第十七話 オカピパの繁殖期一
──オカピパの繁殖地を探し続け、ついにアステルたちは目的の場所にたどり着いた。
広い空間が紅樹林の中にぽっかりと開いており、その空間を水中から木の上まで埋め尽くさんばかりの無数のオカピパが密集している。
「す、凄いですね。ざっと見ても数百、いや数千匹は居るんじゃないですか?」
「そうだね、私もここまで集まるとは思っていなかったかな。くれぐれも、時が来るまでは音を立てないようにね」
「はい」
かくいうアステルたちは言うと、繁殖地の外側から息を潜めて様子を見ていた。オカピパたちの一世一代の大繁殖が始まるその時まで──。
「全員、準備は良いか? オカピパが繁殖を始めれば、辺りの他の生物たちが集まってくる。
もう一度言うが、狙い目はフフゥトゥックだ。手足の無い細長いやつで、基本的には木の上からオカピパを狙っているから、暇があったら探してみてくれ」
「いいや、フフゥトゥックは不味い、絶対にラナトウの方が良い。丸い足の多いやつ。あれは美味」
「フフゥトゥックだって不味くはないだろう」
「それはない」
オカピパの繁殖が始まるまで待っていると、アクア・リタとリトが言い合いを始めてしまう。
「リトの言うとおり、ラナトウは美味い。だが、フフゥトゥックだって皮を剥いで暫く水に浸けておけば、身も柔らかく食べやすくなるだろう」
「食べやすくなっても不味いものは不味い。前にリタの持ってきたフフゥトゥックのせいでリミナの全員お腹を痛めた。忘れたとは言わせない」
「そ、それについては申し訳ないと思っている……。だが──」
「くどい」
「…………」
リトに一蹴され、アクア・リタはしゅんとして水に頭まで潜ってしまった。
そして、リトはその様子を見てため息を付くと、アクア・リタを水中から引き上げる。
「自分で食べる分だけなら好きに取れば良い。ただ、食べるのはリタだけにすること」
「り、リトぉ、ありがとう……」
アクア・リタに肩を掴まれ、リトは気恥ずかしそうにアクア・リタの顔を手で押しのけながら「……ふん」とそっぽを向く。
そんなふたりのやり取りを、アステルたちは「微笑ましいね」と眺めていた。
──それからも待ち続けていると、ようやくオカピパたちに動きが出始める。
「来るぞ」
1匹のオカピパが鳴くと、周囲に居た個体も共鳴するように鳴き始める。
そして──、全てのオカピパが一斉に動き始め、それに呼応するように木の上や水の中から、他の生物たちが大量に飛び出してくる。
「今だ! 行くぞ!」
アクア・リタのかけ声とともに、アステルとリトも水中に潜りオカピパの群れへと飛び込んでいく。
「えっ!?」
「ラナ君、ゴーです、ゴーゴー!」
指差すメモリーに促され、続けてラナデも向かう。
繁殖をしようとするオカピパ、それを狙うために集まった他の生物たち、そして更に集まった生物たちを狙うアクア・リタたちと、周囲は大荒れ状態。
ラナデは何が起きているのか分からず生物たちに揉まれてしまい、水から顔を出して呼吸することすらままならない。
「うわっ! うくっゲホッ……息が……」
ラナデが慌てていると、突然後方に引っ張られる。
「あんまり突っ込んでいくと危ないよ」
顔を上げるとアステルが片手に見知らぬ細長い生物を持って立っていた。どうやら、ラナデを助けたのはアステルのようだ。
「あ、ありがとうございます」
「うん。私たちのすることは、生物とアクア・リタ君たちの狩りの様子の記録であって、狩りでは無いからね。
それに、ちょっと危なそうなのも居たから、あの中に突っ込んでいくと怪我するよ」
「分かりました、すみません」
「悪いことはしていないから謝らなくて良いよ。
私は生物の記録をしてくるから、ラナデ君はアクア・リタ君たちの狩りの様子をメモ姉と一緒に記録していてね」
アステルは言うと、手に持っている生物をラナデに渡すと
「それ、アクア・リタ君の言っていたフフゥトゥックってやつらしいよ」
