第二十三話 臭い取りの池
アステルたちはドゥカッセに連れられ、リミナの民全員と水の滴る湿った森の中を歩いていた。
「──あの、僕たちもついて行く必要あるんですか? 他の場所を調査とか……」
ラナデは頭に落ちてくる水滴を気にしながらアステルに聞く。
「それも重要だけど、ラナデ君は気付いてたかな? さっきどこかから戻ってきたとき、アクア・リタ君に付いていた臭いが消えてたんだよね」
「そうなんですか? あそこの空気自体に臭いが充満してたので気付きませんでした」
どうやら、アクア・リタに染みついてしまっていたヒラケウミウシの悪臭が、不快に思ったドゥカッセにどこかに連れて行かれ、戻ってきたときには既に消えていたらしい。
「アステル=モシュメ、呼んだか? 俺の名が聞こえた気がしたんだが」
アクア・リタが気絶したパッソを担いで近付いてくる。
「名前は口に出したけど呼んではないよ」
アステルが言うと、アクア・リタは「そうか?」と再び離れていく。そして、アステルはラナデに視線を戻す。
「で、あれほどの臭いをすぐに落とせたのはなぜか気になるよね。今から行く場所に何かがあるのか、何かが居るのか」
「……確かに」
ラナデはすぐに納得する。が、そんなラナデの様子を見たアステルは「ただ……」と言葉を付け足し──、
「これだけ大勢で歩いてると、生物が逃げちゃうから調査としては好ましくないんだよね」
ぼやきながら周りで騒ぐリミナの民を眺めていた──。
「──みんな、着いたよ。早くその臭いを落として」
先頭を歩いていたドゥカッセが立ち止まると、振り返り全員を見渡しながら言う。
そう言ったドゥカッセの背後には、星が水没する以前に建てられたものだろうか? 小屋程の大きさの苔むした社と、その奥に見える緑色の池があった。
「ドゥ母ちゃん、落とせっつってもどうすんの? まさかそこのきったねえのに入れなんて言わないよな?」
群衆の中からドゥカッセの娘、ブッセが声を上げた。
「その通りだよ、あれに入って臭いを落とすの。嫌なら入らなくて良いよ。臭うままで過ごしていれば。
でも、そのときはドゥカッセには近付かないでね」
ドゥカッセはそう返すと、自身の息子であるパッソを抱えるアクア・リタに顔を向ける。
「リタ、パッソの臭いを落としてくれる? そのままだとパッソは起きなくなってしまうよ。それに、その臭いが付いたまま話したくはないもの」
「わ、分かりました」
アクア・リタがドゥカッセの言うことを聞き、パッソを緑色の池に連れて行くと、それに続くように数名が歩き出す。
その一連の様子を眺めていたラナデは首を傾げる。
「なんだかアクア・リタさんって、あのドゥカッセさんだけには頭が上がらないって感じですよね。何かあるんですかね?」
「そうだね、後で直接聞いてみようか」
アステルは言うと、辺りを調査しようとふらふらと周りを見歩き始めてしまった。
自分はどうしようかとラナデが考えていると、それまでずっと黙っていたメモリーが口を開く。
「あの~ラナ君、お姉ちゃんずっと気になってたのですが、それはいつまで抱えているつもりなんですか?」
メモリーが不思議そうに見つめるラナデの手元には、リミナの男たちから貰った獲物がいまだに大量に抱えられていた。
「皆さんすぐに歩き始めてしまったので、置いてくるの忘れてたんですよね。だからと言って、せっかく頂いた物を途中で捨てるわけにもいかないですし」
ラナデは手元を見つめ、落ちてしまいそうになっているものを足で下から押し上げてしっかりと抱きかかえる。
「どうしましょう。かなり調査にはもってこいの場所だと思いますけど……」
「待機で良いと思いますよ。辺りの調査はシュメちゃんがしていますし、あの池の成分はサンプルを持ち帰って記録研究部に渡せば調べてくれますから。
それに、細部ばかり見ても全体像は見えませんからね。役割分担という物は必要ですよー」
