第二十八話 びっくり鳥
アザガニとの争いで死者が出ずに済み、一同は安堵していたが、その間にも空からの襲撃者は微塵もこちらに興味を示す素振りを見せず、散らばっているアザガニたちを貪っていた。
アステルは捕食に夢中になっている、鳥類であろうの生物の背後からゆっくりと近付き、アザガニを飲み込もうと天に向けて伸ばした首を鷲掴みにして捕らえる。
そのとき、捕らえた生物から風船の割れるような音がしたかと思えば、その直後、呼応するように同じ破裂音がし、辺りにいた同種の生物たちがアザガニを巻き上げて姿を消す。
「アステル先輩ー、その生物何なんですかー?」
屈強な男のマントに包んで背負われているラナデが、遠くから声を掛けてくる。
その声でラナデを背負っていることを思い出したのか、男はラナデを降ろし、ラナデはお辞儀をしてアステルの元へと駆け寄ってくる。
「アステルせんぱ──、聞いてなさそうですね」
ラナデが呼びかけるが、アステルからの反応は無い。
どうやら、既に手に持っている生物を調べ始めており、ラナデの声は耳に入っていないようだ。
生物が逃げないようしっかりと掴み、その特徴を調べている。
「身体的特徴は極めて猛禽類、中でもハヤブサに限りなく近い。違うところと言ったら全身が白ということくらいかな」
隅々まで調べていると、生物の脚の踵部分に丸い窪みができているのを見つける。
「これは何だろうね」
アステルがその窪みをのぞき込むように見ていると、生物の脚が空気を入れられている風船のように膨らみ始めた。
「あの生物の脚、なんか膨らんできてません?」
「そうですね。何か起こるのでしょうか? 楽しみですねー」
側で見ていたラナデとメモリーは、アステルが生物を調べ終わるまで暢気に話していた。
「割れたりするのかな」
アステルは呟き、膨らんだ脚に手を掛けようと手を伸ばす。その瞬間──、
破裂音とともにアステルの手が吹き飛ぶ。
「へぇー、そういうことね」
アステルは自身の吹き飛ばされた腕を見ると、側にいたラナデたちに目を見やる。
「さっき辺りにいた生物が消えたのは、この脚の器官が溜めた空気を一気に放出し、爆発的な推進力で飛び上がったからみたいだよ。私の目と耳が正しければ、音よりも早く消えたから、音速を超えている可能性があるね」
アステルは手に持っている生物を放ち、「それと……」と話を続ける。
「飛び上がったのなら、“また落ちてくる”かもしれないね」
そう言ってアステルは空を見上げ、ラナデとメモリーも追って空を見上げる。
──暫く見上げるが、再び生物が降り注ぐことは疎か、何も起こる気配はない。
「……そんなことはなかったね。じゃあもうどこかへ逃げたのかな」
ため息を付き、アステルはバックから記録書を取り出し生物のイラストと特徴を書いていくと、生物の名を考える。
「どこかへ逃げたのなら良いんですけど……。本当、急に凄く大きい音がしたので、びっくりしましたよ」
「ふむ、“びっくり”ね」
「……? どうかしました?」
「いや、気にしなくて良いよ」
アステルは薄い笑みを浮かべると、『ヴィックリロワゾ』と記録書に書き込む。
音速を超え驚かされる鳥。我ながら良いネーミングセンスをしていると、アステルは勝手に満足していた。
生物の記録を終え、アステルたちがふとリミナの者たちを見ると、既にユエルォトルの解体や、周辺に散らばっているアザガニの残党始末と回収作業をせっせと行っていた。
「あんたら邪魔だよ。なあ、そんなとこで突っ立ってないで、このちっこい奴ら拾うか、ユエルォトルの解体作業手伝うかしてくんねー?」
ブッセが大量のアザガニを背に抱え、アステルたちに話しかけてくる。
「あの、ドゥカッセさんの心配をしなくて良いんですか? 先ほど大怪我をしてしまっていましたし……」
ラナデは離れた場所で、ブッセ同様背に大量のアザガニを溜め込んでいる、片腕のドゥカッセを見ながら聞く。
しかし、ブッセは何を言っているのかさっぱりという様子で顔をしかめ、ラナデを見る。
「心配? “心配ならさっきした”ろ、あんた何言ってんだ?」
