第6話 爆発性の魚 危険につき
「そ……んな……アステル、先輩……」
ラナデは震える声でアステルを呼ぶが、勿論返事など返ってこない。
「すごい爆発でしたねー。危うく巻き込まれるところでした」
落ち込むラナデを元気付けようとしているのか、メモリーは変わらぬ様子でラナデに話しかける。しかし、今のラナデにはそんなメモリーの態度が快く思えず、寧ろふつふつと怒りが込み上げてきていた。
「なんでそんなに呑気で居られるんですか! アステル先輩はさっきの爆発に巻き込まれて──」
「お姉ちゃんの隣に来ちゃってますよぉー」
感情のままに言葉をぶつけようとするとメモリーに言葉を遮られ、勢いのまま振り向いたラナデは、その言葉とともにメモリーの隣に立つアステルを目の当たりにして固まる。
アステルは爆発によって服がボロボロになってしまってはいたが、傷一つなく平然とメモリーの横に立っており、先程の魚の鱗を火打ち石でも叩くかのように擦り合わせて火花を散らせて遊んでいた。
「咄嗟にラナデ君を蹴り飛ばして避難させたは良いんだけど、魚を投げる捨てるのが遅れて爆風で吹き飛ばされちゃったよ。にしても、うん、面白かったね」
アステルは気分が良さそうにして記録書をバッグから取り出すと、先程の出来事とともに魚の外見と特徴を書いていく。
「体表の鱗を火打ち石のように擦らせて爆発を起こす魚か……そうだね……『プロノカチック』とでもしようかな」
アステルは名前を決め記録書に書き終えると、バッグから自身の着ていた服と同じものを取り出す。
「こんなこともあろうかと、着替えは何着か持ってきてるんだよね」
そう言うとアステルは、そのままボロボロになった服を脱いでバッグの中にしまい、新しい服に着替え始める。
「はーい、ラナ君は見ちゃ駄目ですよぉー。シュメちゃんの裸体を見て良いのはお姉ちゃんだけですからねぇー」
メモリーはラナデに後ろを向くよう促す。
「見られたからといって別に困ることは無いけどね。というより、メモ姉だけは見ていいなんて言った覚え、私は無いんだけど?」
「んもぅ、あんまり硬いこと言わないでくださいよー。あ、シュメちゃんの肌はさぞかし柔らかいんでしょうけどねぇー。お姉ちゃん、実体がなく触ることができないのが残念で仕方ありません……」
「みんなからしたらメモ姉の触り心地のほうが気になるんじゃない?」
「んもぅ、シュメちゃんったらぁ、そんなに気になるなら作ってもらっちゃおっかなぁー」
と、そうこうしているうちにアステルは着替え終わったが、ラナデは未だに頭の処理が追い付いていない様子で何やらブツブツと言っており、考え事をしていた。
アステルとメモリーは、何を言っているのかとラナデの声に耳を傾ける。
「えっと、毒は飲んでも死なないような体質、プロノカチックの最初の爆発では威力は分からないけど放心状態になるほどダメージを受けていて、その状態で地面が抉り取られるような爆発に巻き込まれたのに無傷……んん〜? なんで……?」
そのつぶやきを聞いたアステルがメモリーに目を向ると、同時にメモリーは気まずそうに目を逸らす。
「メモ姉、また一緒に働く人のこと事前に教えてなかったの?」
ただでさえ抑揚の少ないアステルの声が更に低くなって発せられ、メモリーは思わず肩を跳ねさせる。
「あ、あのですね。シュメちゃんの体質を知って怖がってしまうかもしれなかったし、それに、調査中に不意に知った方がサプライズみたいな感じで驚くかなぁーと……思い、まし……て……」
半目を作り不機嫌そうにじっと見つめてくるアステルに、メモリーは人差し指をつつき合わせながら答えるが、アステルの雰囲気に気圧されて段々と声が小さくなっていく。
「それ、前半はただの建前だよね? いろんな星に行かなきゃいけない星間記録課に配属されるような子が、そんなことで怖がったり気味悪がったりするわけないでしょ?」
アステルがメモリーのあまりの無責任さに呆れてため息を付くと、メモリーは再び肩を跳ねさせる。
「シュメちゃん、怒ってる……?」
「……怒ってない。ただちょっと、メモ姉に呆れてるだけ」
「シュメちゃん、やっぱり怒ってますよね?! 今度からちゃんとするので、許してくださいよぉー。お姉ちゃんを嫌いにならないでください! お願い! ね? ねっ?!」
アステルは必死に謝るメモリーを放置してラナデの横にしゃがみ込むと、指でラナデの頭を小突く。
アステルに小突かれて、ラナデはようやくハッと意識を取り戻す。
「あ、アステル先輩、怪我は無いんですか!?」
「大丈夫、全くもって超元気」
アステルはそう言うと、表情は変えぬままピースサインを作って見せる。
その様子を見てラナデは安心していると、アステルの後ろで土下座をしながらブツブツと喋るメモリーが視界に入る。
「この度は、お姉ちゃんの勝手な判断で大変ご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます。
これからのお姉ちゃんは行うべきことに遵守し、伝達に漏れがないように尽力させていただく所存にございます。
ですので、どうかお姉ちゃんのことを嫌いにならないでください。もし既に嫌いになってしまっているのであれば、許してもらえる方法をお姉ちゃんに教えてください。
それすら許してもらえないのであれば、嫌いなりにでも、僅かながらの慈悲として優しく接してください。そうでもしてもらえなければお姉ちゃんはきっと、心が擦り減ってしまいます。
まあ、心臓はお姉ちゃんには存在しないんですけどね。強いて挙げるとすれば、エニフルにある核ですかね。機能が停止しちゃうかもしれません。
ああ、シュメちゃんに嫌われるくらいならもういっそのこと機能停止しちゃおうかな? そうした方がお姉ちゃんマシかな?
