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第2話 水に沈んだ星

 ──アステルとラナデがログステーション・エニフルから離れ、船進して3日が経った頃、予定通り目的の星『水没星バルパ』を目視できる距離まで迫っていた。


「わあぁ、アステル先輩! あれが今回の目的の星ですか?!」


 星の表面が水で覆われ、散りばめられた恒星の光を反射し光の波が表面で揺らいでいる青い星が、アステルたちの乗るバイクの外で煌めいていた。

 ラナデは初めて見る星に釘付けになり、ガラスに張り付いて外を眺めていた。


「ラナデ君、そろそろ着星作業に移行するから、大人しく座っておきなよ。一応注意はしたから、衝撃で首が折れても知らないからね」


「は、はいっ!」


 アステルの一言にラナデは身震いをし、ガラスに張り付くのを辞めて大人しく席に着く。


 アステルは星の近くまで迫ると、着星出来そうな場所を探しながらハンドルを動かして、少しずつバイクを寄せていく。

 そして、バルパの大気圏に突入し、いよいよ着船しようとしたその時、バイクに重い衝撃が伝わり、バランスを崩したバイクは減速することなく水面に勢い良く衝突する。


「うわっ!? あ、アステル先輩! もうちょっと優しく着水してくださいよ! ヘルメット被ってなかったら危うく本当に首の骨どころか、僕自身もお亡くなりになるところでしたよ!」


 アステルがバイクの操作を誤ったと思ったのか、着水時に痛めたラナデはヘルメットを外して首を軽くさすりながら言う。


「そう? ごめんね。何かがぶつかったみたいでバランスを崩されちゃったよ……でも、着星予定地付近には着けたし、首は折れてないから良しとしてね」


 そう言って外を見るアステルの視線の先を追ってラナデも外を見やるとそこには、水に沈んではいるが、確かに陸地があった。

 アステルはガラスに円を描いて穴を開けると、文明が海に沈んだ星、『水没星バルパ』へと降り立った。その後ろをラナデも水面を足先でつつきながらゆっくりと降り立つ。

 アステルたちの降り立った場所は、かつては高度の位置にあったのか、少し傾斜ががっており水かさがあまり高くなく、くるぶしが水に浸かるほどの深さだった。


「さて、何がぶつかったのか気になるけど、先ずは足の着く場所の調査をしよう。っと、その前に……」


 アステルは肩に掛けた小さなバッグからロープを取り出し、バイクと近くにあった岩に括り付ける。

 バイクを固定し終えると、アステルはもう一度バッグを弄り、縁が銀灰色のレンズが黒味がかった丸型のゴーグルを取り出して頭に掛ける。


「アステル先輩、それは……?」


 ラナデはアステルがゴーグルを取り出した意図が気になって聞くと、アステルはゴーグルの両端を指で摘み、自身の目元に掛けて見せる。


「どんな危険があるのか分からないからね、こういうゴーグルなんかで目を守れるようにしておくといいよ。まあ、私は普段は視界が狭められるから、頭に付けるだけにしてるんだけどね」


 そう言うとアステルはゴーグルを目元から外し、頭に掛け直す。

 ラナデはいつの間にかモニターを開いており、アステルの言ったことを必死にメモしていた。


 ラナデがメモを取っていると、突然ラナデの開いていたモニターの横に何かが現れ、手のひらサイズ小さな人の女性の形をとったかと思えば、ホログラムに映し出された女性は意気揚々として話し始める。


「ふたりとも、無事水没星バルパにたどりつけましたねー、パチパチパチ〜」


 楽しげに話すその女性を見て、ラナデは直ぐに誰だか理解した。3日前、星間記録課に配属された日に、自分とアステルの行く星を告げに来たメモリーだ。


「あ、ちょっとラナ君、今お姉ちゃんのこと呼び捨て、もとい考え捨てにしたでしょ〜? ちゃんと“メモリーお姉ちゃん”って言ってくれなくちゃ、お姉ちゃん泣いちゃいますよ?」


 メモリーは口を尖らせながら、ラナデの鼻をつつく。

 厳密にはただの写像なのでラナデはつつかれてはいないのだが、ラナデには本当につつかれたような錯覚があり、おまけにメモリーの横に「きゅるん☆」という文字があるように見えた。

と思っていたが、文字は実際にホログラムで映し出されていただけであった。


 アステルは、そんなラナデとメモリーのやり取りを完全に無視しており、水面に指先を付け舐めると、記録書を取り出して書き込んでいた。


「シュメちゃん、ここのお水どうだった?」


 ラナデと話していたメモリーは、背中を向けながらもアステルの動きを把握していたようで、アステルが文字を書き終わるのを見計らったように聞く。


「この辺りに張った水、多分真水だね。水没星って言うくらいだから星全体が海、潮水に沈んだのかと思ったけど、そういうわけじゃないみたいだよ。場所によって水質がどう変わるのかが気になるところだね」


