第三十話 いざこざ
ブッセが気絶しているパッソに悪戯をしているころ、アステルたちは──。
「俺の槍は獲物を捌くときにも使えるんだ。だから、こうしたリミナに入らないような大物を、俺たちのような切れ味も兼ね備えた槍を持つものが細かくバラしていくんだ」
ラナデたちとともに、アクア・リタに作業の内容を聞いていた。
「確かに似たものもあるけど、ひとりひとり槍に違いがあるね」
アステルはアクア・リタ以外にも、他の者の槍も見ていたようで、すでに全員分の槍の特徴をイラストとともに記録書に書き込みを済ませていた。
大量の槍の描かれた記録書を見たラナデとメモリーは、いつの間に書いたのかと驚きつつも、その行動の速さに感心していた。
「それで、あの突起の穴に入れられるような大きさに細かく分けたものは、他のとりわけできない子たちが運んでくれるのかな? それまでは獲物を狙った他の生物が来ても追い払えるように見張ってるとか?」
アステルは自身の記録書をラナデに写すようにと渡しながら聞く。
「いや、特にそういうわけではないが……。ふむ、君の言うとおり、その方が早く作業が済んで良いかもしれないな」
「え?」
アクア・リタはアステルの言葉を聞くと一度作業を辞め、休憩したり遊んだりしている者たちの元へ行き、何か話しかけている。
そして、話を終えたかと思えば切れ味のない槍を持つ者たちは立ち上がり、積み上げられていたアザガニの山やユエルォトルの肉をリミナの中へと運んでいく。
「あら~、シュメちゃん、“失敗”してしまいましたねー」
「……そうだね、まさかそこまでとは思わなかったから、ちょっとビックリしちゃったよ」
アステルはせっせとアザガニやユエルォトルの肉を運んでいる者たちを眺めると、ラナデから自身の記録書を返して貰い、何かを書き込み始める。
「今の失敗ってどういうことなんですか?」
ラナデは記録書を返すと、アステルが書き終わるのを見計らって尋ねる。
「ああいったことはなるべく自分たちで気付いて欲しいから、基本的には入れ知恵になるようなことは言いたくなかったってことだよ。
まさか蟻でもしているようなことをしていないとは思わなかったな」
「ああ、確かにさっきのアクア・リタさん、思ってもみなかったって感じの反応でしたね」
「そうですねぇー、ログステーションと交流があるでもない限り……、というか、あってもあまりその星や生物の成長の仕方を変えてしまう恐れのあることはしたくはないですからねー。
まあ、我々ログステーション側は勝手に見て“技術を記録”、させていただいていますけれども……」
アステルたちが話していると、アクア・リタが戻ってくる。
「アステル=モシュメ、ありがとう。いつもは解体している最中に、何かに持って行かれてしまったりすることが多かったんだが、そうか。空いた時間は周囲を警戒したり、そもそもまとめて運ぼうとせず、解体したら直ぐに運んでしまえばよかったのか」
「逆になぜ思いつかなかったのかが不思議だよ。全く……」
「そんなに落ち込んで、何かあったのか?」
アクア・リタは、アステルの考えなど知るよしもなく様子をうかがう。
「気にしなくていいよ、こっちの話しだから。どうせ遅かれ早かれ気付けるレベルのことだから、それが少し早まっただけ。と、考えるしかないね」
「……? そうか……? なんだか分からんが、なんともないなら良い……、のか」
「はいはいお気になさらず~。アクア・リタさんは引き続き解体作業を進めて下さい」
「ああ、じゃあそうさせてもらうよ」
メモリーに促され、アクア・リタは途中かけになっているユエルォトルの解体作業を再び開始する。
その様子を作業が終わるまで、アステルたちは見て記録していた。
──ユエルォトルの解体作業と、解体した肉をリミナへ運び終え、リミナの外は元の開けた場に戻る。
「ようやく終わったな。リトもブッセもお疲れ様」
作業を終えたリタは、リトとブッセに労いの言葉を掛ける。
「私はあまり何もしていない」
「このサボり野郎。……リター、おつー」
ブッセの余計な一言にリトが反応し、ふたりは顔を見合わせる。
「サボっていたわけではない。私は獲物を横取りする者が来ないか見張っていた。結果、何も来ることはなかったから、私はあまり何もしていないと言っただけ」
「はは、言い訳ご苦労」
ブッセがリトの言葉に聞く耳を持たずに突っぱねると、その場に長い沈黙が流れる。
「……槍が壊れて泣きそうになっていたくせに」
沈黙を破り、リトがあえてブッセに聞こえる声量でボソッと呟く。
「なっ!? てめぇそれいつ……黙ってろ!」
ブッセは焦り、リトに怒鳴り立てる。その際近くに居たアクア・リタをチラと見るが、アクア・リタは聞こえていなかったようで、何事かと首を傾げている。
「いいかリト、それ以上その話をするんじゃねえ」
「その話って、いったいどの話のことを言っているのか教えてくれる? でなければ、ついうっかり話してしまうかもしれないから」
