第3話 初めての名付け
「アステル先輩! どうしたんですか!?」
アステルは突然口を押さえてうずくまると、水に顔をつけて口の中に指を突っ込んで何かを掻き出そうとする。
そして、ピタリと動きが止まったかと思うと、ゆっくりと顔を上げる。
顔を上げたアステルは、力が入らないのか口をあんぐりと開いており、水滴混じりに涎を垂らしていた。
「ひはー、はいっははぁ。ふふぉひはほほうほっへはは。ふへはへほふははふひ、ほへはほはほふふはははんひんはへはへ」
口が動かせないながらも能天気に何かを話すアステルを見て、ラナデは困惑しながらも胸を撫で下ろす。
そして、通訳ができないかとメモリーに視線を送ると、メモリーはいつの間にかアステルと同じ服装になっていた。
「“いやー、参ったなぁ。『ブフォキナ』の方持ってたか。腕まで毒があるし、これだと可食部は下半身だけだね”。メモリーお姉ちゃん大好きって言ってますよぉー。いやーんもぉ、お姉ちゃん嬉しいー」
メモリーはラナデに聞かれるまでもなく、アステルのモノマネをしながら若干誇張して訳す。そのメモリーの表情は、先程までの悲しげな雰囲気はなく、元の元気な顔になっており、頬に手を当ててくねくねと体をうねらせていた。
「その『ブフォキナ』って何なんですか? ヒキガエルとかが持つブフォトキシンとは違うんですか?」
「ふふぉひはっへひふほは、ひょふほふはひんへひほふへへんはふやはひ、はほうひへっひゅふへはひひひはふひへんはほふはんはほ」
「因みに、ラナ君の言うブフォトキシンと比べ、構造している分子量が違うので致死量や発症する症状も、ちょこっとだけ違うんですよぉー。それと、見た目はどちらも同じ乳白色ですが、シュメちゃんが言うには“ブフォキナの方が微妙に苦味が少なく、食後感はあまり感じられない”らしいですよー」
アステルが教えようとするがラナデは全くもって聞き取れず、メモリーがアステルの言葉に被せながら訳し、軽い補足までして教えてくれる。
「シュメちゃんのお口が治るまでは、メモリーお姉ちゃんに任せてくださいねー」
「は、はぁ……ってそんな危ない毒、本当に大丈夫なんですか!?」
ラナデが慌てて聞くと、アステルとメモリーは揃って親指を立ててみせる。
「らいほうふ、ほっほひゃひふははほふはは」
その様子を見て、心配の色を残しながらも、メモリーも死ぬことはないと言っていたので、あまり気にしすぎないほうが良いのかなと思うラナデであった。
──それから暫くアステルの口が動くようになるまで待機していたが、まともに話せるようになったのは、半日ほど経ってからだった。
時刻を確認すると夜22時を回っていたが、小さな恒星に囲まれているバルパは星全体が照らされている為辺りが暗くなることはなく、俗に言う『白夜』と同様の状態になっていた。
アステルたちは夜食の準備をする為、石を積み上げて水に触れない足場を作り、アステルの持ってきた火打ち金をナイフに打ち付けて火を起こし、起こした火の周りに木の枝と蔓で作った三脚に、捌いたヒキガエルの肉を刺した枝を立てかけて炙る。
そして、肉に火が通るまでの間、アステルとラナデは捌いたカエルの名前を考えることにした。
「さて、ようやくまともに喋れるようになったことだし、ご飯の準備と、その間にラナデ君にはこのカエルの名前を考えてもらおうか」
「え、僕が考えて良いんですか? アステル先輩が──、でも一緒に──でもなく?」
「そう。初調査にあたる子には記念として、最初の名付け“だけ”はやってもらうようにしているんだよ。これから先、みんながその名前で覚えるようになるかもしれないからよく考えてね」
初めての名付けを任され、ラナデは名付けをするカエルの特徴を思い返す。
体表には木の幹、口を開けば木の切断面のような模様。
人ひとりは軽く飲み込めるであろう丸々とした巨体。
既に記録されているヒキガエルと酷似した見た目と特徴。
見つけたのが死骸ともあって、現時点で判っていることははこのくらいだろうか。
「うーんと……、『マルタヒキガエル』なんてどうですか? ほら、そこに放置してある上半身、ちょっと丸太みたいですし」
ラナデが言うと、アステルはメモリーに顔を向ける。すると、メモリーはアステルに向けて人差し指と親指の先を合わせて丸を作ると、微笑みながら軽く振って見せる。
「うん、記録済みのものにその名前は無いみたいだし、分かりやすくていいと思うよ。じゃあ記録しておこうか。……それにしても、ちゃんと特徴気にして名付けしたのは、星間記録課の中では私以外でラナデ君が初めてだよ……」
「え?」
最後に何か聞こえた気がしたが、ラナデが聞く間もなくアステルはラナデに媒体に記録するよう促し、自身は日中の記憶を頼りに紙の記録書にマルタヒキガエルの細部までこだわった詳細なイラストと、現時点で判っている特徴を事細かく記録していく。
「──あの、これってもう食べても良いんですか?」
紙に記録するアステルと比べ、専用の記録媒体を使うラナデはすぐにマルタヒキガエル記録の記録を終え、肉に火が通るのを待っていた。
「んん~、もうそろそろ良いんじゃないかな」
アステルはペンを止め、立てかけて炙っていた肉を手に取ると、表面を火で照らして見たり、匂いを嗅いで確認したりすると、息を吹きかけて軽く冷まし、ものすごく小さく1口頬張る。