と言い、アステルは再びオカピパたちの繁殖の中心地へ水に潜り向かっていった。
「──どれどれ、ちょっとお姉ちゃんにも見せて下さい」
メモリーがラナデの持っているフフゥトゥックへと近付いてくる。
「あら~、可愛い子ですねー」
そう、アクア・リタたちの言っていたフフゥトゥックとは、ヘビのことだったのだ。
「さあラナ君、アクア・リタさんたちの狩りの様子を記録する前に、シュメちゃん無しでその生物の特徴を記録してみましょうか」
「は、はい」
メモリーに促され、ラナデはフフゥトゥックの外見をまじまじと見る。
頭から尾の先まで約1m。
背中に白い1本線のある淡い青色メインの体色。
体表を撫でるとザラザラとした細かな体鱗。
魚の尾びれのように縦に偏平なヒレ状の尾。
「ウミヘビ、ですかね」
「はい、正解ですよ。パチパチパチ~。
ただ、ウミヘビはウミヘビでも、“爬虫類の”ウミヘビですねー」
「……? ウミヘビって爬虫類だけじゃないんですか?」
ラナデは聞く。
「いえ、ウミヘビには爬虫類と魚類の2種類居るんですよ。
ウミヘビであろうフフゥトゥックが汽水まで来ているのは、オカピパが好物だからなんですかね?」
「へぇー、そうなんですね。勉強になります」
ラナデが感心してフフゥトゥックを眺めていると、メモリーがラナデを呼ぶ。
「そう言えば、爬虫類のウミヘビはハブの数十倍程の猛毒を持っていることが多いので、早く離した方が良いと思いますよ。それも、また寄ってこないように遠くに投げて」
「えッ!? 早く言って下さいよ!」
間一髪、ラナデは自身の腕に噛み付こうとしていたフフゥトゥックを咄嗟に遠くへ放り投げる。
「危なかったですねぇー。むやみに生物を触ると何があるか分からないので、気をつけた方が良いですよ。
生物についての知識が浅いうちは特にですよー」
メモリーは放り投げられたフフゥトゥックを「よく飛びますねぇ~」と眺めながら言う。
「本当に、そういうことは早く言って下さいよ……」
「まあ無事だったことですし、良いじゃないですか。それよりも、狩りの様子見なくて良いんですか? なかなかに激しくなってきてますよ!」
「あ、あんまり急かさないで下さい」
ラナデは急いで先程のフフゥトゥックの記録をした。
第十七回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
『フフゥトゥック』について
フフゥトゥックとは、別名“一線蛇”と呼ばれる有鱗目・ヘビ亜目・コブラ科・ウミヘビ亜科・トゥック属に分類される肉食性のウミヘビです。
普段から水深1m以上の汽水域に生息し、オカピパなどの小型の動物を主に捕食しています。
捕食の方法としては、まず獲物の背後からゆっくりと近付き、自身の間合いまで接近することができたらガブッと噛み付いて傷口から毒を注入し仕留めます。そして、仕留めた獲物の肉にかぶりつき、ワニのように体を捻って肉を引きちぎりながら食べます。
このとき注入する毒は、エラブトキシンよりも強いクロトエラブと、ホスホリパーゼA2という神経毒で、クロトエラブはハブ毒の約160倍の強さを持っています。この毒に耐性の無い種族の子は、噛まれたら筋肉が痙攣してすぐに脳に毒が回り即死です。ラナ君は噛まれなくて良かったですねー。
はい、そしてこのフフゥトゥック、今回ラナ君が噛まれなかった理由として、性格がかなり温厚で鈍感なんです。
今回のように掴むだけでは噛まれることはほとんど無く、自身が傷つけられでもしない限り捕食以外で攻撃することはありません。
ただ一説によると、これだけ温厚なのは、蓄えられる毒の量が少なく、やたらめったら噛み付いてしまっては、すぐに獲物を狩るときの毒が無くなってしまうためだと考えられているんです。
刺したら引き抜くときに自身の内蔵ごと体外へ出てしまうがために、あまり刺すことは無いミツバチと少し似ているかもしれませんね。まあ、あちら程命かけてはいないと思いますけどねぇ~。