第二十四話 こうさつ
暴れるブッセが洗われているのを待っている間に、アステルが周辺の調査を終え、メモリーとともにラナデの元へ戻ってくる。
「ラナデ君、随分と暇そうにしてるけど、何か発見はあったのかな?」
アステルは岩に座って社をじっと眺めているラナデを見下ろして聞く。
「はい、1つ気になったことが」
ラナデはアステルを見上げて言う。
予想外だったのか、アステルはほんの僅かながら目を見開き感心する。
「へぇ、いいね。何かな?」
アステルはラナデの隣に座り、前屈みに話を聞く姿勢を取る。
「質問形式で申し訳ないんですが、おふたりは“リミナの方々は何だ”と思いますか?
僕はもう完全に、建造物とは無関係だと思うんです。それこそ、造った可能性があるとしたら“ソナタ”? と呼ばれる方なんじゃないかなと」
ラナデの言葉に、アステルとメモリーは顔を見合わせる。
アステルの表情に変化は見られないが、メモリーはかなり驚いた様子で口に手を当てて目を見開いていた。
「丁度お姉ちゃんたちも、先程そのことについて話していたんですよ」
「私たちの考えもラナデ君とほとんど同じだよ。違うとすれば、その“ソナタと呼ばれている子たちも無関係で、造った子たちは既に絶えている”ってところかな」
「え?」
アステルは驚くラナデの顔を見ると、指を合わせ「なぜなら」と続ける。
「リミナの子とソナタと呼ばれる子たちは、アクア・リタ君たちの言葉から察するに、それなりに最近まで交流があり、年長者にはその頃ソナタの子たちと会っていた子もいるだろうからね。
そして、そのソナタの子たちが造ったのであれば、リミナの子たちも見たことはなくとも聞いたことくらいはあるはずなんだよ。それなのに知らないどころか、認知すらできないのはおかしいと思うよね」
「は、はい。……あ! そういうことか!」
ラナデが何かに気付いたらしく声を上げると、アステルは少し微笑み、
「多分私の意図と合っているだろうから、そのまま続けてくれて良いよ」
と手でラナデを差す。
「自然と建造物の見分けが付かないのは、リミナの方々が“認識”できるようになった頃には既に今の状態になってしまっていたからで、こう言っては難ですけれど、確かに見かけた建造物に対してリミナの方々の技術レベルが低すぎる。
その頃の生き残りがいるならば、付け焼き刃だとしても多少は技術が頭に入っていても良いはず。たとえ技術の知識が無くても生き残りであれば用途、ましてや認識すらさせずに存続していくのはそれこそ難しい。
せっかく沈まずに残っている物があるのだから、活用しない手はない。と、思ったんですけど、どうですかね?」
ラナデはつい熱弁してしまい、気恥ずかしそうにアステルの反応を伺う。
「……現状でそれだけ考えられるなら、上々だね」
アステルはラナデの頭をポンと叩き、立ち上がる。
「ふたりとも、全員洗い終わったみたいですし、あちらに合流しましょうか」
ラナデがメモリーの指差す先を追って前方に目を見やると、元気を取り戻したようでアクア・リタの肩に腕を回し、自身の槍を高く掲げているパッソ。意気消沈して赤子のようにリトに抱えられているブッセ。
木陰で話している老人やドゥカッセたちや、その周りで木の枝を槍に見立てて遊ぶ子供たちと、それぞれが和気藹々と過ごしていた。
「分かりました」
大量の獲物をしっかりと抱え、ラナデも立ち上がると、アステルとともにアクア・リタたちの元へと歩いて行く。
「そういえば、この辺りは何か目新しいものは居たんですか?」
ふとラナデが気になったことを聞く。
するとアステルは立ち止まり、振り返ることなくこう答えた。
「全く」
それだけ呟き、アステルは歩いて行った。
──それから暫くの休憩の後、リミナへと帰るために再び水の滴る湿った森の中を集団で移動している最中、アステルと老人は集団から少し離れた場所で会話をしていた。