 アステルはバッグから指先サイズ程の小瓶を取り出し水を入れる。そして、小瓶の蓋を強く閉めるとそのまま口に押し込んで飲み込む。

 突然のアステルの行動に、ラナデは口をポカンと開いたまま呆気にとられる。そして、数瞬の間を置いてアステルのしたことを理解する。


「ちょっ、何してるんですか!?」


 小瓶を吐き出させようとラナデが慌てていると、アステルはきょとんとして首を傾げる。

 アステルが首を傾げていると、ラナデの顔の横に映し出されていたメモリーが自身の口を指さし、お腹をさすってみせる。

 メモリーの仕草でラナデに言われたことに気付くと、アステルは淡々とした態度で答える。


「何って、バッグに入れると他の薬品と混ざったり、後で使うかもって時に際探すの面倒だから。それに“罠”にもなるしね。でも大丈夫、ちゃんと帰ってから吐き出すから気にしなくていいよ」


 そう言うと、アステルはその場を後にして歩いて行ってしまった。


「そういうことじゃないんですけど……って、待ってくださいよ」


 ラナデは先へ先へと歩いていくアステルを追って、水飛沫を巻き上げながら走り出す。すると、その音に気付いたアステルがすぐに足を止め、怪訝な表情を浮かべて振り向く。

 そのアステルの顔を見てラナデは待たせては悪いと思い、メモリーも横で「ゴーゴー」と急かして来るので、更に足を速めてアステルの下まで急いで行く。

 そして、アステルの下まで辿り着くと、


「……ラナデ君。先ず、相手を待たせまいとするその心掛けはいいね。ただ、そうやって来られると臆病な生物が逃げちゃうでしょ? それに、もし音を聞きつけて狩りをする生物がいたらどうするつもりだったのかな? もう少し慎重に行動して、出来ればあまり音を立てないようにしようね。それから──」


「はい……」


 待たせまいとしたラナデの行動は、アステルにとっては逆効果だったらしく、初調査にして初めての指導が説教になっていまい、ラナデは少し落ち込む。

 ラナデはふとメモリーの方を見ると、そっぽを向いて後ろ手を組み、この話には関わらまいと下手くそな口笛を吹いていた。


 それからというもの、アステルのお説教は小一時間ほど続き、ラナデは1つの行動でこれほどまで怒られることがあるのかと思い、注意点を必死にメモしていた。

 メモリーが映るモニターと同じ媒体を使っていたので、ラナデがメモを取っている最中、メモリーが


「いやん。もぉ〜、ラナ君ったらお・ま・せさん」


とアステルのお説教に重ねて喋り続けており、ラナデは気が散って仕方がなかった。


 お説教が終わると、アステルはいつの間に取ったのか、少量の葉のついた木の枝を持っていた。そして、まじまじと全体を見せるようにラナデの顔の前に差し出す。


「これ、なんて名前の植物の枝か判る?」


「えっ? ここってまだ記録されていない星なんですよね? それならその木の枝もまだ記録されていない物なんじゃないんですか?」


 ラナデはあまり考えずにそう答えると、ラナデの反応を見たアステルは薄っすらとニヤッとした笑みを見せる。


「ふふっ、これはね『シナリシネリギ』って言って、“私が”命名したんだけど、これ、いくら曲げてもしなり続けて決して、枝すら“折れることがない”んだよ」


 そう言ってアステルは木の枝を目一杯曲げて見せる。

 エニフルにいた時の雰囲気とは打って変わり、若干見て取れる興奮気味の様子のアステルを見てラナデが驚いていると、メモリーはその横でうんうんと頷きながら笑っていた。


「さて、ここまでの流れで1つ、何かおかしい点はなかった?」


 アステルは木の枝の先でラナデを指して問う。

 唐突の質問にラナデは慌てて考えるが、興奮気味のアステルに驚いてしっかりと話を聞いていなかったので、何がおかしかったのか全く思いつかなかった。


 あまりに思いつかず、メモリーにそれらしく視線を送ってみるラナデであったが、メモリーは舌を出して肩を竦めるだけで、何も教えることはなかった。


「3、2、1……はい終了。ちょっとだけ難しかったかな? 正解は、シナリシネリギが折れるはずがない。つまりは、“ここに枝が落ちていること自体がおかしい”、だね。じゃあ次、だとするとこの枝が落ちていた理由は?」


