第4話 怪魚一本釣り
「──ラナくーん朝ですよぉー。まあ、ずっと明るいんですけどねぇー。おーい、ラーナくーん。早く起きなきゃシュメちゃんの手料理をお口に突っ込んでもらっちゃいますよぉー」
「それだけはご勘弁をッ!」
ラナデが眠りについてから時間が経ち、翌日へと日は回る。
メモリーの呼びかけでラナデが勢い良く飛び起きると、直ぐ側で昨日食べなかったマルタヒキガエルの焼いた肉を持ったアステルが、不機嫌そうにラナデを見下ろしていた。
「本当に作って目一杯に詰め込んであげようか?」
「すみません……」
ラナデが潔く謝ると、アステルは小さくため息を付いて手に持っていた肉を1口かじる。
ラナデの顔の横でメモリーが
「あまり女の子を傷付けることを言っちゃいけないぞー」
と耳打ちしてきて、ラナデは罠仕掛けてきたのはそっちでしょうと思ったが、ラナデは心の中に留めておくことにした。
「アステル先輩、この後はどうするんですか? 本格的に調査しますか?」
「ああ、ラナデ君が寝ている間に辺りを探索していたら、ちょっとばかし面白そうな場所を見つけてね」
「面白そうな場所? いったいどんな……?」
「ふふ、それは見てからのお楽しみかな。そのマルタヒキガエルの上半身持って来てくれるかな? あ、今朝気付いたんだけど、指の先に毒爪埋まってるから気を付けてね」
そう言うとアステルは、もともとマルタヒキガエルの頭部に刺さっていた槍のようなものを持ち、茂みを掻き分けて歩いて行ってしまった。
ラナデはマルタヒキガエルを脇下で担ぎ、毒爪が刺さらないよう反対の手で前足を束ねて持つと、慌ててアステルの後を追いかけていく。
「ちょっとくらい待ってくださいよ……」
「ラナ君、シュメちゃんはいつもあんな感じで自分の好きなように行動するので、言っても無駄ですよぉー」
そうしてラナデとメモリーが、軽い雑談をしながらアステルの後を付いて歩いていると、いつの間にか足が水に浸からなくなっており、地面も四角く整えられた石が敷き詰められた舗装された道に出ていた。
道端を大量のシナリシネリギが木漏れ日を差す程度に屋根を作って取り囲んでおり、道の先には薄く水が溜まっている階段状に作られた半円状の石段があった。
アステルは既に階段の直ぐ下におり、槍を足元に置いて、シナリシネリ木に巻き付いた蔓を引っ張って眺めては記録書に書き込んでいた。
ラナデは水の張っていないここなら急いでも怒られないだろうと踏んで、アステルの下まで小走りで駆けていく。
幸いアステルは気にしておらず、蔓の先端の膨らんだ部分から丸い玉を取り出し、眺めたり匂いを嗅いだりした後、口の中に放り込むと、まるで飴でも食べるかのように噛み砕く。
「苦味無し、味無し、中に粘性の液体有り。水を利用して作られた、種子を保護するものか、真珠等の鉱物に近いものかな」
そうブツブツと言いながら、アステルは脇に挟んでいた記録書を開き、再び書き込んでいく。
「アステル先輩、それは?」
「ん? 何だもう居たのか。これは『シズクダマリ』って言う見たところは蔓性植物かな。今名付けた。ふふ、残念だったね」
アステルはそう言って薄い笑みを作ると、「そして」と話を続ける。
「これは他の木に高く巻き付いて、蔓内の水分を使って作った玉を先端から落として生息域を広げるんだと思う。けど、見たところ種子が入ってるわけでもなさそうだから、何なのかはよく分からない。まあ、中の液体が種子なのかもしれないね」
「面白いものって、それのことですか?」
あまりに楽しげに話すアステルにラナデは聞く。
その間マルタヒキガエルが重たかったので、ラナデは毒爪を十分に気を付けながらゆっくりと置く。
「違うよ、面白いものはこの先。さ、今置いたマルタヒキガエルを持って。早く行くよ」