リトはブッセに向けて笑みを浮かべながら首を傾げる。
「こ、い、つぅ……」
ブッセは瞼をピクつかせてリトの顔を見上げる。
「な、なあ、リトもブッセも、何があったのかは分からないが──」
と、お互い今にも手が出ていまいそうなところで、漸くアクア・リタが口を挟む。が、
「リタ、口を挟まないで」
「あんたはちょっと黙ってろ」
言い切らせてもらうことなく言葉を止められた。
「……ごめん」
同時に怒られ、アクア・リタはしゅんとしてつい謝ってしまう。
そして、止める者の居なくなったリトとブッセのいざこざはは、ますますヒートアップしていってしまう。
「そもそも、お前はいつもいつもそうやって他のやつの前でだけ良い子ちゃんぶりやがって」
「いちいち態度を変えているつもりはない。あなたに対して態度が違うというのなら、それはあなたの私に対する態度が悪いせい。
それに、良い子ちゃんに見えているというのなら、私が少しでも良い子だと感じている証拠」
「はぁ!? ぬかせボケ、思ってねえし!」
「あなたは、いつも話すときに頭が足りていない。もう少し落ち着いて話したら?」
「あーあーうっせ、別に良いし! 勝ちゃあ話しなんて関係ねぇんだよ!」
「誰に? “あなたは私には勝てない”。だから、今は私の言うとおりにすべき」
リトの言葉を聞き、言い返していたブッセの口が止まる。
「……は?」
数瞬の間を置き、ブッセの口からそう声が漏れる。そして──、
「はあぁぁぁぁ!? ざけんな負けねぇよ! なーにあちゃんのっこと見下してくれてんだよ! やるか? 今ここで負かしたろうか? お前が下だってこと分からせてやろうか、あぁ?」
リトの言葉にぶち切れたブッセが怒濤の勢いで責め立てていく。
「はぁ、本来やらずとも分かること。ただ、あなたがそれで理解できるのならやってもいい」
リトがブッセの挑発に乗ったことで、ふたりはすぐさま間合いを取り、槍を構えて戦闘態勢に入る。
「お、おいだからふた──」
「何?」
「あ?」
「……ごめん」
どうしたものだろうか、せっかくユエルォトルやアザガニの群れを狩り、大量の食料を得て喜んでいたところなのに、仲間同士でのいざこざで一騎打ちにまで発展してしまった。
その上、本来止めなければならない立ち位置に居るアクア・リタも、ふたりの圧にいともたやすく押されて全くもって役に立たないではないか。
リトとブッセはすでに一触即発という言葉がピッタリなほど雰囲気が悪くなっており、このままではどちらかが大怪我をするまで、いや、大怪我をしたとしても止まらないだろう。
ふたりはアクア・リタを軸に、時計回りに間合いを見計らいながらゆっくりと歩いている。
「どうかした? ブッセ。いつまでもこうしているなんて、あなたらしくない」
「お前こそ、さっさと突っ込んでこないのかよ。この程度の距離なら瞬きする間に詰めれんだろ? ああ、あっちゃんが怖いのか。なら仕方ねぇな」
ブッセは槍をくるくると回しながら更にリトを挑発する。しかし、リトから目をそらすことは一切なく、確実に視界の中に捉え続けている。
「……あなたの考えていること、おおよそ理解した」
そう言ってリトは足を止める。そして──、
「乗って上げる。その上で負かした方が、あなたの頭でも理解しやすい」
リトは地面を踏み込み、アステルの喉を貫いたとき同様、一瞬にしてブッセとの間合いを詰める。
「はは──ッ!」
両者の槍がぶつかろうとするその瞬間──。
「止まって」
「止まれぃ」
何者かが間に入り込み、ふたりの動きを止める。
ドゥカッセと老人だ。と、一応元々間に居たアクア・リタもついでに。
ドゥカッセと老人は、それぞれブッセとリトの首元に槍の石突きを向け、ふたりの動きを制止する。
止めに入ったふたり、特にドゥカッセはかなり怒っているようで、リトに目を向けることすらなくブッセを睨み付け、顎を強めに鷲掴みにする。
「んが!? ドゥ母ちゃん、んんー、ま、待って──」
「待つと思うの?」
それだけ言い、ドゥカッセはそのままブッセをリミナへと引きずっていった。その際、リミナの入り口である突起の中から叫び声だけが逃げ出してくるのだった。
そして、リミナの外にはアクア・リタ、リト、老人の三人だけになる。
「リトぉ、今はこんなことしてぃる場合じゃねぇだろぅ」
老人はリトを睨み付けながら言う。
「……ごめんなさい」
先ほどまでの威勢は全くなく、リトは大人しく老人に謝罪する。
そのリトの様子を見ると、老人はため息を付き、リトの首元に突きつけている槍を降ろす。
「はぁ、別に喧嘩なら若ぇうちに存分にすれば良ぃとは思ぅ。だがなぁ、今はそんなことしてぃる場合じゃねぇだろ?」
「…………」
「少し前にリミナで一番腕の立つアイタが何かにやられ、今回の狩りでドゥカッセも片腕を失った。そんな中でオオゲコもこの辺りに居るかもしれねぇと言ぅじゃねぇか?