というより、ここまでずっと謝ってるけど“仕方ないなぁ、それだけ誠心誠意謝っているのなら今回は許してあげるよ”という言葉待ちなのに、全く声かけてもらえないな、おかしいな?
いつもならここまでする前に許してもらえるのにな。許してもらえたらお姉ちゃんもうすっごく喜ぶんだけどな。何なら、これまで以上にお仕事頑張っちゃうかもしれない。まあこれ以上頑張ること特にないんですけれど。
……全然許しの合図来ないな、そうか、お姉ちゃん許してもらえないんだ。シュメちゃんに嫌われたのならお姉ちゃんもう生きていけない。
はぁ、本当に機能停止しゃおうかな? あーあ、ごめんねーとかゆる~く振る舞って謝ってるはずのいつものお姉ちゃんキャラを崩してでも謝ったのになぁ、無駄に終わっちゃったなぁ。
あーもー無理、無理無理無理、お姉ちゃん本当に生きていけない。まあ元々、“生物として生きている”の分類にお姉ちゃん入ってないんですけどねー、はは……」
あまりに立て続けに話し続けるメモリーに、ラナデは何事かと話しかけようとするが、アステルに腕を前に出されて制止される。
「メモ姉、ちょっと良いかな?」
アステルにようやく声をかけてもらえ、メモリーは僅かな希望を胸に顔を上げる。
「率直に、長い」
アステルはメモリーの淡い希望を真っ向からバッサリと断ち切った。そして、メモリーの言葉に駄目出しすらし始める。
「自身の過ちを認めて反省しようとするのは良いね。でも聞いてる側が何を言いたいのか分かりにくい。謝るのなら謝ることを明確に提示して簡潔に、変な思考を挟まない。相手に伝わらなきゃいくら謝ってても意味ないでしょ?」
メモリーは正座したまま、しょんぼりと縮こまってアステルの話を聞いていた。
「──ということができるようにしてね。はぁ、なんで調査に来て早々2回も相手の行動に注意しないといけないのかな……。なんだっけ? ……ああ、誠心誠意謝ったつもりだったのなら、今回はもう“許してあげる”よ」
アステルの言葉に、今まで落ち込みきっていたメモリーの表情は即座に明るくなる。
「シュメちゃんならきっと許してくれると思ってました!」
「ただし、これからはちゃんと仕事するんだよね? 次は本当にないからね?」
「はい! お姉ちゃん、今まで以上に頑張っちゃいますよぉー!」
アステルとメモリーのやり取りを見て、何が何だか分からないが、なんとか収まったようで良かったと思うラナデであった。
第6回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
『プロノカチック』について
プロノカチックとは、別名“擲弾魚”と呼ばれる棘鰭上目・フラッシュフィッシュ目・フラッシュフィッシュ科・ハレツギョ亜科・ハレツバス属に分類される肉食性の淡水魚です。
体をうねらせ体表にある鱗を秒間約120回震わせ、硬い鱗の端で下の鱗の表面を摩擦で溶かすことで、瞬間最高温度1万度もの超高温を辺りに生み出し爆発を起こして狩りをする魚で、敵に捕まったときは自身の命と引き換えに、辺りにものすごい熱と衝撃とともに自身の鱗を手榴弾のように撒き散らして相手を倒します。これは俗に、最後の光景と呼ばれているんですよー。
はいそして、なぜプロノカチックがそのような超高温を生み出し、それに耐えられるのかというと、その秘密はプロノカチックの鱗が関係しているんです。
プロノカチックの鱗は、過負荷粒子閃鉱と呼ばれる鉱石と非常に似た構造をしており、プラズマを発生させても表面だけが溶け、逆に内側は熱くなったり、砕けてしまったりすることがないほど熱伝導率が低いため内部まで熱を通さないでいられることができるんです。ただその代わり、寒さにはめっぽう弱いのだとか。
鉱石と同じ特性を体に持つ魚、面白いですねぇー。まあ宇宙にはチラホラ居るんですが、プラズマズラプと同等の構造を持つ生物はそうそう居ないですね。
ちょっぴり話がズレてしまうんですが、熱いと言えば“カンカンに怒る”なんて表現があるほど怒ると人の体温は上がりますが、小さな生物にちょっかいを掛けられるなどされたプロノカチックが怒ると、いったいどうなるんでしょう? 瞬間的な超高温ではなく、持続的に超高温を生み出すのでしょうか? お姉ちゃん気になりますねぇー、誰か実験してきてくれませんか?
因みにココだけの話、シュメちゃんが心の底から怒ると普段の様子からは想像もつかない程口が悪くなって、カンカンに怒るじゃ表せないほどとっても怖いので、皆さん気をつけてくださいねー。今回のお話では多少イライラしてはいたようですが、怒る程気にはしていなかったようです。良かった良かった。
えっ? 何がきっかけで怒って、怒るとどうなるのか? さ、さあどうでしょう。今回はプロノカチックについての豆知識なのでそれについてはまたいつか、豆知識で紹介するか、どこかでシュメちゃんが怒るまで秘密ですねー。お姉ちゃんはもう怒られたくないので、今回の豆知識はこれで終わりですよぉー。