アステルは記録書をバッグにしまい、足元に置いていた槍を持つと、辺りをゆっくりと見回しながら階段を1段、また1段と上っていく。
ラナデは先程とは反対の腕でマルタヒキガエルを抱え、階段を上る。
階段を上り切ると、左右に道が分かれており、向かって右側の道はずっと奥までシナリシネリ木と、絡みつくシズクダマリで出来た細長い林道が続き、左側には中央に大きな池のようなものがある広場があった。
アステルはラナデが階段を上り切るまで待つと、「こっちだよ」と言って左側の広場を指差して歩いていき、ラナデもその後についていく。
「ここは、公園……ですかね? お散歩用とかの」
「さあ、ラナデ君の言う通り公園だったかもしれないし、誰かの家があったりした場所。はたまた塵溜や、戦場だったかもしれない。どれだったにせよ、今となっては知りようがないね。と、言いたいところだけど」
そう言いながらアステルは、手に持っていた槍を眺める。
「もしこの槍が人為的に作られたものなら、槍で刺されていたマルタヒキガエルが腐敗していなかったことを考えると、刺されたのも最近、何なら私たとがあの場所に着く直近だった可能性も考えられる。これはつまり、この星にはまだ高度知的生物当たるものが居る! ……かもしれない」
「良い着眼点ですねぇー、流石シュメちゃん。実は、ついさっき記録処理課から連絡があって、先行調査課の子が“二足歩行の生物の足跡らしきものを捕捉した”そうですよぉー。調査課の新人さんが発見し、報告し忘れていたみたいですねー」
ラナデがアステルの勢いに気圧されて何も言えずにいると、見かねたのかは分からないが、メモリーが場を受け持ってくれる。
しかしこれで、この水没星バルパにもまだ人がいる可能性が上がったということだ。だが問題は、どこに居るかもそうだが、“対話が可能”か。
もし不可能であれば、自身の身が危険に晒されるかもしれないということは、ラナデも重々理解していた。その上で、星間記録課の新米としてどれだけアステルの役に立てるか、それをラナデは自分の中で課題にすることに決めた。
そして──、
「あ、そういうことか! ここにその槍を作ったであろう人が居た痕跡があるんですね?!」
「違う」
「えっ?」
折角理解出来たと思い聞いたことを、あまりの速さで否定されラナデは思わずたじろぐ。
アステルは薄っすらと浮かべた笑顔で手招きをすると、広場の中央にある池へと歩いていき、しょんぼりとしながらもラナデも後に付く。
その間メモリーがラナデを、
「あらら〜残念、次頑張りましょうねー。でもでも、今回は努力賞をあげちゃいますよぉー」
と励ましていた。
池の側まで近付くと、中央に向かって階段状の段差が出来ており、1ヶ所だけ特に水が淀んでいて、底がどれだけ深いのかも判らない程だった。
水面に小魚がの影がチラホラと見え隠れし、何も居ないただの水溜りでないことは見て取れる。
アステルとラナデが段差を数段降りて池の周りを歩いてると、ラナデはふと違和感を持った。
「アステル先輩、あそこの淀んだ水域、移動しませんでした? さっきまでもう少し壁際にありませんでした?」
「そう? 風なんかで少し揺らいだだけじゃない? 気になるなら見てていいよ」
「お姉ちゃんもあまり気にしてませんでしたねー。どうなんでしょう」
アステルとメモリーは何も気付いていなかったようで、ラナデも勘違いかと思い首を傾げていると、再び淀みが動き、淀みを軸にして波紋が広がる。
「あれやっぱり動いてますって! 絶対何か居ますよ!」
あまりのラナデの慌てようにアステルも何かを察したようで、池の縁から上がると、バッグから長いロープを取り出し、ロープの端を短く切る。
そして、柵の外側で広場を囲うシナリシネリ木の内の1本に手を掛けると、目一杯引っ張って短く切ったロープとシナリシネリギを括り付け、もう1つの長いロープは先端に、枝に縫い合わせるようにして強く結ぶ。
