人乗せマイウェイ
パカラッ ‥ パカラッ ‥
パカラッ ‥ パカラッ ‥
馬が一匹、駆け抜ける。
いや、馬が一人、駆け抜ける。
いや、人が一人、駆け抜ける。
一人が手綱を握り、一人が両手両脚を駆使して、計二人が道を駆け抜ける。
一人を背に乗せている方は、両手に手袋のようなもの、両脚に靴を履いている。
手袋と靴には鉄が付けられているのか、地面に着地する度、鉄のリズミカルな音がしている。
スーパーの前まで来ると、止まる。
一人は降り、一人は立ち上がって伸びをする。
「今日の晩ご飯は、何にする?」
乗っていた人が、言う。
「なんでもええよ」
乗せていた人が、答える。
「ホンマ、なんでもええんやな」
乗っていた人が、ツッコむ。
「いや、それは、俺の嫌いなもんはアカンけど」
乗せていた人が、たじろいで答える。
乗っていた人は、見るところ、四十歳前後。
年齢相応の容姿体型、をしている。
服装も、年頃の中年女性と変わらない服装をしている。
違うのは、服の上から、なんとも雅やかな南蛮風のショート・コートを羽織っているところだろう。
乗せていた人は、見るところ、三十歳前後。
こちらは、年齢よりも引き締まった容姿体型、をしている。
服装は、歳頃の青中年男性と変わらない服装をしている。
尤も、カジュアルと言うより、スポーツウェアそのものであったが。
ただ、そのスポーツウェアのデザインが、なんとも雅やかな南蛮風になっている。
蹄鉄の付いたグローブを外し、中年女性と並んで店内に入る。
店内にも、ちらほらと、中年女性と青中年男性のペアが目に付く。
そう云えば、店内のみならず町中でも、中年女性と青中年男性のペアは珍しくない。
珍しくないどころか、割と目に付く。
どのペアも例外無く、同じような服装をしている。
一見、中世西洋の、騎士と従者を思わせる。
が、このようなペアを除けて考えると、店内及び町中の風景は、ありきたりの町中の風景。
駅を中心に町が形成され、ちょっとした商店街がある。
駅に隣接して、スーパーが数軒ある。
駅から少し離れると、もうそこは緑滴る土地が広がり、家屋がポツンポツンと見受けられる。
道幅も、広い。
優に、大人六人が、並んで歩けくらいある。
ただ、道は、舗装されていない。
アスファルトではなく、土の道。
小石や砂利と云ったものは無く、滑らかな土の道ではあるが。
人は、歩いている。
自転車も、通っている。
荷車を引いている人も、いる。
が、車は無い。
自動車が、通っていない。
一台も。
よく見ると、オートバイも見受けられない。
代わりに道を行くのは、、中年女性と青中年男性のペア。
中年女性が上に乗り、青中年男性が下から支え、道を行く。
パッと見は、騎士と軍馬(どちらも、庶民的容貌ではあるが)。
ほとんどの青中年男性は、荷車を引いている。
背に中年女性を乗せ、四つん這いになった臀部後方から伸びたロープは荷車に繋がっている。
さぞや、青中年男性は、疲れた惨めな顔をしてると思いきや、さにあらず。
真摯なまなさしで前を見つめ、誇り高い表情を浮かべている。
動きも活き活きキビキビしており、シャキシャキと音がしそうに歩んでいる。
なんなら、青中年男性よりも疲れていないはずの、中年女性よりも表情に冴えがある。
それもそのはず、青中年男性の方が、主。
社会的地位も格式も、収入も税優遇も、青中年男性の方が上。
状況(中年女性が乗り手、青中年男性が乗せ手)から予想される事態とは、全く違う。
字面で云えばビジュアルで云えば、主従(関係)では無く、従主(関係)。
「ほな、おでんで」
「おでん?」
「なに、文句?」
「いや、おでん好きやけど、ここのところ、
『ヘビーローテーション過ぎひんかな』、と思て」
「ええやん。
大根安いし、じゃが芋も安いし」
「まあ、そうなんやけど ‥ 」
会話は、敬語そっち除けの、フランクなもの。
普段の立ち居振る舞いには、あんまり従主関係は入って来ない。
大根買い込み、じゃが芋買い込み、その他諸々買い込む。
エコバッグをぶら下げた中年女性は、荷車にエコバッグを積む。
青中年男性は、グローブを嵌めて、肘当ての位置を調整する。
膝当てと脛当ての位置も、調整する。
荷車から伸びたロープを、腰の左右にあるカラビナに付ける。
そして、ソフトランディングで、四つん這いスタンバイ。
中年女性は、青中年男性の背に括り付けられたシートの位置を、調整する。
そして、おもむろに、ソフトランディングで、騎乗スタンバイ。
青中年男性は、歩みを進める。
パカッ ‥ パカッ ‥
パカッ ‥ パカッ ‥
路面に当たる度、音が響く。
グローブ・肘当て・膝当て・脛当て・靴の、路面に触れる部分には、鉄が入っているらしい。
パカッ、パカッ
パカッ、パカッ
パカッ、パカラッ
パカッ、パカラッ
パカラッ、パカラッ
パカラッ、パカラッ
二人は、走り出す。
家に、着く。
家は、平屋建て。
明治から昭和初期に掛けての、金田一耕助とか明智小五郎が出て来そうな佇まい。
ちょっとした石造りの門が、ある。
門を開けると、ちょっとした前庭がある。
前庭を抜けると、家屋の玄関がある。
中年女性が玄関を開けると、奥から老壮年男性が悠々と出て来る。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
「ただいま、です」
男性の挨拶に、青中年男性、中年女性と続いて返す。
「デメト様」
老壮年男性が、青中年男性 ‥ デメトを呼び止める。
「ん?」
「新しくメイドを雇用しましたので、ご挨拶させようと思いますが」
「ああ、はい」
「ラウーラ様も、よろしいですか?」
「あ、はい」
男性は、中年女性 ‥ ラウーラにも声を掛ける。
「どうぞ、出て来て下さい」
奥から、若い女性が、おずおずと出て来る。
メイド服に身を包み、頭にはメイドリボンを結んでいる。
言い遅れた。
男性の方は、執事服に身を包み、ループタイを首下に結んでいる。
メイドリボンとタイ留めには、同じ紋章が入っている。
烏だか鷹だか燕だかが、上向きに飛んでいる図の紋章だ。
よく見れば、デメトとラウーラの服にも入っている。
「ホーマ・レサワー、です。
よろしくお願いします」
若い女性 ‥ ホーマは、ペコッと頭を下げる。
「ああ、はい。
よろしく」
「よろしく、です」
デメト、ラウーラと、続けざまに言葉を返す。
挨拶、終了。
「チーロ」
「はい」
老壮年男性 ‥ チーロが、デメトの問い掛けに答える。
「今日の夕食はおでんなんで、準備しといて」
「おでん ‥ ですか」
「嫌か?」
「いや、嫌と言うわけではないんですが、
いささかヘビーローテーション過ぎるのでないかと」
やっぱり、いささかヘビーローテーション過ぎるらしい。
「まあ、ここんとこ野菜全般高いけど、
比較的大根は安いし、しゃーないやん」
「そうですね。
かしこまりました」
早速、チーロとホーマは、食堂(orリビングorその他諸々)に向かう。
デメトとラウーラが、向かい合わせに食事を取る。
チーロとホーマは、控えている。
そこに、電話が鳴る。
「行って来ます」
チーロが、電話に出に行く。
電話の呼び出し音が止み、電話に出たらしく、チーロの声が微かに聞こえる。
食堂に戻って来ると、言う。
「ホーマさん、おうちからお電話です」
「えっ!」
ホーマは驚いて、食堂を飛び出す。
電話に、噛り付いて出る。
[もしもし]
[あ、お姉ちゃん?]
[セルジ、「仕事先に電話しちゃダメ」って言ったでしょ]
[でも、なんや、寂しくて ‥ 。
いつ帰って来んの?]
