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第十九話 オカピパの繁殖期三

 周囲のざわめきが途絶えた──。


 直前まで生死を賭けて動き回っていた生物たちは、時間でも止まったかのように動きを止めていた。

 アステルたちは、その異常な光景を訝しげに眺めている。


 その静寂は一体どれだけ続いたのだろうか? いつしか水面の揺らぎも消えていた。


 そして──、


「うおぉぉぉぉぉ──ッ!」


 辺り一帯に響き渡る悲鳴とも取れる雄叫びとともに、水面が大きく盛り上がると、何やら桃色のなめらかな物体が姿を現した。

 その物体は、よく見ればゆっくりとくねって動いている。もしやあの物体は、生物なのだろうか?


「みんな! 見てくれ! 大物だぞー!」


 なめらかな物体から、嬉々とした声が聞こえてくる。アクア・リタの声だ。


「……リタ? それは何? あなた、食べられたの?」


 リトが困惑した様子で聞く。

 すると、なめらかな物体の一部が盛り上がり、その下からアクア・リタが姿を現した。


「食われてなんかいないぞ。それよりもみんな見てくれ、底にこんな大きなやつが隠れていたんだ」


 そう言って今一度なめらかな物体の下に潜り込むと、刺していた槍を使って水中から持ち上げる。

 なめらかな物体は、アクア・リタが持ち上げても全貌が見えない程に大きかった。


「すまないが、運ぶのを手伝ってくれないか?」


 アクア・リタは言う。


 アステルたちは顔を合わせると、アクア・リタのもとへ歩いて行く。

 しかし、歩いている途中、アステルがある違和感に気付いた。


「周りの生物たち、いつまで止まってるんだろ」


 そう、アクア・リタの大声とともに動きを止めた生物たちが、いまだ身動き1つ取らず固まっているのだ。


 アステルは水を手ですくい上げると、水に粘性の物質が混ざり、粘り気を帯びていた。

 恐らく他の生物たちは、体に粘性の物質がまとわりついて身動きが取れなくなっていたのだろう。

 そして、その物質を出しているものは──。


「アステル先輩、なんだか進むにつれ水の抵抗大きくなってきてませんか?」


「そうだね。これだと大半の生物が窒息死するかもしれない」


 アステルの言葉を聞き、ラナデは顔を上げる。


「え、大変じゃないですか。どうやって助けるんですか?」


「ん? 放置だよ。私たちのやったことでも、星の外からの干渉でも無いからね。

 仕事外で関わることはしないよ。可哀想だけど、仕方ない」


 そう言って、水の抵抗を気にすること無くどんどん歩いて行く。


「…………」


 ラナデが先を歩くアステルの背を見つめていると、メモリーがラナデに近付く。


「規約だからと言っても、初めのうちは慣れませんよね。ラナ君の先輩星間記録課職員のこの中にも、見捨てるのが辛くて泣いちゃった子も居ましたから。

 あっ、別に慣れろとは言いませんよ! 一応、基本的にはその職員の子に向いた星に向かわせるようにしていますし、中枢管理本部の子たちも多少の要望なら聞いてくれているので!」


「はい、分かってます。心配掛けてすみません」


 深くため息を付いていると、後ろからリトがラナデの肩に手を置く。


「あなたが何に悩んでいるのかは分からない。ただ、なんでも考えすぎるのは疲れる。私は特にリタが変なことするせい。

 他を気にするのは、自身の余裕があるときだけにすると良い。あなたとその子、私は応援する」


 そう耳打ちすると、リトは小さく微笑み歩いて行った。


「なんだか勘違いされているような……」


「ラナ君、リトさんに何を言われたんですか?」


「……特に何も」


「何もってことは無いでしょう? 良いからお姉ちゃんにも教えて下さいよぉ~!」


 ──ラナデとメモリーが戯れている間に、アステルはアクア・リタの持ち上げるなめらかな物体を細かく調べていた。


「……やっぱり、粘性の物質はこの生物が分泌するものらしいね。

 この子は何だろうね? 軟体生物ではあるんだろうけど、見たところアメフラシやウミウシに近そうかな」


 アステルはアクア・リタに「もうちょっと持っててくれる?」と聞くと、応えを聞く間もなくその生物を調べ始める。


 アクア・リタが内側から持ち上げても地に着いてしまうほど平たく大きな体。

 ピンクの基調色に青の雨模様。

 黄色い触角や貝蓋のような痕跡。

 オカピパの繁殖地一帯を浸食する程の粘液を分泌する特性。


「──リタそれは何?」


 アステルが生物を調べていると、リトが後ろから歩いてくる。


「いや、全くもって分からん。初めて見るものだな。まあ、食べられるだろう」


 アクア・リタは生物を持ち上げながら呑気に答える。

 アステルはその言葉を聞くと、薄い笑みを浮かべる。


「そう、“初めて見る”んだね。なら名前は私が付けられるね」


 そう呟くと、再び生物をまじまじと眺め、


「“ヒラケウミウシ”かな。うん、なんかそんな感じの見た目してるからね」


 と、記録書を取り出そうとするが、水が深いこともあり取り出すのをやめる。


「後で書けば良いか。今は体中ヌメヌメしてるし、こんな状態で書いたら記録書汚れちゃうよ」


 アステルは言うと、ラナデの方へと振り返る。


「ラナデ君、メモ姉、狩りはお仕舞い。帰るよ。

 リミナに戻ったら記録の共有をしようか。どう記録をしたのかしっかりと見せて貰うからね──」

 第十九回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!


 『ヒラケウミウシ』について


 ヒラケウミウシとは、別名“水絨毯みずじゅうたん”と呼ばれる異鰓(いさい)上目・裸鰓(らさい)目・ヒラウミウシ科・ヒラケウミウシ属に分類される肉食性の軟体動物です。


 汽水域全域に生息しており、普段は水底に土を被って潜んでおり、近くに来た生物を自身の分泌する粘液で動けなくなったところを捕食します。イメージとしては、ゴキブリホイホイに近いでしょうか?

 そういえば、普段は土を被って潜んでいることから『ヒラメウミウシ』と呼ぶ方もいるようです。


 そして、ヒラケウミウシは直径3mもあり動きも遅いため、天敵に狙われたときなどは自身の身に纏っている強い粘液をもつ分泌液を辺り一帯に放出して溶け込ませ、相手を動けなくして餓死や窒息死させます。恐ろしいですねー。

 その間ヒラケウミウシは動かないのですが、相手が動けない間に逃げればいいのでは? と思うかもしれませんが、1時間に1m程しか移動できないくらいものすごく遅いので、動いたとて無駄。ならば相手を殺してしまえばよいのだっ! というヒラケウミウシの作戦のようです。

 相手が死んだ後食べられますしねー。


 因みに因みに、本当はこのお話で言うと怒られてしまうのですが、ここまで見てくれた皆さんにはこっそり教えちゃいます。今回見つけたヒラケウミウシ、実は……“幼体”なんです。

 では成体はどれほどのものなのか? それは出てからのお楽しみですねぇー!

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