第三十三話 雨季明け
──アステルたちはリミナを離れ、三度着星地点まで探索しつつ歩いてきていた。
「なんか、どこか変わったのかってくらい代わり映えがしませんね。本当に雨期なんてあったんですかね?」
ラナデは雨期開け直後の水没星を見渡しながら呟くと、片手間に小型の生物を記録しながらアステルが口を開く。
「雨期自体はあったよ。見てきたからね」
「見てきたんですか?」
「ちょっとだけね……、大変だったよ」
「大変?」
ふたりが話していると、メモリーが現れ間に入り込んでくる。
「お姉ちゃんも気になりますねぇ。シュメちゃん、バッグ置いていっちゃうんですもん。置き去りにされて、お姉ちゃんは悲しかったですよー」
メモリーはしくしくと嘆きながら、自身の頭上に雨雲を映し出して雨を降らせている。
アステルは記録が終わったのか、小型の生物を放すと記録書をしまい、再び辺りを見回し始める。
「大変って言っても本当にちょっとだけだよ。この辺りは……そうだね」
「無視ですか? そうですか……」
目の前をちらつくメモリーを気にすることなく、近くの木の自身より頭ひとつ高い位置をゆびさす。
「大体あの辺りまで水が満ちてたね」
ラナデがアステルの指す先に目を見やると、シナリシネリギの枝に小魚が刺さっていたり、枝の隙間に取り残されて干からびていたりしている。
ほかにも、よく見るとアステルの指した辺りに薄く泥がついて層ができていたりと、確かにアステルの言うとおり雨期があったであろう痕跡が見てとれる。
「じゃあ本当にあったんですね……」
「そう言ってるでしょ。それと、これから水中の調査を主に行うわけだけど……」
そこまで言って言葉を止めると、アステルの顔に薄い笑みが浮かぶ。
「ふふっ。リミナに戻る前に、水が濁っててよく見えなかったけど、ユエルォトルと同じくらい、いやもしかしたらそれよりもずっと大きいかもしれない生物らしきものを目にしてね。
雨期に水の深いところから迷い込んできたのだとしたら、これからの調査で見つけられるかもしれないってことだからね。楽しみだね」
アステルは言うと、バッグに両手を突っ込み探り始める。
「──随分と楽しそうだな、アステル=モシュメ。何か良いことでもあったのか?」
アステルがバッグを探っていると、何者かに背後から声を掛けられる。
三人が声がした方を振り返るとそこには、アクア・リタとリトが並んで立っていた。
「まだありかけの段階だね。ふたりは見かけないとは思ってたけど、どうしてここに?」
受け答えるアステルの顔には直前までの笑みはなく、既にいつもどおりの気力の感じられない顔に戻っている。
「周辺の確認作業から戻るときに、ちょうど君たちが出て行くところを見かけたんだ。そして、リミナで君たちが出て行った理由を聞き、こうして追いかけてきたというわけだ」
「何も言わずに出て行くのは良くない。せめて何か告げるべき」
そう言うリトの様子は、心配しているようにも若干怒っているようにも見える。
「ごめんね、見当たらなかったから。それで、なんで付いてきたのかな?」
アステルが聞くと、アクア・リタとリトは顔を合わせる。
そして、すぐに再びアステルたちに顔を向ける。
「俺もリトも、君たちについて行こうと思ってな。もし君たちがリミナを出て行くのであれば、俺たちもついて行きたいと前々から無理を承知でドゥカッセさんたちに頼み込んでいたんだ」
「私たちには頼み込まれてないけど。あんまりうれしくないな、そういうことされるのは」
アステルは自身に許可を得ず勝手に付いてきたアクア・リタたちに言い放ち、肩をすくめる。
「すまない、許可を取れたのもついさっきのことなんだ」
「私もリタも、一度あなたに負けた身。勝つまで付き従うのは道理。
それに、ヒラゲコ目当ての生物を狩っているときに分かった。あなたたちよりも私たちの方が、水の中での動きに適してる」
「つまり、何が言いたいのかな?」
アステルは聞く。
「あなたはいつも、獲物を見つけては眺めていた。ただ、水の中の獲物は素早い。あなたでも難しいと思う。
そこで、私たちがいれば、代わりに捕ってあなたに渡すことができる」