[ご主人の食事が終わって、後片付けを一通り済ませてからやから、
十時過ぎくらいになるわね]
[遅なるね]
[そうやね。
でもこれから、いつもこれぐらいになると思う。
先に寝といてくれたらええよ]
[ううん、起きてる。
今日は、朝、学校に行く前にしか、お姉ちゃんと会ってへんから]
[そう ‥ 。
じゃ、なるべく早く帰るようにするから、留守番お願いね]
[うん。
お姉ちゃんも、頑張って]
[うん]
‥ チン ‥
ホーマは、食堂に戻る。
何事も無かったかのように、常駐ポジションに戻ったホーマに、デメトが訊く。
「おうちから、何やて?」
「ああ、なんでもないです」
ホーマの返答に、ラウーラが口を挟む。
「『この時間帯に、勤め先へ電話』って、なんかあるに決まってるやん」
「 ‥ はあ ‥ 」
「で、おうちから何やて?」
デメトはにこやかに、再度ツッコむ。
ホーマは、チーロの顔を見る。
チーロは、顔に微苦笑を浮かべ、頷く。
ホーマは、おずおずと切り出す。
「 ‥ 実は ‥ 」
ホーマは、電話の内容と、自分達の現状を、ほぼ一切合切話す。
話を一通り聞いて、デメトが言う。
「つまり、弟さんは今現在、『一人ぼっちで、不安な時間を過ごしてる』、
ってことやな」
「はい ‥ 」
『うん』とばかりに頷くと、デメトはチーロに尋ねる。
「ホーマさんの家って、どこ?」
「ユーべ地区、で御座います」
「徒歩二、三十分、ってとこか」
「大人の足で往復五十分前後ぐらい、だと思われます」
『ふむ』とばかりにデメトは立ち上がり、言う。
「ほな、行くか」
「はい」
チーロが、頷いて頭を下げる。
「ワタシは、付いて行かんでもええの?」
ラウーラが、尋ねる。
「ああ、ええよ。
ゆっくりしといて」
デメトは、スッスとサッサと、身支度を整える。
「ほな、行って来ます」
「はい。
お気を付けて」
「行ってらっしゃい」
「 ‥ は、はい。
行ってらっしゃいませ」
チーロとラウーラは、すんなりと、デメトを送り出す。
ホーマは、慌てて送り出す。
チーロは、すぐさま、元のポジションに戻る。
ラウーラは、そのまま食事を続ける。
ホーマは、今の一連の流れについて、質問したい。
疑問を解いてもらいたい。
でも、メイドの立場としては、目上の人が食事中であるのに、うるさくできない。
ましてや、プライベートな質問・疑問。
ラウーラの食事後でも、『チーロさんに、こっそり訊こう』と思う。
そんなホーマの心模様を察したのか、ラウーラが言う。
「チーロさん」
「はい」
「ホーマさんに、説明しといた方が、ええんとちゃう?」
「何を、ですか?」
「今の、一連の流れ」
「何故ですか?」
「ワタシらは慣れてるけど、ホーマさん来たばかりやから、
分からへんのとちゃう?」
「ああ、なるほど」
そして、チーロは説明する。
主人であるデメトの行動様式、性格模様等について。
事例を一つ一つ挙げて、説明する。
自分達の経験した事項も絡めて、説明する。
『そんなことが!』
『それでいいんですか?!』
『私には、分かりません』
といった顔を浮かべて、ホーマは説明を聞く。
チーロは、要点を押さえて、手早く説明を済ます。
それでも、いくらか長くなってしまう。
説明の終わりに、一言添える。
「だから、ホーマさんが、気に病むことはありません。
あれは、デメト様の性格です。
誤解を怖れず言うならば、『嬉々として』やってらっしゃいます」
ラウーラも、チーロの添えた言葉に、ウンウンと頷く。
「 ‥ あ ‥ はい ‥ 」
ホーマは、質問したいことや確認したいことがそれはあったが、強引に捻じ伏せて納得する。
食事は、続く。
ホーマは、元のポジションに戻る。
ラウーラに言われ、おでんのおかわりを用意しに、食堂を出る。
デメトが帰って来たのは、それから二十分ほど過ぎてから。
思いの外、早い。
ラウーラは食事を終え、食堂でくつろいでいる。
チーロとホーマと共に、立ったまま密やかに、談笑を楽しんでいる。
‥ パカラッ、パカラッ ‥
‥ パカラッ、パカラッ ‥
そこへ、両足両手を高らかに響かせて、駆け寄る音がする。
音は、家の近くまで来ると止まる。
いそいそと、チーロとホーマは玄関へ向かう。
「ただいま」
「 ‥ お邪魔します ‥ 」
「「お帰りなさいませ」」
デメトは、玄関から入って来る。
傍らに、少年を連れている。
ホーマは、少年を睨むように見つめる。
少年は、目を伏せ気味にして、ホーマと視線を合わさない。
「早かったですね」
「ああ、いつもより十分くらい短縮できた感じがする」
チーロの問いに、デメトは答える。
答えて、少年を促す。
「セルジ君、さあ中へ」
少年 ‥ セルジは、デメトに促され歩を進める。
相変わらず、ホーマとは目を合わさない。
「お帰り~」
「ただいま」
ラウーラは、返事を返すデメトの傍らに、目を移す。
「ホーマさんの弟さん?」
「そう。
セルジ君や」
「よろしく、セルジ君」
セルジは、ラウーラから差し伸べられた手を握る。
握りながら、デメトを見る。
「ああ。
まずは、みんなを紹介しておいた方がええな。
ここに居るのは ‥ 」
各自の紹介が一通り済み、デメトの食事が再開される。
セルジも食事がまだだったので、デメトと一緒に取る。
食事が終了し、デメトがコーヒーを啜っていると、チーロが話し掛ける。
「デメト様」
「ん?」
「それにしても、セルジ君のお迎え、早かったですね」
「そうやな。
セルジ君乗せてると『むっちゃ走り易い』とか、そんな感じ」
「今まで、そんな感じは無かったんですか?」
「う~ん。
『ここまでは無かった』ような気がする」
「それだけ、セルジ君の乗せ心地が良かったんですか?」
「そやろな」
デメトは、まだ食事中のセルジに話し掛ける。
「セルジ君」
「はんふぇすか?」
「口の中のもん、無くなってからでええよ」
「ふぁい」
セルジは、咀嚼の回転数を上げ、速やかに口の中を空にする。
「はい、お待たせしました。
OKです」
セルジの言葉を待って、デメトが質問を発する。
「セルジ君」
「はい」
「僕に乗ってた時、何かしてた?」
「別に、これと云っては」
「ほな、何か思ってた?」
「それも、別にこれと云っては ‥ 」
セルジ言い淀み、考える。
急に、頭の上に電燈が点いたように、眼を輝かす。
「ああ」
「なんや、何か思い出したんか?」
「はい。
デメトさんのこと、思ってました」
「僕?」
「はい。
『デメトさん、辺りも暗いし、走り難いやろなー。
足元とか注意して、走ったりしたはんのやろなー。
で、『あんまり僕を揺らさんように』とか気使って、
走ってくれたはんのやろなー』、とか思ってました」
「ほお」
「で、乗せてもらっている僕も、デメトさんがなるべく走り易いように、
体勢変えたり、変に大げさに揺れんようにしてました」
「おお」
デメトは、チーロと眼を合わす。
『それやな』
『それですね』
眼で、会話を交わす。
デメトは少し考え、『ふむ』とばかり向く。
そばに控え、デメトとセルジの会話を見守っていたホーマの方へ、向く。
ホーマは、急に向かれ『ドキッ』とした眼を浮かべ、デメトの視線を受け止める。
「ホーマさん」
「はい」
「お願いがあるんやけど」
「なんでも、おっしゃってください」
「セルジ君を、僕の弟子にします」
「はい?」
えっ?
