第三十一話 痕跡
リトとブッセのいざこざも収まり、漸く落ち着きを取り戻したリミナでは、なぜかラナデがパッソに猛特訓をさせられていた。
「違う! もっと、もっと強く突くんだ! そんなものじゃあこのパッソどころかさっきのユエルォトルすら貫けぬぞッ!」
「知りませんよそんなこと! そ、そもそもこれでも十分全力でやってるんですけどっ! アステル先輩からもなんとか言って下さいよ!」
ラナデは側で見ているアステルに目を向ける。
アステルは記録書にラナデたちの様子を書き込んでおり、途中で手を止めて顔を上げる。
「ここの子たちの戦い方を正確に記録するには、実際に学ぶのも良いと思うよ」
そう言って再び顔を降ろし、記録書への記録を再開する。
「じゃ、じゃあメモリーお姉さん、お願いします!」
ラナデはアステルの説得は諦め、アステルの記録書をのぞき込んでいるメモリーに助けを求めて目を向ける。
「お姉ちゃんは最初に頼って欲しかったですねー。二番目の女、お姉ちゃんは悲しいですよラナ君。みんなの一番であり続けたいんです。
それに、今お姉ちゃんはシュメちゃんの記録をログステーション内に記録していますので、無理なご相談ですねー。そもそもシュメちゃんの言うとおり、実際に体験してみた方が分かることもありますしねぇ~」
そう言ってメモリーは同じように再び顔を降ろし、アステルの記録書をのぞき始めた。
「そ、そんなぁ……」
「口ではなく手を動かすんだ! ほらこうだ!」
パッソはラナデの腕を引き、何度も突きの練習をさせる。
「なん……ちょと待って……」
ラナデの腕は今にも限界を迎えそうなほど悲鳴を上げている。
ラナデは止めてもらおうとするが、疲れすぎて声すらまともに出すことができない。そして、そんなラナデに対し、パッソは気にすることなく続けさせる。
「ランチョンマット? なんだそれは?! そんなこと気にしている暇があったら手を動かすんだ!」
「も、もう何なんですかこの方! ただの難聴マッチョじゃないですかぁ!」
そのラナデの悲痛な叫び声を聞き、漸くアステルとメモリーが顔を上げた。
「め、メモリーお姉さん、アステル先輩、助けて下さい!」
アステルたちに気付いたラナデは、先にメモリーを呼ぶように気を付け懇願するように視線を送る。
そして、当のアステルたちは、顔を見合わせており──、
「“ランチョンマット”と“難聴マッチョ”。ラナデ君なかなか上手いこと言うんだね」
「ですね、まさかラナ君にこんな才能があったとは……。一応職員情報に記録しておきましょうか」
全くと言って良いほど気にしてはいなかった。
「も……もう……、最低──!」
「だから、口ではなく手を動かすんだと言っているだろう!」
それからは少しだけ続けて特訓を終え、ラナデは漸く終わったと安堵し、疲れで地面に突っ伏して眠ってしまった。
これから先リミナにいる間、ほとんどの時間をパッソに特訓させられることなろうなどとは知る由もなく──。
「──んん……」
いったいどれほどの時間眠っていたのだろう。ラナデが目を覚ますと、側でアステルたちが座り、何かを持って観察していた。
メモリーがラナデに気付いたようで、アステルに呼びかける。
「ラナ君、おはようございます。随分とぐっすりでしたね。」
「ああ、起きたんだね」
アステルは気付くと、手に持っているものをラナデに見せる。
「これ、なんだか分かる?」
「なんですかそれ? 糸みたいですけど……」
アステルの持っているそれは透明な極めて細い糸のようなもので、手に持ってみると、見た目に合わず僅かに重さを感じることができる。
「ラナデ君がなかなか起きないから、ちょっとだけ気になってたある場所に連れて行ってもらってたんだよ。そこで見つけたものだね。
時間が経ってたみたいだからそれくらいしか見つからなかったけどね」
「ある場所?」
ラナデが気になり聞くと、メモリーがアステルに近付き耳打ちする。
「……そうだね。私もそのつもりだよ」
「……? あのー、どうかしたんですか?」
ふたりでひそひそと話し始め、何を話しているのかとラナデは再度問う。
「いや、今のラナデ君は気にしなくて良いよ。それよりその糸状のもの、いろいろと気になることがあるよね?」
「いろいろ……そう、ですね。まず──」
ラナデが答えようとすると、アステルがラナデの言葉を遮った。
「ごめんね。今回は質問ではなく、ラナデ君がそれに違和感を持っているか聞きたかっただけだから答えなくて良いよ。私が話す」
「そうですか、分かりました」
「うん、じゃあそれを返してくれるかな?」
「どうぞ」