お前ぇらが探しに行ったときは居なかったとしても、この辺りに来なぃとは限らねぇ。引き連れてきたのがマゴマゴならまだ良ぃが、ディコンが来たらどぅする? いざといぅとき戦える者が多いに越したことはねぇだろ?」
老人はリトの目を見つめながら話を続ける。
「今は居る居ねぇ来る来ねぇじゃねぇんだ。もし“来たとき”のことを考えて行動しろぃ。どうしてもブッセと喧嘩してぇってんなら、完全にこの辺りにオオゲコもディコンも居ねぇと分かったときでも良いだろぅ?」
「……分かった。確かに、今はリミナの安全確保が優先」
リトの答えを聞き、老人は優しく微笑む。
「ああ、お前ぇは良い子だ。物わかりがよくていつも助かる」
そう言うと、老人は先にリミナの入り口へと向かっていく。
「何をしとる? お前ぇらも戻るぞ。リミナの外でやらなければならねぇことがあるわけでもねぇだろぅ?」
老人は振り返り、アクア・リタの顔を見る。
「あぁ? なんだぁリタぁ、その顔はぁ? ふたりをとっとと止められなかったことを怒られるとでも思ってたのか」
「え、いや……まあ……」
図星を突かれ、アクア・リタは口ごもる。
「……ったく、お前ぇは小せぇときから、変なときに弱気になっちまぅ。
そもそも、女のいざこざはこの俺だって怖ぇ、昔それで痛い目に遭ったからな。止めろって方が無理ってもんだ、だからお前ぇも気にするな」
「痛い目? いったいどんな目にあったんですか?」
「なんだぁ、聞きてぇのか?」
まさかアクア・リタが食いついてくるとは思っていなかったようで、老人は驚いた様子で目を見開く。
「私も聞きたい」
「リトもかぁ? お前ぇらは仕方ねぇなぁ。そんなに聞きてえのなら、リミナに戻ってから話してやるよ」
老人は「早く戻るぞ」とふたりを呼ぶ。
「どんなことがあったのか、ちょっと楽しみ」
「そうだな、まさか似たようなことが起こっていたとは思わなかった」
アクア・リタとリトは初めて聞くことを楽しみな様子で話しながら老人の元へ歩いて行き、突起を潜って三人でリミナの内部の空洞を歩く。
「──あぁそぅだ、なぁリト」
空洞内を歩いている途中、老人はふと思い出したように口を開く。
「何?」
「お前ぇ、アステルたちをやたらと気に入っているようじゃねぇか。珍しい」
「え? う、うん」
突然のことにリトは困惑しながら返事をする。
「お前ぇ……、お前ぇらがどうしてもと言ぅのであれば、あいつらを仲間に迎え入れてやっても良いぞ」
「それは本当!?」
リトは老人の言葉に驚いて、思わず声が大きくなってしまう。
そんなリトを老人はすぐに宥める。
「ただし、さっきも言ったよぅに、事が済んだらな」
「だってさ。リト、良かったな」
アクア・リタは、自身も喜ばしいことだとは思っているが、それよりもリトの方が嬉しいだろうと、自身の喜びを押さえながらリトに聞く。
アクア・リタに聞かれたリトは、アクア・リタの顔を見ると、
「……うん」
と、小さく微笑んだ。
「──一つ得れば一つ失う。そうならねぇよぅ、お前ぇたちは気を付けろぃ」
第三十回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
『リミナの民の決闘』について
リミナの方々にも決闘というものは存在しているらしく、確かシュメちゃんたちがアクア・リタさんと会ったころ、ラナ君とお姉ちゃんが離れたあとにしていましたね。
お話を戻しまして、決闘は『ナラカン』という単語で呼ばれており、基本的には力の優劣を決めや獲物の取り合い、繁殖相手の取り合いなどをするときに行われるそうです。
ただ、決闘をするときには決まりがいくつかあります。
まず第一に、必ず公平な第三者を付けること。
決闘で大怪我をしてしまったり、殺し合いに発展してしまったりして、貴重な戦力を失わないようにするためですね。
次に、一対一で行うこと。
これは単純に決闘だからですねー。ただ、ドゥカッセさんのような抜きん出て強いと言われている方は、決闘として戦うことは駄目ですが、稽古として複数人を相手にすることもあるそうですよ。
最後に、つがい争い以外で決闘をした場合、敗者は勝者に挑むことを辞めないこと。
こういった決まりがあるのはかなり珍しいですねー。負けた場合に諦めるようでは、他の強力な生物に遭遇したときも諦めてしまう恐れがあるので、負け癖を付けさせない、お互いに高め合えるようにするためだそうですよ。
どうでしたか? もしかしたら他にも何かあるかもしれませんが、それは調査が進み次第、また新たに判明した際に紹介させていただきますねー。それでは皆さんさようならー。