 アステルは今一度ラナデに問うと、今度は枝の断面を向けて見せる。

 ラナデはその断面図を見て、ようやくアステルの言いたいことに気が付いた。


「折れるはずのない枝。異様に綺麗な断面。何か鋭い刃のようなものを持つ生物がこの枝を切断したってことですか?」


「今度は正解。ただもう少し加えるなら、文明が存在していた痕跡があるから、何かではなく”誰か“の可能性も考えられるよね。そしてその誰かが私たちを見ていたら……」


 アステルがそう言うと同時に、ラナデの背筋に悪寒が走る。


 ラナデは咄嗟にその悪寒の正体を探ろうと周囲を見回すと、視界の端で茂みの奥から覗く黒い影を捉えた。

 そして、ラナデが視線を戻した時、その影の主と目が合った。

 体は茂みに隠れており、どのような姿をしているかは分らないが、こぶし2つ程あるくすんだ瞳だけは、瞬きすることなくラナデたちを視界に収めていた。


 ラナデは初めての星に来て早々に遭った得体のしれないものに、腰を抜かしてその場にへたり込む。

 巨大な瞳と目が合い怖じ気付くラナデを尻目に、アステルは顎に手を当てて首をひねると、何かが隠れる茂みへと近付いていく。


「あ、アステル先輩、危ないですよ!」


 ラナデは茂みに歩いてゆくアステルを止めようとするが、アステルはラナデの忠告を聞かず、後ろ手にひらひらと手を振る。

 アステルは頭に着けていたゴーグルを目元にずらすと、茂みから覗く瞳の目の前に立つ。そして、茂みの中に体を突っ込むと、何やら大きな塊を引っ張り出す。


 アステルが巨大な瞳のあった茂みから引っ張り出してきたのは、人ひとりは軽々と飲み込めるであろう、木の幹のような模様をした丸々とした巨大なカエル。

 そのカエルは、アステルがやったわけでもなく頭頂部を槍のようなもので貫かれており、既に息絶えていた。


 呆然とラナデがカエルとにらめっこをしていると、アステルは腰に付けていたナイフを取り出し、カエルの皮膚に突き立てたかと思えば器用に皮を剥ぎ始める。


「あの、何してるんですか?」


 ラナデは瞳の正体が判り平静を取り戻し、なぜカエルの皮を剥いでいるのか聞くが、アステルは答えることなく剥いだ皮の一部を細かく切り取り、口の中に放り込んで咀嚼する。


「ふん……皮に毒はなさそうかな……」


 その後もアステルは、カエルの喉元や四肢を細かく切り取っては口に放り込んでうまうまと咀嚼し飲み込んでいく。

 その様子に困惑し、ラナデはメモリーに視線を送る。


「シュメちゃんは、いつもああやって未記録の生物の毒の有無を確認してるんですよ。調査中は生態系に影響しない程度でその星の生物を狩ってご飯にするから、仲間が毒を取り込まないようにっていつも毒見してるの」


「毒の有無を確認って、毒があったらどうするんですか? 下手すれば死んじゃうじゃないですか」


「シュメちゃん、無数にある星の中でもちょっと一際特殊な星の生まれでね、毒を飲んだとしても死ねないの。勿論、どれほどの劇毒だったとしてもね。だから、その体質を活かして調査中に毒のあるものを調べてるの。いくら死なないからといって、苦しいことには変わりないはずなんだけどね……」


 そう言ってアステルを見るメモリーの目が、ラナデにはそこはかとなく悲しそうに見えた。


「そう……なんですね。あのアステルせんぱ──」


「うぐっ……」


 ラナデがアステルを呼ぼうとした時、先程まで平然とカエルを毒見していたアステルが、突然口を押さえ悶え始めた。

 第2回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!


 『水没星バルパ』について


 水没星バルパは、リライナ腕・宵蛍恒星群よいほたるこうせいぐんという200億年ほどで燃え尽きる小さな恒星が大量に集まる群星地にて新たに観測された星です。

 もう一度言いますが“水没星”です。“海洋惑星”ではないので間違えないでくださいねー。


 水没星バルパは宵蛍恒星群内に存在しており、水面が光を反射して輝いているので水没星自体も観測時では恒星だと思われており、それが原因で観測するのが今の今まで遅れてしまっていました。

 そして、水没星と名付けられただけあって、もともとは今よりもう少し気温も低く陸地の多い緑溢れる星で、陸上生物も数多く繁殖しており、陸地に特化した文明が繁栄していたとされていました。ただ、温暖化が進み年々水位が上昇し続け、推定約2000万年前にはほとんど今の状態になっていたとされているんですよぉー。

 調査を始めた現在では、文明の殆どが水に沈んでしまい、陸上にいた生物たちも殆どが絶滅。それでも適応して生き残れた元陸上生物たちは、水辺での生活が出来るように進化していったそうですよー。


 水没星バルパに沈んだ文明を作った子たちは生き残れているんですかねー? 生きていたらどんな生活を送っているんでしょう? お姉ちゃん、とっても気になります!

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