「え?」
「んなことより、さっさと拾ってくれよな。数が多くて面倒くせ──」
ブッセは突然言葉を止め、顔をキョロキョロと動かした。
そして、ドゥカッセの居る方に顔を向け、じっとこちらを見つめているドゥカッセと目を合わせると、アステルたちの周りのアザガニを拾い、そそくさと足早に去って行った。
「……アステル先輩、今の話、どういうことなんですかね?」
ブッセが去り再び3人だけになると、ラナデはアステルに、先ほどブッセの言っていた「心配ならさっきした」という言葉が気になり聞く。
「どう? と言われても、私はブッセじゃないから聞かれたってこうだとは言えないよ。
ただまあ、もしかしたら私たちとあの子たちでは、他者を気に掛けると言うことの価値観が違うのかもね。生態系強者と言うほどの種族でもないだろうから、長々と気に掛けている時間なんて無いだろうしね」
アステルは記録書をしまいながらそれとなく自身の考えを述べる。
「深く考えても仕方の無いことなんですかね……」
「ですねー。深く調べたいことは山々ですが、今回は調査ですので、1つのことに時間をたくさん掛けることはできませんし。
なので少しでも早く調査を開始できるよう、少々皆さんのお手伝いをいたしましょう! 最終的に全てのアザガニを回収すると思われるので、私たちが関わろうが関わらまいが生態系には大した影響はありません。人手は多い方が良いですよ!」
メモリーの付け足しも聞き、ラナデたちは周辺に散らばっているアザガニを回収して回るのであった。
第二十八回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
『ヴィックリロワゾ』について
ヴィックリロワゾとは、別名“音驚”と呼ばれるカラブサ目・カラブサ科・ヴィックリロワゾ属に分類される猛禽類です。
見た目はただの白いハヤブサでしかないのですが、脚に空気を溜め、踵の穴から一気に放出することで、爆発的な推進力を得ることができます。これは属に『空撃加速』とも呼ばれまして、捕食者に捕まった際の攻撃手段にもなります。
狩りの方法もハヤブサと同じで、獲物の遙か上空から空気抵抗の少ない姿勢で回転しながら落下しますが、少し違うのは、ただいま述べた推進力を生かすことで、落下中に更に加速し獲物が気づく間もなく頭から飛びつき、頑丈な嘴で貫き仕留めるんです。頑丈ですねぇ、全身粉々になってしまったりしないんでしょうか?
因みに、その落下時の最高瞬間時速は1300㎞と、音速を超えてしまうそうですよ!
そして、羽毛が白いのは、獲物を見定めている最中、上空を見られても空に溶け込み見えにくくするためだと思われています。
はい次に、繁殖期に雌雄の取り合いになった際に“決闘”をすることがあるのですが、その方法がかなり常軌を逸していまして、繁殖相手を取り合う雄又は雌が“お互いに飛行してぶつかり合い、生き残った方がペアになる”んです。まあほとんどの場合、両者とも死んでしまうのですが。
このとき、空撃加速もしまして、最高速とまではいきませんが音速近くの速度でぶつかり合います。ああでも、お互いに音速に近い速度を出してぶつかるので、結果的には狩りの時よりも速い速度でぶつかることになりますね。
……話を戻しましょう。決闘を終え、無事勝利した固体は、繁殖をすることができ、その後力尽きて絶命してしまいます。
ここでお1つ、先ほどお姉ちゃんは、“雌雄の取り合いになった際に決闘をする”と言いましたよね? はい、この決闘では、雄だけではなく雌も雄の取り合いをします。しかし、たとえ生き残って勝利をしたとしても、繁殖後すぐに絶命してしまう雄は子孫を残して旅立てますが、雌の場合は繁殖行為をしても卵を産み、育てるまでの気力が無く絶命してしまうのです。
ここまで聞くと、なぜ雌も取り合いをする必要があるのだろうと思ってしまいますよね? ですがそれも、決闘に勝利した雌が子を育てるまで存えることができないので、伝えてくれる個体が出ないがために起こることなのです。




