いて近づいていると、ふたりはようやくアステルの存在に気付き、話すのを辞めて槍をアステルに向けて構え始める。
黒色の目の中に白い棘々とした白い円がある双眸で、フードの奥からアステルに睨みを利かせており、明らかに友好的な様子ではなかった。
「メモ姉、何かあったらエニフルへの連絡と、ラナデ君の退避を手伝ってあげて」
「アステル先輩それは、どういう……」
「私が逃げろと言ったら逃げて、それまで待機。いいね?」
そう言うとアステルはゴーグルを目元に掛け、槍やバッグを置いてふたり組へと近付いていく。
「君たち、言葉は通じるか──」
「ハイリン、ソガマティア! サモナ、ナカンリディア!」
男性らしき方がアステルに手をかざしてアステルを牽制し、女性は両手で槍をしっかりと持ち、姿勢を低く保って臨戦態勢のようなものをとっている。
「友好的……ではなさそうかな。あんまり大声を上げると生物が逃げちゃうから、話しやすいようあと少しだけ近づこうかな」
アステルはなるべく相手を刺激しないよう1歩、また1歩とゆっくりと歩みを進めていく。
そして、残り十数メートルほどまで近づき、アステルがそこで歩みを止めようとした瞬間──、
「ソガマティアウラ!」
男性が声を張り上げ、手に持っていた槍をアステルに向けて振り被る。
「あ、近づきすぎた。ラナデ君、逃げな。状況が落ち着き次第合流。メモ姉のエニフルへの連絡は随時、私からの連絡が無け──」
投げられた槍は、アステルの腹部を貫き言葉を遮った。
透かさず女性がアステルの懐に潜り込み、防ごうとしたアステルの手ごと喉を突き上げ貫く。
ラナデがその様子を呆然と眺めていると、
「ラナ君、呆けてないで早く道の脇に逃げ込んでください!」
メモリーが声を上げ、ラナデはハッとして脇の森の中へと駆け込んでいく。
「逃げるって、どこに行けば良いんですか?!」
「取り敢えず、着星地点まで走ってください! 他にも仲間がいるかもしれないので全力で! 死にたくないですよね?! 死ぬ気で走ってください! 死なないので!」
メモリーに言われ、ラナデは枝で目を傷つけないように腕で顔を覆いながら木々の間を走り抜けていく。
道中シズクダマリの蔓に足を取られるが、直ぐ様体勢を立て直し再び走り出す。
広場との分かれ道まで戻って来ると、ようやく足を止めて後ろを振り返る。
追手はなく、逃げ切ることが出来たとラナデが安堵していると、広場から話し声のようなものが聞こえ、ラナデはシナリシネリギの木陰から顔をのぞかせる。
するとそこには、先程のふたり組と似た格好をした者たちが4名、広場で何かを探している様子で歩き回っていた。
ラナデが広場の様子を覗き見ていると、ふと背後から肩を叩かれる。
ラナデが咄嗟に振り返ると、そこにはアステルを襲ったふたりと、広場に居る者たちの仲間であろう者がラナデの顔を覗いていた。
「ハイリンメ、ユーリンナ? ユルリタップシ?」
「あの、えっと……」
声を掛けられラナデが後退りしたとき、シズクダマリの落とした玉を踏んでしまい、割れた音を聞いて広場にいた者たちもラナデに気付き歩いて来る。
「ラナ君、走って!」
メモリーの掛け声と同時に、ラナデはバイクが停めてあった方角の叢に飛び込むと、振り返ることなく走る。
広場に居た者たちはラナデの後を追って叢に飛び込んでくる。
「ハイリン、ソガマティア!」
何かを叫びながら追ってきているが、ラナデは脇目も振らず一直線にバイクの元へと走っていく。
そして、バイクが停めてあった付近まで来ると、追手は巻けていたようで、ラナデは足を止めて深呼吸をする。
「なんでこうも立て続けに何か起きるんですか……」
「それは、多分シュメちゃんの体質が原因ですねー」
「アステル先輩の、体質? 何があっても死なないっていう?」
ラナデが聞くと、メモリーは静かに首を横にふる。
「シュメちゃん、本人は気付いてないみたいですけど、かなりの“不幸体質”なんですよねー。他の子がシュメちゃんとの調査を敬遠するのも、近くにいるとその不幸に巻き込まれるかららしいですよー」
「えぇ……、なら別行動したほうが良いんじゃないですか?」
「そう思いますよねー。でも、今までの記録上、結局のところシュメちゃんと居て判断に従うのが一番安全なんですよねぇー」
ラナデとメモリーが話しながら歩いていると、程なくしてバイクを繋ぎ停めておいた場所に着く。
しかし──、
「えっ……? なん、で……バイクが、無くなってる……?」
「──っ! ラナ君、後ろ!」
停めてあった筈のバイクが無くなりラナデは立ち尽くしていると、振り返る隙もなく後頭部を殴られ、ラナデは目の前が暗くなりそのまま意識を失ってしまった。
第7回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
『アステル=モシュメの出身星』について
シュメちゃんの産まれた星は、ラスティア腕・黒耀系第4惑星・『仙寿天命星シュウ』という星です。
仙寿天命星は地球ほどの大きさで……えっと……、あとはよく分かりません! ごめんなさぁ〜い!
ここからは現時点での予想でお話いたしますが、そもそも黒耀系自体危険な惑星系で、『OF・S 83』と呼ばれる惑星を中心に、辺り一帯が惑星系ブラックホールと呼ばれており、黒耀系は皆さんのよく知る太陽系の約12万倍、仙寿天命星は太陽の約50倍の質量があり、それらが互いに空間を圧縮してしまう程の超引力を持っているため近付くことができません。
重力で言うと、仙寿天命星はなんと! 地球の約1億6000万倍と予想されます! 想像がつきませんね〜。
一説によるとこの黒耀系は、爆発を終え超大質量ブラックホールになろうとしている途中では? や、既に惑星系型ブラックホールとして完成されているのでは? OF・S 83や周りの惑星は集団性の重力崩壊型極超新星爆発の準備期間に入っているのでは? 等々、様々な仮説が立てられています。
そんな危険な惑星系にある仙寿天命星の記録をするには、可視光線等での観測による推測と、シュメちゃんの情報だけが頼りなのですが、肝心のシュメちゃんは全然教えてくれないんです。
唯一教えてくれたことは、“光のほとんど無い暗い星に、ただただ広い地平線だけが続いていて、私たちだけが居て他の生物は何も居なく、これと言った娯楽も何も無い。仙寿天命星の人間は、重力に耐えきれず原型を留めておらず、どうやって生まれてどうやったら死ぬのか、そもそも死ねるのかは全くもって判らない。あと、物凄い圧力で隙間なく星が固められてるから、全く地面が掘れない”ということだけなんです。
最後の地面の件はなんともシュメちゃんらしいと言うか何というか……。
シュメちゃんを見つけた時は、何も着ておらず生身の状態で宇宙を漂っており、シュメちゃんがどうして今まで過ごしてきて、どうやって黒耀系から脱出してきたか全くの謎なんです。ただ、聞いた話だけでもシュメちゃんにとっては、とても生きていて退屈な場所だったんだろうなと思います。
今はシュメちゃんも楽しく過ごせているとお姉ちゃんは思います。楽しくないって言われちゃったらショックですけどねー。まあ、そんなこと絶対にないとお姉ちゃんは思いますよぉー。