「デメト様の弟子?」
「はい」
「ということは、セルジを将来的に、
【人乗せ】にするって言うことですか?」
「はい。
なんか、不都合が?」
いやいや、不都合とかそんなんじゃなくて。
「滅相も無いです!
【人乗せ】になるって言うことは、名士の仲間入りですから、
願ったり叶ったりです。
でも、姉の立場から言っても、
セルジはこれと云って優秀なところはなく、
平々凡々の普通の子供だと思いますけど」
デメトはホーマを見つめ、『ふう』と息を抜くと、口を開く。
「セルジ君は、【人乗せ】の気持ちに寄り添うことができる。
【人乗せ】のことを、思いやることができる」
「はあ」
「それも、自然に、衒わずに」
「はあ」
「それは、持って生まれたものか後天的なものか分からないけど、
セルジ君の類稀なる長所だと思う」
「はあ」
「僕は、セルジ君を乗せてて、それが分かった」
「はい」
「だから、実地に体験して確信したから、セルジ君を僕の弟子にして、
ゆくゆくは一人前の【人乗せ】に育てたいと思う」
「はい」
ホーマは、デメトの言葉を噛み締め、眼を伏せて考えに耽る。
キュッと眼を上げると、セルジに眼を向ける。
セルジは、物事の急速な展開に、呆気に取られている。
口を動かすのを忘れ、状況を眺めている。
「セルジ」
「ん?」
「セルジは、どうなん?」
デメトに話を振られ、セルジは戸惑う。
「いや、急に、そんなこと言われても」
「じゃあ、気が進まへんの?」
「っていうか、デメト様に初めてお会いしたのもついさっきやし、
そんなに長い時間、デメト様に乗らせてもらっていたわけやないし、
何より話の展開が急過ぎて、なんやよく分からへん」
「そんなもんやで」
ラウーラが、口を挟む。
「人生の岐路の決断なんて、往々にして、
急にやって来て、即座に決断を迫る。
心も時間も、余裕が無かったりする。
でも ‥ 」
『『でも ‥ 』』
ホーマとセルジは、後に続く言葉に、息を呑む。
「得てして、最初に思ったことや第一印象が、
一番ええ決断やったりするんやて」
二人ににっこり微笑みかけ、ラウーラは言う。
『ほな、そうしよう』
セルジは、ホーマに意思を伝える。
「お姉ちゃん」
「はい?」
「僕、デメト様にお世話になるわ」
弟の眼を見て、ホーマは一瞬にして悟る。
そして、デメトに頭を下げる。
「デメト様、弟をよろしくお願いします」
「はい。
責任持って、立派な【人乗せ】にします、なってもらいます。
セルジ君、これからよろしく」
「こっちこそ、よろしくお願いします」
セルジも、頭を下げる。
そこへ、言葉が被さる。
「デメト、作戦通りやな」
ラウーラが、ニヤニヤして、デメトに言う。
「ま、尤も、あんたの人柄が良くないと、今の作戦も成功せんわな」
ラウーラは、セルジに向き合って、言葉を続ける。
「セルジ君」
「はい」
「デメトは人間的にええやつや、それは私も認める」
「はい」
「そら、至らんところも悪いところもあるけれど、押しなべて見ると、
ええとこの方が全然勝ってる」
「はい」
「だから、これから、安心してデメトに付いて行き」
「チーロさんもええ人やし ‥ 」
「はい」
「 ‥ ワタシも歓迎する」
場の意思は、統一されたようだ。
早速、デメトが口を開く。
「チーロ」
「はい」
「空き部屋あったよな?」
「ふた部屋ほど、ございます」
「ほな、その部屋、ホーマさんとセルジ君用にして」
「かしこまりました」
デメトとチーロの会話を聞いて、ホーマ・セルジ姉弟は、目を見開く。
「「ええっ!」」
デメトは、何の気無しに答える。
「ああ、ここに住むのは嫌か?」
「いや、そういうことじゃなく ‥ 」
「やったら?」
「いや、お勤め始めたばかりで、人となりも分かってもらってへんのに、
『なんや悪いなー』、と」
デメトは、ホーマの言葉を気にしない。
「かまへん、かまへん。
嫌やなかったら、引っ越して来たらええ。
家賃、食費、光熱費等々、もらう気無いから」
「「ええっ!」」
ホーマ・セルジ姉弟は、再度驚く。
「デメトがそう言うてんのやから、それでええやん。
そんだけ、セルジ君を買っていて、ホーマさんにも期待してるんやろ」
ラウーラが、言う。
言いながら、チーロに視線を流す。
「私も、そう思います」
チーロも、言う。
「決まりやな。
ほな、明日から引っ越しな。
とりあえず俺は、食事を続けるわ」
デメトは、中途だった食事に、再度臨む。
次の日は一日、ホーマ・セルジ姉弟の引っ越し作業に終始する。
引っ越し作業はその一日で終わってしまい、その翌日から名実共に、ホーマ・セルジ姉弟は、デメト家の一員になる。
セルジは地元の学校に通い、帰宅後、デメトの下で【人乗せ】の修行に励むこととなる。
修行初日。
修行初日から数日は、座学。
実際の実技に入るのは後ほどのこととして、まずは【人乗せ】としての心構えを叩き込む。
デメトは、セルジに、要点だけを記したレジュメを渡す。
「これに沿って、話するから」
「はい」
「思ったこと、気付いたこと等は、それに書き込んで」
「はい」
「それが溜まったら、ファイリングして保管しといて」
「はい」
「多分、今後何度も、一人前になっても何度も、
見返すことになると思うし」
「はい」
「僕が、そうやから」
「はい」
デメトは一息つくと、セルジの顔に眼を据える。
「セルジ君」
「はい」
「僕が君を、【人乗せ】に勧誘したんは、何でやと思う?」
「う~ん」
「思い付かんか?」
「はい、正直」
「僕に乗った時の、セルジ君の言葉やな」
「ぼくの言葉?「
「そや。
何言ったか、覚えてるか?」
「正直、覚えてません」
「こう言ったんや。
「『デメトさん、辺りも暗いし、走り難いやろなー。
足元とか注意して、走ったはんのやろなー。
で、あんまり僕を揺らさんようにとか気使って、
走ってくれたはんのやろなー』、とか思ってました」
、って」
「ああ、はい」
「こうも言ってた。
「で、乗せてもらっている僕も、デメトさんがなるべく走り易いように、
体勢変えたり、変に大げさに揺れんようにしてました」
、って」
「ああ。
どっちもなんとなく、覚えています」
「そこで、僕は思ったんや。
『この子、【人乗せ】になる素質あるんとちゃうか』、って」
「はあ」
セルジのコメントから、デメトは【人乗せ】素質を見出したらしい。
が、セルジには、イマイチ分からない。
デメトは、話を転換する。
「セルジ君」
「はい」
「ご両親やお姉さんから、日々暮らす上で大切にせなあかん言葉とか、
言われてたりするか?」
「う~ん ‥ 」
「うん」
「 ‥ ああ!」
「思い付いたか?