「そ、そうだ! それに、もしかしたらソナタの者たちにも会うかもしれないだろう? そのときに俺たちがいた方が良いと思わないか?」
アクア・リタとリトの提案を聞き、アステルは顎に手を当て「ふむ……」と少し考える。
「付き従うってどこまで来るつもりなのかな。勝つまでって言ってたけど、雨期の間一度も勝負ごとを挑まれなかったよ?」
「今は勝てないことくらい分かってる。私たちはパッソほど馬鹿じゃない」
「まあ、そうだよね」
アステルは「ちょっと待ってて」とラナデ、アクア・リタ、リトの三人を待たせると、メモリーを連れてその場を離れる。
「しゅ、シュメちゃんってば大胆。皆さん見ていましたよ……?」
メモリーはセーラー服姿になっており、頬を染めて付いてくる。
「もちろんこの展開は告白ですよね、きゃ~お姉ちゃんどうしましょう!」
メモリーが期待に胸を膨らませる中、アステルは後方に居るアクア・リタたちを確認し足を止める。
「メモ姉」
「は、はい。なんですか……?」
「今後、アクア・リタとリトがエニフル、またはほかのログステーションに来て働くことになる可能性はどのくらいありそう?」
「残念、違いましたか」
本当に告白されるとでも思っていたのか、メモリーはガクッと肩を落として落ち込む。
「そうですねぇ……、まあ、可能性だけで言えばかなり高いと思いますよ。
リミナの方々の生態上、何事も決める際は決闘で勝った方が優先され、負けた方はそれに従うようですから、アクア・リタさんとリトさん……リトさんには勝ったかというとちょっと違いますが、お二方に勝ったシュメちゃんは、行く先を決める権利があるようなものなのではないでしょうか? 棲み処を出て付いて来ようとするくらいでもありますし」
「帰ってと言ったら帰ってくれると思う?」
「どうでしょう、権利があるとは言っても、少なからず敗者にも、ことを決めることは可能なようですから。何度も頼み込んでいたと言っていたので難しいのではないでしょうか」
「そう……」
アステルは小さくため息を付くと、メモリーと共にアクア・リタたちの元へと戻る。
「──ふたりとも、付いてくる分には別に良いよ」
「本当か!? ありがとうアステル=モシュメ!」
「必ず役に立つ。約束」
無事アステルから許可をもらい、喜ぶふたりにアステルは「ただし」と付け足す。
「ソナタって子たちに会ったときやリミナに戻ったとき、今から見せる物のことは絶対に誰にも話さないでね」
第三十三回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
『ドゥカッセ』について
ドゥカッセさんはパッソさんとブッセさんの母で、リミナでは一番の実力を持っていたアイタさんが亡くなった現在では、ドゥカッセさんがリミナで一番の実力を持っています。
ほむほむなんですか? つい先日片腕を失ったばかりなのに、それでも一番強いのかって? そうなんです! もともとドゥカッセさんが槍を使う際、片腕と体を主に使い、もう片腕はその軽い補助としてしか使っていなかったようで、あまり支障はなかったそうなんです。
雨期の間、シュメちゃんがブッセさんの槍さばきを実際に体験してみたいと言って、よく放り飛ばされていたの見かけることがありました。
体験したシュメちゃんが言うには、“片腕を失ったとは思えないほど動きがなめらかで、まるで舞でも舞っているかのよう。リミナ一の実力があると言われるのも納得。”だそうです。
ただドゥカッセさんは、リミナ一の実力者だと言いましたが、リミナ内で意思決定をする際ほとんど出ることはなく、傍観者としてその場を見守っていることが多いらしく、その理由を聞いたのですが「ドゥカッセが決めると、そこからずっとドゥカッセが決めることになってしまうからね。すごく大変。前はアイタがやっていてくれたから、ドゥカッセはそれに従うだけで良かった。でも今は違う、すごく、面倒は嫌だから、一度も決めたくはないよ」と言っていました。
確かに物事の指揮を執るのは大変ですよねー。それがずっと続くとなればなおさら。ドゥカッセさんのお気持ち分かりますよー。まあ、お姉ちゃんは指揮を執ることないんですけどねぇー。