しかし、思いの外冷ませられなかったのか「あちゅっ」と顔をしかめ、舌を出し手を扇のようにして口を扇いでいた。
ラナデはそんなアステルの様子を見て、しっかりと息を吹きかけて冷ましてから頬張る。
「……うーん、美味しいですけど、ちょっと味気ないですね」
「仕方ないよ、調味料を持ち込むわけにもいかないし、だからといってその星にあるもの使おうにも、エニフルのみんなから料理禁止令出されてるし。私、実質的な星間記録課のリーダーみたいな感じなのに、料理好きなのに……」
しょんぼりと肩を竦めるアステルを見て、ラナデは本人に聞きにくく、何故料理をさせてもらえないのかを代わりにメモリーに聞こうと思い目を向けると、『アステル料理絶許!』という看板を持っているメモリーと目が合った。
「あ、あの……メモリー、お姉さん。それは……?」
「アステル料理絶許看板。シュメちゃんに絶対料理をさせるな」
「……? すみません、もう1度お願いします」
「アステル料理絶許看板。シュメちゃんに絶対料理をさせるな」
笑顔ではあるが、急にふわふわとした返事ではなく真っ直ぐな声色で答えられ、思わず聞き返すラナデであったが、メモリーは声色を変えることなく答える。
よく見ると、看板にはアステルらしきキャラクターが、触手のようなものを乗せたフライパンを持っており、その上から大きくバツ印が付けられていた。
アステルはメモリーの掲げる看板を見て深くため息を付くと、マルタヒキガエルの記録を終わらせ、
「またそうやって変な物作って……、普通そこまでするかな? ちょっと体調崩しただけじゃん……」
と不貞腐れて寝転がる。
「そのアステル先輩の料理絶許看板って、何のために作られたんですか?」
ラナデは聞く。
「シュメちゃん、星で採取してきたものを使って料理してたんだけど、“よく爆発させてた”んですよー。稀に何事もなく完成したかと思えば、ものすごいガスを発生させてたりして、エニフル中にガスが蔓延して職員の子たちが体調不良になったりと、もうそれは散々。一時期は公害の生みの親なんて言われてたりしましたからねぇー。それで、エニフルの機能が停止する物を生み出す前に辞めさせようとこの看板を作り、エニフル内の共通認識としての追加されたんですよぉー」
想像以上に恐ろしい事実を聞かされ、アステルが料理禁止になった後に星間記録課に配属されて良かったと心の底から思うラナデであった。
ふとアステルの方を見ると、アステルはゴーグルを外してすやすやと寝息をかいて眠りについており、メモリーも程なくして「お休みなさーい」と言って消えてしまったので、ラナデは小さく燃え残っていた火を踏んで消し、初調査の白夜の中、眠りについた。
第3回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
『生物の分類』について
今回は皆さん知っておいてお得、知っとき得の生物の分類について教えていきますよぉー!
生物とは、ドメイン、界、門、綱、目、科、属、種の順番で、細かく分類されています。例えば、皆さんよく知る、と言うか皆さん『地球人』で表していくと、真核動物ドメイン、動物界・脊髄動物門・哺乳綱・サル目・ヒト科・ヒト属・ヒト種となります。地球人の場合そこから更に細かく分かれていきますが、面倒く……コホン、長くなるので今回はご割愛しました。どうせ長ったらしいと皆さん飽きてきてしまいますもんねぇー。まあ階級だけ言うなら、ここから亜界、上門、亜門、上網、下網、上目、大目、下目、亜目、下目、小目、上科、亜科、族、下族が追加されますよとだけ。
はいはいそして、これらは“分類階級”と呼ばれ、ドメインや族は省いて界門綱目科属種と纏められて言われています。そして、一般的にはそこから更に絞られて、目や科から生物の分類を話すことが多いんです。これから生物の分類をお話するときは、種の部分は大体名前と同じものになるので、目科属の部分を説明しますねー。
特に『科』なんかは、皆さんもよくトラやライオンはネコ科だとか、オオカミはイヌ科だとか、カカポはフクロウオウム科だとか言いますよねぇー?
男の子は気になる女の子に、君はヒト科・ヒト属・ヒト種の中でも格段に美しい。例えるならそう、ネコ科のように生物として完成された身体、イヌ属のように内面に秘められた仲間思いで逞しい心、フクロウオウム種の様に類稀ない愛くるしさと天にまで突き通る程の声音。まさにそう、僕の見初めた希少人。とのような感じで告白してみてはいかかでしょうか? お姉ちゃんはこの方法で実際にシュメちゃんにアタックして、「面白い表現だね」と言われて成功しているので、れっきとした告白例ですよー。ただ、その女の子の嫌いな生き物を例えに入れてしまうと、手厚い平手打ちを喰らってしまうかもしれないので、さりげない事前調査は必要不可欠ですよぉー。
にしても、何だかなんだか呪文を唱えてるみたいですねー。かいもんこうもくか〜ぞくしゅ〜、かいもんこうもくか〜ぞくしゅ〜。皆さんちゃんと覚えましたかぁー? これ、テストに出ますからねぇー?
因みに、お姉ちゃんはドメインも入れて、どかいもこもくかぞくしゅと覚えると可愛いし早いんじゃないですか? と提案しているんですが、ほぼ変わらないしそれなら普通に覚えたほうが早いと言って誰も聞いてくれないんですよねー。悲しいですねぇー。