言ってみ」
「[自分がされて嫌なことは、人にするな]
、です」
「なるほど」
「はい?」
「多分、それがいつも頭にあるから、
セルジ君は、人への接し方が安定して、穏やかなんやろう」
「そうですか?」
「地位の高低とか金の有無に関係無く、人に接するやろ?」
「ああ、そういえば」
「男の人であっても女の人であっても、大人でも子供でも、
基本、人への接し方は変わらんやろ?」
「それも、言われてみれば」
「[自分がされて嫌なことは、人にするな]の[人]は、
『老若男女地位金うっちゃって、
同じ[人]として接することを大切にする』から、そうなると思う」
「はあ」
「良くも悪くも、人への接し方でブレへんから、
案外、人に好かれるやろ」
「どうですかね」
「でも、一定数には、恨まれはせんけど嫌われる」
「ああ、それはそうかも」
「ゴマすりとか、男尊女卑とか、歳上への敬いを必要以上に言う人は、
そこらへん駆使して世の中渡ってはるから、
セルジ君のような人は、煙たいねん」
「煙たいんですか?」
「そう。
だから、セルジ君は、ある程度の人には、そういう人には嫌われんねん。
そういうやつを、『既得権益にしがみついて、思考停止しているやつ』、
って言うねん」
「はい」
「そういうやつは、ウザいから、放っといたらええねん」
「はい」
「セルジ君の人への接し方・生き方の方が、『爽やかで清々しい』と、
僕は思う。
だから、セルジ君は、[自分がされて嫌なことは、人にするな]で、
ずっと行ったらええねん」
「はい!」
デメトは、ここでちょっと、口調を変える。
「だから多分、『セルジ君、【人乗せ】になる素質あるんとちゃうか』、
って思ったと思うねん」
「はあ」
「『デメトさん、辺りも暗いし、走り難いやろなー。
足元とか注意して、走ったはんのやろなー。
で、あんまり僕を揺らさんようにとか気使って、
走ってくれたはんのやろなー』
と思って、
「乗せてもらっている僕も、デメトさんがなるべく走り易いように、
体勢変えたり、変に大げさに揺れんようにしてました」
って、そういう行動取れるのは、
相手のことを、人のことを考えてる証拠やろ」
「はあ」
「多分、[自分がされて嫌なことは、人にするな]がいつも頭にあるから、
人のことを思いやるのが、癖になってんねん」
「でも ‥ 」
セルジが、反論する。
「[自分がされて嫌なことは、人にするな]は、
消極的というかネガティブ的というか、
そういう感じの、ちょっと引いた感じの人との関わり方ですよね?
そんないい感じの関わり方に、思えないんですが ‥ 」
デメトは、セルジの顔を見て、安心させるように笑う。
「だから、ネガポジ変換」
「はい?」
「セルジ君は、状況に即して、自動的に自然と、
ネガポジ変換してるんとちゃうか。
[自分がされて嫌なことは、人にするな]を、
[自分がされて嬉しいことを、人にしろ]に。
で、それを実行してるんやろ」
「はあ」
「無意識にやってるから、自覚症状無いだけで」
「はあ」
「だから、『【人乗せ】素質有り』と、思ってん。
そうでなかったら、あんなにすぐに誘うかいや」
「そうなんですか」
「だから君は、素質とか性格的には、本人の意識するしないに関わらす、
【人乗せ】の資格は充分や。
変に気負わず細工せず、そのまま精進してくれたらええ。
最初にそれを、言って置きたかったてん」
「はい」
「少しは、疑問点解消して、気が楽になったか?」
「はい。
少しは」
「今は、それでええ。
追い追い、ズルズルと解消されて行くやろ」
「はい」
「ほな、本格的に、知識講義に入るで」
「はい!」
セルジは、知識講義を無事終了する。
最終テストも、デメトが満足するだけの点数を上げ、無事終える。
講義と平行して、基礎的な身体作りも行っていたので、基礎体力測定も行う。
それも、満足すべき結果が出る。
すぐにでも、実技練習に入る準備が、整う。
【人乗せ】ユニフォームは、チーロが手配して、既に用意されている。
デメトのユニフォームとお揃いの子供版、といったところ。
胸に映えるは、勇壮な皇帝ペンギンをあしらったワッペン。
これも、デメトとお揃いである。
そう云えば、ラウーラの胸にも、同じワッペンが光っている。
本格的に、実技講習に入る。
講師には、デメトは勿論のこと、ラウーラも加わる。
三人は、ジャージと云うかトレーニングウェアで、集合する。
練習から、正ユニフォームを着ていられない。
汚れもするし、破れもするし。
セルジはデメトから、【人乗せ】の動きを教わる。
取り敢えず、一通り全部の動きを教わる。
そして、取り敢えずラウーラを乗せてみる。
その過程で、セルジが気付いた点、上手くいかなかった点、疑問点等をまとめて、デメトに報告する。
デメトが、それらの解説、対処法等を述べる。
ラウーラは、相手が子供なので全ての体重を預けることはせず、地に足を付けてセルジに乗る。
敷地内を、一周する。
セルジがぎこちないは、仕方がない。
なんせ、初めて。
ラウーラがぎこちないのも、仕方ない。
なんせ、セルジに乗るのは初めて。
セルジの上下左右運動と、ラウーラの上下左右運動が、イマイチ合っていない。
上と下で、違う運動をしているようだ。
お互いの動きがズレている為に、前進もスムーズに行っていないように感じる。
パ パカラ パカ パカラ パ パカ ‥
おっ ととっ おっと とっ おっとっとっ ‥
パカ パッ パカラ パッ パカラ パカ パ ‥
ととっと とっ おっ とっ ととっ おっと ‥
なんとか一周して、二人が戻って来る。
「ご苦労さん。
なんか、気付いたことあるか?」
デメトが、質問を受け付ける。
が、セルジはハアハア言って、疲労困憊の様子。
ただ、敷地内を一周しただけなのに、予想以上に疲れたようだ。
ラウーラも、疲れた顔を隠せない。
しかしこちらは、気疲れらしく、顔ほど身体は参っていないようだ。
セルジが、ようやっと、ゆるゆると手を上げる。
「はい、セルジ君」
「なんや、気色悪かったです」
「と、言うと?」
「いや、『ラウーラさん乗せてて、気色悪かった』とかでなく、
『なんや、しっくり来んな』とか『動き、ハマってへんな』とか、
そんな感じの気色悪さで、それで余計疲れました」
デメトは、ウンウンと頷く。
「ラウーラは?」
「右に同じ」
またもや、デメトはウンウン頷く。
一人納得して、言葉を続ける。
「要するに ‥ 」
セルジの顔を、しっかり見て言う。
「 ‥ 二人の動きが、合ってへんのやろな。
お互い、バラバラの動きをしてるから、あかんのやろ」
セルジの『続きを促す』眼を捉え、デメトは続ける。
「セルジ君は、人を乗せて動くので精一杯。
ラウーラは、先輩で経験も多いから、
それでも、そんなセルジ君の動きに『会わそう』としたんやろ。
でも、初めて人を乗せるセルジ君の動きが、不規則過ぎて、
合わせきれへんかったんやろ」
ラウーラは、『はい、その通りで御座います』と言わんばかりに、自分が不甲斐無さそうに、頷く、
デメトは、眼に気を入れて、セルジの眼を見据える。
「でも、やっぱそれは、セルジ君の動きに関わるとこが大きいから、
セルジ君の動きの精度を上げてもらわんとな」
セルジは、『そうですよね』とばかり、少し眼を伏せる。
「でも言い換えれば、動きの精度が向上するに連れ、
ラウーラの動きといや応なく合ってくるから、これからやでこれから」
セルジとラウーラは、デメトのフォロー発言に促され、再度練習を始める。
実技練習後、セルジは部屋に閉じ籠る。
夕食も、終始無言で、取る。
誰とも言葉を、交わさない。
食後すぐに、自分の部屋に戻る。
デメトとラウーラは、眼で会話する。
『大分、ダメージあるみたいやな』
『よっぽど、今日の練習が上手く行かんで、
満足行かへんかったんやろなあ』
『『一人にしといてくれ、一人で考えさせてくれ』、ってとこか』
『そやろな』
『一人で考えることも大切やけど ‥ 』
『うん』
『 ‥ なんや一人で考えてると、考えが堂々巡りしそうで心配や』
『そやな』
『ラウーラ』
『ん?』
『ちょっと、行って来たってくれや』
『ワタシ?』
『そう。
ラウーラの弟子、みたいなとこもあるし』
『確かに、このシチュエーションでは、私が一番適役やろな』
『頼むわ』
『そやな。
頼まれた』
食事が済むと、ラウーラは自分の食器を、洗い場まで運ぶ。
その後、一服もせず、セルジの部屋に向かう。
「セルジ君」
「 ‥ はい」
「ラウーラや、開けて」
「あ、はい。
今、開けます」
扉を開けて出て来たセルジの顔は、案の定暗い。
「入ってええかな?」
「あ、どうぞ」
ラウーラは、ズンズンと部屋の中に入って行き、机に備え付けの椅子に座る。
セルジは、ベッドの端に腰掛ける。
ラウーラとセルジは、対面になる。
「さて、っと」
「はい」
ラウーラが、切り出す。
セルジも、答える。
「何、悩んでんの?」
ド直球。
「う~ん」
「さっきの練習のことか?」
ド真ん中。
「ぶっちゃけると、その通りです」
「どういうとこで?」
「『なんでこうも、ラウーラさんの動きと合わへんかなー』、と」
「それは最初やし、しゃーないやん」
「でも、「上手く行く糸口」って言うか、
そんなものも、まるっきり掴めませんでした」
「それは、私の責任もあるし」
「いや、ラウーラさんは、あの手この手で、
僕に合わせてくれようとしてはりました。
それは、デメトさんの指摘しはった通りです」
「う~ん、それは、否定せんけど」
「だから、やっぱり、上手く行かない原因は、僕の方にあると思うので、
『なんとか上手く行く方法が、ないもんかどうか?』を、
ずっと、考えていたんです」
「なるほど」
ラウーラは、ストイック過ぎる程に思い悩むセルジを見て、思いやり苦笑しながら言う。
「でも、そんなに根詰めんでもええで」
「はあ」
「デメトも、一途に思い悩んでいた時は、上手く行かんかったけど、
気分転換したのか、楽に考えるようになったら、
割合すぐに、突破口見つかったみたいやから」
「そうなんですか」
「だから、たとえ傍からは楽天的で何も考えて無い様に見えていても、
実は常時、問題解決に向けて、考え続ける考え抜くことが大切なんやろ。
なら、気楽に行った方がええやん」
「確かに」
「『気楽に、でもちゃんと真摯に考え続ける』でええやん」
「そうですね ‥ そうします」
「ほな、そういうことで。
心配してるみんなには、「セルジ君、大丈夫やで」って、言っとくわ」
「はい!