「ラナデ君、マルタヒキガエル貸して」
「は、はい」
アステルに言われ、ラナデはどれだけその小さなバッグに物が入っているのだろうと思いながらも抱えていたマルタヒキガエルを差し出すと、アステルはマルタヒキガエルに十字になるようにロープを結び、指の先から毒爪を引っこ抜くと、皮に縫い付けるように通していく。
「よし、こんな感じで良いかな」
そう言うとアステルは、マルタヒキガエルを持って池の縁へ戻っていく。そして、次の瞬間──、
「んそいっ!」
という掛け声とともに、アステルはマルタヒキガエルを池へと放り投げる。
投げる時に濡れた地面で足を滑らせたのか、アステルはその場に尻餅をついてしまう。が、アステルは直ぐ様立ち上がると、シナリシネリギを括り付けた柵の下まで走って行く。
柵の下まで来ると、アステルは柵に括り付けたロープにナイフを当てて、池とシナリシネリギの先端を交互に見る。
その状態がしばらく続き、ラナデが痺れを切らして何をしているのか聞こうとすると、突然シナリシネリギが激しく撓り始める。
「よし!」
アステルはロープを掴み、ナイフで直ぐ様シナリシネリギと柵を繋いだロープを切り離す。
すると、シナリシネリギは勢い良く元の真っ直ぐな姿に戻ろうと撓り、池まで長く伸びたロープを引っ張り上げる。先程、アステルが括り付けたマルタヒキガエルではなく、もっと巨大な黒い塊を引き連れて。
黒い塊は水しぶきと共に宙を舞い、アステルたちの頭上でまで来ると、程なくして勢いをなくし落下する。
「おっとこれは……」
「逃げなきゃマズいですねぇー」
「う、うわああぁぁぁぁぁ!」
間一髪のところでアステルたちは黒い塊を避け、黒い塊は地面へ落ちると共に、周囲一帯に地響きを鳴り起こした。
落ちてきて判ったのは、黒い塊の正体はとてつもなく大きい魚だということだった。
第4回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
『シズクダマリとクロドライト』について
シズクダマリとは、別名“涙蔓”と呼ばれるタマリツル目・ミズダマリ科・シズクダマリ属に分類される蔓性植物で、花言葉は『一時の涙、あなたをここで待つ、死んでも離れない』です。
巻き付いた植物の上部から雌株を垂らして余分な水分を省きながら作り出した、液状の種子を水の結晶で囲った玉を落とし、地面へと落ちた玉は中の液状の種子が出す分解液で、時間経過で表面の結晶が溶けていき、やがて地面へと染み込みます。
すると、種子が染み込んだ地面から水分を吸い取った植物に寄生し、植物の根元から蔓を伸ばしていきます。寄生植物ってやつですねぇー。ただ1つ一般的な寄生植物と違うのは、苗床にした植物と押し付け気味に“共生関係”になることですね。
シズクダマリは光合成する葉が無いので、苗床とした植物から少量の栄養を貰って種子を作りますが、それ以外のときは逆に、苗床とした植物へ辺りに張った蔓が地面から吸い出した水分を供給し、水分吸収効率を上げるんです。面白いですねぇー。
そして、シズクダマリが稀に受粉できなかったときに生まれる“クロドライト”というものがあるのですが、これは、液状の種子を囲う周りの結晶のことを言います。
このクロドライトは、中にある種子のおかげで溶け出す結晶が溶けなくなり、結晶だけが残った場合のみが取り残されてしまった非常に珍しいものとなっており、専門家やマニアの方からは“雫水晶”とも呼ばれるモース硬度4の宝石とされているそうですよぉー。お姉ちゃんもお1つ欲しいですねー、お金は物理的に払えないので、誰かプレゼントしてくれないかなぁー?
ああ因みに、クロドライトの石言葉はシズクダマリの花言葉に由来して『弱き自分との決別、めげない心、勇気ある決断』ですよー。