「ちょっと良いかな。会ってすぐにカエル探しに行かされたから聞けてなかったんだけど、君、私に向かって“アイタを殺したのはお前か?”って聞いてきたよね。
そのアイタって誰なの? 殺したって聞いてきたのは、誰かにやられた痕跡があったってこと?」
アステルは一切の遠慮なく直球に質問する。
老人は神妙な面持ちで黙り込むと、俯きそのし枯れた口を開く。
「アイタは……息子だ。この老いぼれのな」
老人の口からその音が発せられた瞬間、一瞬だけ周囲の雑音が消え、辺りに肌を刺すような冷たい空気が立ちこめた気がした。ふたりの会話を知らない、楽しげに騒ぐリミナの者たちとの温度差で凍えてしまいそうな程の。
そしてすぐに老人は元のツンと張った雰囲気に戻った。
「それは気の毒だったね。何があったの?」
「……分からん。あいつはリミナの者の中でも特に抜きん出て強かった。今の若いのは、ほとんどがアイタに狩りを教えて貰っとった。
鍛えることが好きで、水が引くとよぅ外に出て狩りがてらに鍛えておったらしくてな、今回水が引いたときもすぐにひとりで出て行ったんだ。元気なもんだ」
老人は楽しげに話すが、「だがなぁ」という言葉とともに老人は空を見上げる。
「あんまりにも帰ってくるのが遅いもんで、散歩がてらにアイタを探しに行ったんだ。するとなぁ、“下半身の潰れた顔の無い体”と、“木に吊されたアイタの顔”を見つけてしまった。
リミナのもんには隠すわけにもいかんが、刺激が強すぎるからな。死んだとだけ伝えた。お前ぇさんも、今聞いたことは黙ってできれば変わらず接してくれや」
その目元には、枯れた体のどこから絞り出したのか涙が滲み、悲しみにも、底の見えない怒りが籠もっているようにも思えた。
「一つ得れば一つ失う。分かっていたはずなんだがなぁ……。“また”間に合わなかった、救ってやれなかった。
なぜこの老いぼれだけが、こうも生きながらえているんだろぅな」
アステルは老人を励まそうと思ったが、悲しみに暮れる老人を見て、今はまだそっとしておくことにした──。
それからアステルと老人は何も話すこと無く、無事リミナに辿り着く。はずだった──。
アステルたちよりもずっと前方の、先頭を歩いていた集団が、何やら騒いでいるのだ。と言っても、慌てているようには見られず、興奮して盛り上がっている様子だった。
「どうかしたのかな?」
アステルと老人がリミナのある巨大穴の端に着くと、リミナの者たちが興奮している理由が分かった。
アステルがアクア・リタとリトと出会ったとき、突如現れリトを飲み込んで去って行った『ルオロートル』によく似た生物が、穴の中心を我が物顔でのさばっていたのだ。
「これはまた、大きい生物だね」
アステルは淡泊に呟くが、その顔には興奮が隠しきれず、薄い笑みが浮かべられていた。
第二十四回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
『アイタ』について
アイタさんという方は、現時点に置いて亡くなってしまっている為、生きていた頃の記録をお話しすることはできませんが、できる限りのことをお教えしようと思います。
アイタさんは、リミナの中でも年長の方だったらしく、まだ狩りに出たことが無い若い子たちを連れて狩りを教えていたそうです。
実力に関しても、リミナの中では1、2を争うほど強く、特に水中での身体能力は他の追随を許さない程に抜きん出ていたのだとか。
その為、リミナの方々からの信頼も厚く、頼りにされていたそうですよ。叶うことならその姿、記録したかったですね。残念でなりません。
そういえば、シュメちゃんとラナデ君が槍を見つけた場所よりも離れた場所で死骸が発見されたらしいのですが、誰かが持ち去ってマルタヒキガエルの頭頂部に刺したのか、アイタさんが刺してから、何か問題が起きて移動したのか、はたまた何か別の何かがあったのか……どうなんでしょう?