お願いします」
セルジは頭を下げ、返事する。
ラウーラは、かわいい未熟な後輩を見る眼差しで、部屋を出る。
セルジは、実技練習に励み続ける。
ラウーラとの息も、合って来る。
動きも、スムーズになって来る。
それは、デメトも認めるところ。
上下で、別の動きをしている風には、見えなくなって来ている。
たまには、上下で、動きのズレが生じる場合はあるが。
デメトもラウーラも、順調な成果に、一応満足している。
当のセルジは、あまり満足していない。
乗せていて、分かる。
ラウーラが、自分の動きに合わせてくれていることを。
セルジは相変わらず、自分が動くだけで精一杯。
一体感の動き、の質の向上については、ラウーラにお任せ状態。
ラウーラはコツでも掴んだのか、最初と違い、セルジの動きにバッチリ合わせて来ている。
一見は、【人乗せ】【人乗り】の共同作業で前進、ギャロップ。
が、その実は、【人乗り】の実力に頼り切った作業。
セルジの感覚では、1:9で、ラウーラに寄り掛かった動き。
その1の部分が、やってもやっても何度練習しても、2とか3とかにならない。
あくまでセルジの感覚上の問題だが、2とか3とかにならない。
ラウーラの助言もあり練習の進展もあり、一時、セルジの心向きは、上向き掛けていた。
それが、ここへ来て、また下向きになっている。
ラウーラの助言もあり、考え続けている、試行錯誤している。
でも、ラウーラに頼り切っている、迷惑を掛けている感覚があり、再度ラウーラに相談することも躊躇される。
セルジは、ちょっと八方塞がりに陥っている。
「セルジ」
セルジが、自分の【人乗せ】服を洗っていると、ホーマが近付いて来る。
ん?
「なに?お姉ちゃん?」
「『なんかまた、凹んでんのとちゃうの?』、と思って」
セルジは、図星も図星だったので、殊更平然とした様子を装うこともできない。
顔に、態度に、出てしまう。
「やっぱり ‥ 」
「お姉ちゃんは、気にせんでええで。
ぼくの問題やし、ぼくがなんとかせなあかんことやし。
お姉ちゃんが、なんとかできることでもないし」
セルジは、畳み込んで、言を重ねる。
セルジが言い終わった後、一息の間を置いて、ホーマは溜息をつく。
はあ~。
「『そんなこったろう』、と思った。
自分ひとりで抱え込まんと、言ってみ。
わたしにも聞くことはできるし、
そっちも吐き出したら、少しは楽になるやろ」
「うん ‥ 」
セルジは言い淀み、眼を伏せる。
なかなか、次の行動に出ない。
‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥
「ああ、じれったい!
早よ言い!」
「はいっ ‥ 」
セルジは、ポツリポツリと語り出す。
デメトさんと、自分を比べて、凹んでいます。
ラウーラさんに、迷惑掛けてばかりで、凹んでいます。
できない自分が歯痒くて、でもなかなか向上しなくて、凹んでいます。
その他諸々で、凹んでいます。
ホーマは一通り聞き終わり、再度、溜息をつく。
はあ~。
「そんなん、当たり前やん」
「うん ‥ 」
ホーマの言葉に、セルジは沈み込みながら、答える。
「あんた、【人乗せ】になって、どんだけ経つのよ。
デメト様とラウーラ様と、どんだけキャリアと経験値、違うのよ。
同じレベルで比べてるあんたの方に、ビックリやわ」
「はい ‥ 」
「それで上手く行かないからって、自分勝手に凹んでて、
周りに暗いオーラ振り撒いて、周りの人間心配させて、あんた何様よ」
「おっしゃる通りで ‥ 」
ぐうの音も、出ない。
「ま、でも」
ここで、ホーマは口調を転ずる。
「あんたがそういう思いで凹んでるんは、【人乗せ】になる為、
ちゃんと真摯に臨んでるってことやね」
「そうかな」
「そう。
わたしは、それは認める。
だから、こういう風に考えてみたら。
セルジとラウーラ様は、相互補完関係」
「相互補完?」
「そう。
二人で一つというか二人で一〇〇%っていうか、そんな感じ」
「う~ん」
セルジは、イマイチよく分からないらしい。
「二人で一人前ってゆうか二人で一〇〇%になるってゆうか、
お互いを頼りにするバディ関係」
「う~ん」
ますます、分からなくなったらしい。
「セルジの感覚では、今、ラウーラ様との関係は1:9、
一〇%対九〇%なんやろ?」
「うん」
「相互補完関係ってのは、
『お互い至らないところをフォローし合って、進んで行こう』ってな関係
のことやから、早い話、二人で一〇〇%になれるような感じで、
考えたらええねん」
「うん」
「今、セルジが一〇%でラウーラ様が九〇%でも、
セルジが徐々にパーセンテージ上げて行って、
二〇%:八〇%とか三〇%:七〇%とかに、なったらええねん」
「うん」
「そうしたら、自然に自動的に、相互補完関係っていうか、
お互いを頼りにするバディ関係になるんとちゃうか」
「なるほど」
「今現在、セルジのパーセンテージが劣るのは当たり前やから、
セルジは焦らす着実に、
自分のパーセンテージを上げてったら、ええんとちゃうか」
「そうか ‥ 」
「亀の歩みでも、一歩一歩着実に精進し続けたら、
いつの間にか、むっちゃ向上してるもんやて」
「うん」
「多分、デメト様もラウーラ様も、
それくらいの懐の深さは持ったはるって」
「 ‥ うん。
そやね」
「分かったか。
分かったんやったら、洗い物済ましてしまい」
ホーマは、苦笑しながら、作業の手を休めていたセルジに言う。
「うん。
お姉ちゃん、ありがと」
セルジはにっこり笑って、洗濯の続きに取り掛かる。
デメトの教えの下、ラウーラにフォローされ、ホーマに支えられ、セルジは順調に吸収して行く。
【人乗せ】のことのみならず、【人乗り】のこと、【人乗せ】【人乗り】合わせてのこと、それらを囲む環境のこと。
【人乗せ】関係のことばかりでなく、デメト家のこと。
また、現在の【人乗せ】【人乗り】を取り巻く社会環境や、経済状況その他諸々のことを、吸収して行く。
ある程度吸収した時、セルジは気付く。
吸収し過ぎて、頭が、ほわんほわんになっていることに。
吸収することや覚えることが多過ぎて、考えることが有り過ぎて、知恵熱が出るのは毎度のことだった。
でも、いつの頃からか、ほわんほわん ‥ 頭が飽和状態が常態化している。
習うこと習うこと、全部大切に思えて、頭にとどめて置きたい。
気付いたこと気付いたこと、全部大切に思えて、頭にとどめて置きたい。
アドバイスもらったことアドバイスもらったこと、全部大切に思えて、頭にとどめて置きたい。
その日、セルジは、一人でおやつを食べる。
デメトとラウーラは買い出しに行き、ホーマもお使いに行っている。
チーロが、おやつと飲み物を用意してくれる。
「ごちそうさま、でした」
セルジが、席を立つ。
と、同時に、
「セルジ様、ちょっとよろしいですか?」
チーロが、セルジに問い掛ける。
セルジは、身構える。
チーロは執事とは云え、威厳有り有りなので、セルジは身構える。
威風圧、制空圏の強さ等、半端無い。
「はい」
セルジは、再び座り直す。
「最近、セルジ様は、地に足が付いていないというか、
ふわふわ漂っているように動いていらっしゃるというか、
そんな感じなので、皆心配しております」
「あ~、病気では無いんです。
身体は全然、大丈夫です」
「では、何が?」
「精神的なものっていうか、そこらへんのことってゆうか ‥ 」
「よければ、お話くださいませんか?