人差し指を立てて言い、メモリーは「シュメちゃーん」と調査するアステルの元へと急ぎ足で飛んでいった。
ラナデは結局、自分はどうすれば良いのかいまいち分からず「うーん」と唸っていた。
「まあ……何か無いか眺めていれば良いか」
ラナデは近くにあった乾いた岩の上に腰を掛けて周りを眺める。
体にヒラケウミウシの悪臭が付いていた者たちは、ほとんどが自ら緑色に染まった池に入って臭いを落としていたが、ブッセを初め入りたがらない者は、強制的にドゥカッセに連れられて体を洗われていた。
アステルとメモリーへ視線を向けると、何やらメモリーが楽しげにアステルに話しかけていたが、当のアステルは対応しているのか無視しているのか、淡々と社の周り調査をしていた。
それにしても、ここは何のために造られた場所なのだろうか? 木造の社は所々崩れてしまってはいるが、かろうじて原型は留めており、その姿から手を込めて造られたであろうことが見て取れる。
ただ1つ、ラナデが気になったことがある。リミナの者たちが全くもって“社に関心を持っていない”のだ。
もし自分たち、もしくは先人たちが造ったとして、社の存在価値を理解している者が居るのであれば、それを活用、もしくは多少なりとも関心は持ってもいいはずだ。しかし実際はどうだろう? ラナデには関心どころか、一風景としか見ていないように見えた。
「もしかして、リミナの方々は“この星で見た建造物とは無関係”……? いやでもそれはさすがに……」
ラナデがブツブツと呟いていると、隣にリトが腰を掛ける。
「怖い顔。ひとりでブツブツと、何をしている?」
リトがラナデの顔を覗くように聞く。
ラナデはリトに話しかけられ、ハッとして意識を戻す。
「え? ああいや……。リトさん、社って誰が造ったか分かります?」
ラナデは社を指差して聞く。
しかし、リトはラナデの意図が分からないようでように首を傾げる。
「あなたは何を言っている? ここにはあの水以外何もない」
「え? 本当に言ってます?」
「その問い、私が嘘を言っていると?」
リトは怪訝な表情でラナデを見る。
「いえ、そういうわけではなく……。すみません」
ラナデが謝ると、リトは満足したのか表情を緩める。
「もうすぐ全員臭いを取り終える。あとはブッセを捕まえるだけ。終わったらリミナに戻る。
……あなたは、取る必要はなさそう」
とラナデの臭いを嗅いで言い、リトはアステルの元へと歩いて行った。
「……やっぱり、建造物と自然の区別が付いていないんだ。完全に無関係だとすると、リミナの方々って一体……」
ラナデは再びブツブツと呟きながら考え始める。
それからすぐにブッセは捕まり、かなり苛つき気味のドゥカッセに取り押さえられてむりやり洗われていた──。
第二十三回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
──緑色の池……他に呼び方はないものですかね……?
……ん? ああすみません。豆知識ですね。
そうですね、『緑色の池』について。でもお話しいたしましょうか。
悪臭を取る緑色の池。この池がなぜ緑色で、悪臭を取ることができるのか? それは、この池に繁殖する大量の微生物が原因なんです。
と言っても、本当に、尋常じゃないくらい大量に居ますので、どの微生物が臭いを取る働きをしているのかは今のところ分かっていません。
そしてこの池、かなり浅くシュメちゃんの腰下程しかなく、尚且つ下に石が敷き詰められた“人工池”のようになっているんです。
まあこちらに関しては、社の側にあるので不思議なことではないんですが……って、そんなことを話している場合じゃないんです!
シュメちゃんとラナデ君が水没星の調査を始めてすぐに舗装された場所は1カ所見つけましたが、それらはリミナの方々の造った物だと思っていたんですよ。それを知らないどころか景色と見分けが付かない? 面白いですねぇー!