アステルはラナデから糸状のものを受け取ると、それについて語り始める。
「まず、ラナデ君も感じたであろう重さだね。ただの糸であればこの程度のものだと普通は重さなんてほとんど感じない。目をつむっていれば触れているか分からないって子も居るかもしれないね」
語りながらアステルはバッグから鉱物を取り出し、糸状のそれを鉱物を自身の手に縛り付けるように巻く。
そして──、思い切り糸状のものを引き、自身の手ごと石を切断する。
ラナデがその光景に驚き目を見開いている間に、アステルは手を再生させ落ちた鉱物を拾う。
「今切断された鉱物は『カルメルタザイト』って言って……って、ちょっと宇宙を回遊してたらそこら中にあるからラナデ君も知ってるか」
「はい、知ってます」
「じゃあ説明は不要だね。この糸状のものは、蜘蛛の糸のように粘着性があったんだろうね、ちょっとくっつく。
それで蜘蛛の糸かって思うかもしれないけど、蜘蛛の糸にしては、普通の生物から分泌されてから時間が経ち劣化したものが、このそれなりに硬い鉱物をいともたやすく切断できるとは思いがたい」
そう言いながらアステルは鉱物をバッグにしまう。
「普通のってことは、普通じゃない生物が居るってことですよね?」
「まあそうだね。何を基準に普通とするかだけど、私たちの場合はその星ごとの生物を、その星で普通としているんだよ。
だから、その星の生物であれば、いくら変わっていようが進化に必要な過程のものとして、私からして面白いとか希少種とかは別にして、その星の普通の生物と判断しているね」
アステルはバッグから何かの入った小瓶を取り出すと、その中に糸状のものを丸めて入れる。
小瓶の中の物質が糸状のものに反応して変色するのを確認すると、アステルは眉をひそめ、メモリーと顔を見合わせバッグにしまう。
ラナデはアステルが小瓶をバッグにしまうのを待ち口を開く。
「あの……、アステル先輩。それってつまり、この星の外由来のものってことですよね? 事前調査の報告には何も……」
「あくまでも可能性の話しでしか今はないけれど、もし来ているのなら、やつらは知性が遙かに高く、狡猾だ。軽い調査で見つかることはないだろうね。というか、それに見つからない方が良い」
アステルは「それに……」とため息を付き、言葉を紡ぐ。
「何度も言うようで悪いけど、今は可能性の話しでしかない。ちょっと変わったこの星の生物だってことも全然あり得る。幸いこの星には殺傷性の高い能力を持つ生物がそれなりに居るみたいだからね、もしかしたら倒してくれてるかもしれない。
だから、ラナデ君は気にしなくて良いよ」
「ってことは、調査は引き続き行うということですか?」
「そうだね、ラナデ君も目が覚めたことだし早速行こうか……と、言いたいところだけど」
と、アステルがどこかを指さし、ラナデが指の先を目で追う。すると、リミナの出入り口付近に、隙間から水が溢れていた。
「どうやら雨期に入ってしまったみたいだね。私ひとりならまだしも、ラナデ君を連れてでられそうにはないから、明けるまでここで過ごすことになりそうだよ」
「なんか……、すみません」
「気にしなくて良いよ。ここの子たちも、雨期は危険だから外には出ないみたいだし」
そうしてアステルたちは、雨期が終わるまでリミナ内で時を過ごすことになった。
もちろんラナデは、その間パッソに猛特訓をさせられるのだった。
第三十一回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
『水没星の雨期』について
水没星には周期的に来る雨期と乾期があり、リミナの方々は乾期の間に、雨期で外に出られない時間を過ごすために獲物を狩りに出ているそうです。
今回の雨期では出ることができなかったのですが、リミナの方々が雨期に外に出られない理由としては、聞いた限りでは“別の場所から遙かに大きなものが来る”かららしいです。
そうですね、お姉ちゃんの考えとしては、雨期で水位が増すので普段は深い場にいる生物が遊泳してきてしまうのではないでしょうか? それで言うと、まだ調査していない水中ですね。水没星の九十九パーセントは水に覆われているらしいですからね、水中の生物は重力負荷がかかりにくいので群れたり大きくなったりしやすいですから、ルオロートルやユエルォトルよりも大きな生物が居ても、何らおかしいことはありませんからね。
さてさて、陸上の調査は必要量は終えたので、雨期が明けたらいよいよ水中の調査が始まりますよ! 皆さん楽しみにしていてくださいねー。まあ次の話で行けるかは分かりませんが……。