セルジ様が苦しんでおられるのに、何もこちらができないのは、
心苦しいです。
それに ‥ 」
「それに ‥ ?」
「セルジ様が苦しんでおられるのは、あまり見たくありません」
セルジはちょっと照れて、右のコメカミを掻く。
「ありがとう」
「何かお力になれるかもしれませんし、
何か助言させていただくこともできるやもしれません。
どうでしょうか?」
「 ‥ うん。
ちょっと、聞いてくれる?」
「喜んで」
セルジは、ポツリポツリと話し出す。
途中から、加速度を増し、スムーズに話し出す。
その話の流れは、セルジ中の考えの練り具合を、よく表わしている。
「というわけで ‥ 」
チーロは、セルジの話を聞き終わると、右手を顎下に当てる。
縦コブシにした右手を、顎下に当てる。
当てて、そのまま考え込む。
セルジも、考え込むチーロを、黙って見つめる。
言葉を求める眼差しを持って、チーロを見つめる。
チーロが口を開くのを、じっと待つ。
「 ‥ 思うに ‥ 」
チーロが、ようやっと口を開く。
チーロが考えていた時間は数秒に過ぎないが、セルジには、一日千秋の如く思えている。
勢い込んだ眼差しで、チーロを見つめ直す。
「セルジ様は、『何でもかんでも、完璧にこなそう』と、
してらっしゃいませんか?」
「う~ん ‥ 」
「やることなすこと全て、『上手くやらなきゃあかん』と思って、
臨んでおられるように思います」
「 ‥ あ~、確かにそうかも」
「『なんでもかんでも、上手くやろう』となさっているから、
今の状態に陥っているのかもしれません」
「なるほど」
「だから、要は、『メリハリを付ければ、いいんではないか』、と」
「メリハリ?」
「察するに、なんでもかんでも同レベルでこなそうとするから、
『いっぱいいっぱいになって、こぼれる』というか、
『テンパってしまう』というか、
そんな感じになってしまうんではないか、と」
「うん」
「だから、大切にするところと、それ以外のところを分け、
『力の入れ具合に、メリハリを付ければどうか』、と」
「うん」
「勿論、その以外のところを疎かにする、と云うわけではないです。
それ以外のところは、普通の力具合で、
大切なところは、より以上の力具合で臨めばどうか、と」
「そっか。
全部、おんなじようにこなそうとしてるから、
上手くいかへんのか ‥ 」
「はい。
そのように思います」
「うん」
「だから、俗に言う ‥ 」
「うん?」
「『押さえるとこ押さえたら、後はアバウトでもええ』、
でいいんではないか、と」
チーロが、いたずら小僧っぽい苦笑をしながら言う。
セルジは、チーロの労り、心配、期待、その他諸々の思いを受け止め、言う。
「ありがとう」
「いえいえ」と言いながら、チーロは速やかに、その場を去る。
セルジに、考えを消化する時間を与える為か、速やかに去る。
セルジは、その場で十数分、たたずむ。
セルジは、真摯に励む。
見当外れの努力を、排除してゆく。
自分の芯をブラさず、信じた方法・道を、コツコツ積み重ねる。
デメトは、その順調な歩みに、眼を細める。
ラウーラは、その取り組み方に、好ましいものを感じる。
チーロは、見ていないようで、温かく見守る。
ホーマは、ハラハラしながら見守る。
ある程度、セルジの実技も向上した頃。
練習終わりに、セルジはデメトに告げられる。
「セルジ君」
「はい」
「新人大会、エントリーしといたから」
「新人大会?」
「【人乗せ】に成ったばっかりの若手のみ、参加する大会」
「 ‥ えっ? ‥ えーっ!」
「えっ、なんか不満が?」
「いや、そういうことやないですけど、『まだ早いんとちゃうかな』
、と」
「いや、セルジ君の成長具合からして、『全然、いい時期』やと思うで」
「大きな大会ちゃいますの?」
「いや、ウチの地方だけの大会やから、
そう大きないし、参加人数もそんなに多くない」
「でも ‥ 」
「もう、エントリー済みなんで、明日からは大会用の練習よろしく」
デメトは、『決定事項を、通達しました』とばかりに、さっさと家に戻る。
セルジは、ラウーラを見つめる。
『どうしましょう?』とばかり、見つめる。
ラウーラは、肩を竦めて苦笑する。
次の日から、新人大会用の練習が、始まる。
新人大会は大きく分けて、二つの部門がある。
一つは、ツーマンセル部門。
【人乗せ】【人乗り】、二人一組になって競い合うもの。
一つは、【人乗せ】部門。
まだ、【人乗り】のバディに恵まれていない【人乗せ】が各々一人で、競い合うもの。
その部門の中で、種目は四つに分かれている。
これは、各部門とも共通している。
一つは、ウォーク。
『どれだけ滑らかにブレず、(両腕両脚で)歩いて移動できるか』、を競うもの。
一つは、ギャロップ。
『どれだけ滑らかにブレず、(両腕両脚で)走って移動できるか』、を競うもの。
一つは、ターン。
『どれだけ滑らかにブレず、左右に曲がれるか』、を競うもの。
もう一つは、ジャンプ。
『どれだけ滑らかにブレず、大小の障害物を飛び超えられるか』、を競うもの。
セルジは勿論、【人乗り】バディを見つけていないので、【人乗せ】部門にエントリーしている。
デメトは、種目説明の後、実際に手本を示す。
セルジからの質疑応答を受けながら、何回か手本を示し直す。
セルジの納得が行ったところで、実際にセルジにやらせる。
数回、セルジに、種目をやらせる。
デメトの顔が、曇る。
「どうですか?」
セルジが、訊く。
デメトは、にっこり笑って、爽やかに答える。
「全然ダメ」
「えっ ‥ 」
セルジは、助けを求めるかのように、ラウーラに視線を移す。
が、ラウーラも腕を組んで、ウンウン頷いている。
戸惑う、セルジ。
頭上に?マークが浮いているのが、誰の眼からも分かる。
「分からへんか?」
セルジは、いっそ清々しいいほどに、断言する。
「はい!」
デメトはそれを聞いて、何も続けて言えなくなる。
「ほな、もういっぺん俺がやってみせるから、よう見とき」
デメトは、新人大会の巣目の動きを、繰り返す。
「どや?」
セルジの頭上に?マークが浮いているのが、誰の眼からも分かる。
デメトは、そっと溜息をつく。
「あかんか」
デメトは、残念そうに伏せ気味にしていた目線を上げ、ラウーラを見る。
「ちょっと、頼まれてくれるか?」
「何?」
「ホーマさん、連れて来てくれ」
「なんで?」
「セルジ君の練習に、ちょっと協力してもらう」
ラウーラは、母屋に向かう。
数分後、ラウーラとホーマは、連れ立ってやって来る。
「ホーマさん」
「はい」
「これから、僕とセルジ君が新人大会の種目をやってみせるから、
見といて下さい」
「はい」
まず、デメトが、ウォーク → ギャロップ → ターン → ジャンプとやってみせる。
続いて、セルジが、ウォーク → ギャロップ → ターン → ジャンプとやってみせる。
「どお?」
「はい?」
「何か、思わんかった?」
「いや、デメト様はいつもいいですが、
『セルジもそこそこ、いい感じかな』、と」
「他には?」
デメトは、ホーマに、更にツッコむ。
「あえて言えば ‥ 」
「それ、言って」
「デメト様の方が、『乗ってて、気持ちいい』感じがするって言うか、
セルジの方が、『乗ってて、痛い』感じがするって言うか、
そんなところです」
デメトは、ホーマの言葉を受けて、セルジに向き直る。
ラウーラも、セルジを見つめ直す。
セルジは、『ハッ!』とばかりに、眼を見開く。
気付いたようだ。
「分かった?」
「はい、なんとなく ‥ 」
「セルジ君が、『種目をこなそう、こなそう』としていて、
ある程度のカタチになって来たのは、僕も認める」
「はい」
「でも、『こなそう、こなそう』とするあまり、
自分の動きばかりに気が行って、忘れてたことがあるやろ?」
「はい ‥ 」
「言ってみ」
「【人乗せ】やのに、人を乗せて動かなあかんことを、
想定していませんでした」
「そうやな。
だから、「全然ダメ」で、ひとりよがりの動きになっていた」
「はい ‥ 」
「その動きの違いが、僕とセルジ君の動きの違いで、
ホーマさんにも、なんとなく分かったんやと思う」
「はい」
「ほな、どうしてええか分かったな?」
「はい。
赤ちゃんを扱うように女性を扱うように、
卵を扱うようにガラス細工を扱うように、
ソフトランディングで、動くことです」
「その通り。
誰か乗せてる想定を、忘れんとな」
「はい」
セルジの眼に灯り始めた挽回の炎を見て、デメトは満足そうに頷く。
ラウーラは、ほっとしたかのように、鼻から息を抜く。
ホーマは、『なんや分からん内に、重大な使命を果たしたの、わたし?』の顔で、戸惑う。
ホーマには通常業務に戻ってもらい、セルジ+デメト+ラウーラの練習は続く。
時折、「そうそう」「その感じ」「ええで」「素晴らしい!」と云った言葉が、聞こえる。
あまり、ネガティブな言葉は、聞かれない。
緑いっぱいの草原には風が走り、青いっぱいの空には、白雲が走る。
新人大会、当日。
セルジとデメトは、ウォーミングアップを兼ねて、四脚ウォークで会場に向かう。
付き添いのラウーラは、自転車で向かう。
ホーマ、そしてチーロも、態度や言動には出さないが、行きたそうなオーラを醸し出していた。
だが、今回は、ラウーラの撮る動画で満足してもらうことにする。
会場には、続々とエントリーした出場者が、詰め掛けている。
セルジは受付を済まし、ゼッケンキャップをもらう。
胸に当てるゼッケンでは、四脚歩行の【人乗せ】では見えない。
よって、【人乗せ】用には、番号が額に書かれたゼッケンキャップが用いられる。
セルジは、会場を見廻す。
さすがに、ゼッケンキャップを被った人は、歳若い男の人が多い。
通常のゼッケンを胸に当てているのも、歳若い女の人が多い。
が、ある程度の歳を召した人も、数多く見受けられる。
多分、出場者の師匠か関係者だろう。
競技会場は、柵で囲まれた芝生のサークル。
何の設備も、無い。
まあ、競技内容を考えれば、これで充分とも言える。
出場者は、各々八組。
重複して出場する【人乗せ】も、いる。
ウォーク、ギャロップ、ターン、ジャンプの各種目の、タイムとムーヴメント(立ち居振る舞いや動作の美しさ)で、点数が付けられる。
最高点は、出場者の数で変動する。
今回の場合、【人乗せ】部門、ツーマンセル部門共に、出場者は八組なので、最高点は八点、最低点は一点。
同点はなく、必ず点差を付けなければならない。
よって、必ず、順位も付けられる。
理論上、
ウォーク一六(タイム八+ムーヴメント八)点、
ギャロップ一六点、
ターン一六点、
ジャンプ一六点の、
六四点満点で優勝、というのが、最も良い成績となる。
やはり、【人乗せ】っぽい人は男の人で、【人乗り】っぽい人は女の人だ。
セルジは、デメトに習ったことを思い出す。
【人乗せ】【人乗り】の歴史を、思い出す。
元々、【人乗せ】にも【人乗り】にも、男性も女性もいたらしい。
身体的区別、精神的区別、社会的区別その他諸々関係無く、分け隔て無く活動していたらしい。
が、男性が元々持つ性格・志向から、【人乗り】男性の【人乗せ】乗り潰し、が頻発し問題になる。
【人乗せ】の乗り潰され、は、身体能力の差異から、男性よりも女性の【人乗せ】の被害数が増加し、問題となる。
自然、男性の【人乗り】は減少し、女性の【人乗せ】も減少する。
結果、現在のように、女性【人乗り】+男性【人乗せ】のペアがスタンダードとなる。
今や、ほぼ一〇〇%が、このペア構成となっている。
「もう始まるで」
セルジが過去の歴史に思いを馳せていると、ラウーラが話し掛ける。
【人乗せ】部門の出場者が、三々五々、サークルへと集まって来ている。
「はい」
セルジも、そこへ加わる。
準備、装備、心構えは、既に万端。
デメトは既に、柵のところで待機している。
柵に両肘を置き、両腕・両手で頬杖を突きながら、柵内を眺めている。
そこに、ちっちゃなビデオカメラを構えたラウーラが、近付く。
二人はひとしきり談笑し、ラウーラは、ビデオカメラを再度構える。
デメトは、両頬を両手に挟んで、柵内を見つめる、いや、にこやかに睨む。
「ま、あんなもんやろ」
デメトは、言う。
「そやな」
ラウーラも、言う。
「はい。
ありがとう御座いました」
セルジは、感謝する。
新人大会【人乗せ】部門で、セルジは優勝する。
合計点五十六点で、優勝する。
内訳は、
ウォーク十四(タイム七+ムーヴメント七)点、
ギャロップ十四(タイム七+ムーヴメント七)点、
ターン十四(タイム七+ムーヴメント七)点、
ジャンプ十四(タイム七+ムーヴメント七)点、
の計五十六点。
一位こそなかったが、ある意味、偉業を成し遂げる。
全種目の全二分野、二位達成。
つまり、全種目の各々の、タイム+ムーヴメントで、二位を達成する。
早い話、4× 2 = 8 の項目全てで、二位となる。
どれかが突出しているわけでなく、全てが高いレベルにあることを表わしている。
「あんなもん」どころか「たいしたもん」、の結果である。
が、デメトとラウーラにとっては、想定内の結果だったのだろう。
当たり前のようなコメントから、それは分かる。
おそらく、それは、セルジの精進、向上具合等を、適正に評価してのことと思われる。
対して、
「ツーマンセル部門は、ビックリしたな」
デメトが、言う。
「そやな」
ラウーラも、言う。
「そうですか?」
セルジが、疑問を呈す。
ツーマンセル部門の優勝は、あの姉弟だった。
デメトとラウーラから見れば、その動きは上下でチグハグ。
が、他の出場者の中に入れてみると、その動きは、抜きん出ていた。
まさに、雲泥の差。
当然の如く、姉弟コンビは、優勝をかっさらう。
「ま、そりゃそうやわな。
あいつの弟子やもん」
セルジの問いは置いといて、デメトは続ける。
「そやな」
ラウーラは、答える。
「あいつ?」
セルジがまたもや、疑問を呈す。
「デメト!
ラウーラさん!」
男が一人、声を掛けて来る。
『デメトとラウーラとは、旧知の仲』のように、声を掛けて来る。
その容貌は、『デメトとラウーラが、日本人っぽい』とするならば、『ヨーロッパ人っぽい』と言えるかもしれない。
服装は、デメトとほぼ同じ。
が、胸に輝く紋章は異なる。
デメトとラウーラは、正面を向いた皇帝ペンギンの紋章。
対して、男は、横を向いた龍の紋章。
おそらく流派とか家筋、師匠筋が異なるのであろう。
ラウーラが、男を指さす。
「その、あいつ」
ラウーラが、セルジに顔を向ける。
セルジが、男に顔を向ける。
男が、セルジに気付く。
「おお!
この子が、セルジ君か~。
ええ子、見つけたな」
男が、デメトに話掛ける。
「まあな。
セルジ君の本来持ってる素質と、俺らの指導が合ったんやろな」
デメトは、セルジの前に男を押し出す。
「セルジ君」
「はい」
「こちら、俺の友人でライバルの、ステファ」
男 ‥ ステファは、セルジにペコリと頭を下げる。
「よろしく、セルジ君」
「 ‥ こちらこそ、よろしくお願いします」
セルジが挨拶を返すのを待って、デメトがステファに言う。
「そっちも、ええやん」
「まあな」
「でも、ちょっと残念やな」
「やっぱ、気付いたか?
ちょっと、動きが合ってへんねん。
お互いが、お互いを、気遣い過ぎや」
「これから、なんとかなるんとちゃうか?」
「う~ん。
姉弟の関係が固まってしもてるから、あれ以上は難しいかもしれん。
二人とも、バディ変えた方がええかもしれんな」
「そうか」
呆けた顔で二人の会話を見守っているセルジに、デメトは気付く。
「ああ。
ツーマンセル部門で優勝した姉弟コンビの師匠の一人は、
ステファやねん」
ステファが、にっこり笑って宣言する。
「『ライバル同士の弟子が、これまたライバルになるかもしれん』、
ってことやな」
「「ステファさん」」
ステファに、声が掛かる。
女の子と男の子の声が、掛かる。
そこに、姉弟のコンビが立っている。
それぞれのユニフォームを脱ぎ、トレーニング着に着替えている。
姉の方は、ショートで、向かって左の眼の下に、ホクロがある。
弟の方は、坊主頭で、向かって右の眼の下に、ホクロがある。
背格好は、中肉中背でほぼ同じ。
いや、若干、弟の方が大きいか。
これから、更に差は開いて行くのだろう。
トレーニング着は、いわゆる、ジャージの上下。
胸には、ステファの物と同じ、龍が横を向いた紋章ワッペンが輝いている。
「ああ、こいつらが、さっき言ってた ‥ 」
ステファが、姉弟を紹介する。
入門の経緯や、習熟度等をひとしきり説明する。
その間、姉弟は、キラキラした眼で、デメトとラウーラを見つめる。
ステファから、話を聞いているのだろう。
対して、セルジには、ギラギラした眼を向ける。
今回の大会を観て、ライバルと認識したらしい。
ラウーラは、姉を見つめる。
弟よりも、じっくり見つめる。
姉が、その視線に恥ずかしがる程、じっくり見つめる。
上から下までじっくり観察すると、目を瞑る。
何かを、考えているようだ。
「ほな、行くわ」
ステファは、姉弟を促し、去ろうとする。
「ああ、ステファ」
ラウーラが、呼び止める。
「また、後日、連絡するわ」
ステファは、怪訝な顔をする。
ラウーラからステファに連絡するとは、珍しい。
てか、今までにあったことがない。
「了解」
ステファは、疑問が取れぬ顔のまま、場を去る。
姉弟も、付いて行く。
帰り道。
デメトがラウーラに、話し掛ける。
「ええんか?」
「へっ?」
ラウーラが、戸惑う。
「いや、バディとして」
デメトの眼を見て、ラウーラは理解する。
「ああ、ええな」
「やっぱ、そうか。
俺も薄々、感じてたんや」
「【人乗り】の視点から見ても、ええと思う。
《善は急げ》で、話進めた方がええんとちゃうか?」
「そやな」
デメトは、セルジに向き合う。
「セルジ君」
「はい」
「バディの目途、立ったか?」
セルジは、眼を伏せ気味にして、答える。
「 ‥ いや ‥ その ‥ 、歳上の女の人がいいんですよね?」
「そやな」
「僕の知り合いには、目ぼしい人がいなくて ‥ 、
『ラウーラさんのお知り合いで誰か、紹介してもらえないか』と、
思ってました」
「そうか。
まだ全然、『心積りも無い』ってことやな?」
「はい」
「丁度ええ」
デメトは家に帰ると、早速、電話に向かう。
ジーコ ‥ ジーコ ‥
ジーコ ‥ ジーコ ‥
[はい]
[ステファか?]
[おお。
今、帰って来たところや。
何か用か?]
[ちょっと、相談があるんやけど]
[金なら、貸せへんで]
[あほか。
他のことや]
[何や?]
[ちょっとデリケートなことやから、直接会って話ししたいんや]
[ああ、ええで。
いつにする?]
[今からは?]
[えらい急やな。
まあ、ええけど]
[ほな、今から行くわ]
[オッケー]
‥ チン ‥
「ほな、行って来るわ」
デメトは、一休みもせず、帰って来てすぐUターンで、外出する。
「セルジ君」
「はい」
「今日から、ラウーラの弟子が、来ることになった」
「はい」
「なにかと一緒に練習するやろうから、よろしく頼む」
「はい」
「ラウーラも初めての弟子で、なにかと至らんところもあるやろうから、
そこらへんも、よろしく頼む」
デメトは口調を、転調する。
「で、ラウーラの弟子ということで、【人乗り】やから ‥ 」
「はい」
「セルジ君のバディ候補、ということになる」
「はい」
ラウーラと、その弟子は、既に練習場に出ている。
ラウーラが、いろいろ練習環境等について、説明しているらしい。
弟子は、一つ一つ頷いて、メモに書き留めている。
「ラウーラ!」
ラウーラが、こっちに気付く。
説明を切り上げ、こちらに向かって来る。
ラウーラは、セルジとデメトの前まで来ると、弟子を前に押し出す。
「セルジ君」
「はい」
「こちら、新しくワタシの弟子になった、ルフィアさん。
仲良く一緒に、励んでください」
「はい」
『 ‥ って、えー!』、セルジは驚く。
お姉さんやん!
お姉さんやないですか!
短髪ショートで、向かって左の眼の下にホクロ。
背格好は中肉中背、ややセルジの方が大きいか。
新人大会で出会ったステファの弟子の、姉の方がそこにいる。
トレーニング着も、デメト家仕様のものを着ている。
紋章の皇帝ペンギンも、正面を向いている。
「ルフィアさん、僕の弟子のセルジ君です。
これから、よろしくお願いします」
デメトが、頭を下げる。
ルフィアも、頭を下げる。
セルジも慌てて、頭を下げる。
頭を上げるや、セルジはデメトに視線を向ける。
『どういうことなんですか、これ?』、の視線を向ける。
デメトは眼を竦めて、説明を始める。
「新人大会の、ルフィアさんと弟君の内容を見て、
俺とラウーラは、『二人のこれからの伸びは、難しいかな~』
、と思てん」
「えっ。
僕には、かなり良く思えましたけど」
「俺とラウーラの眼からは、イマイチ、
『ルフィアさんと弟君の動きが、合ってない』ように思えてんな」
「はあ」
「それは、ステファも同じ意見。
で、姉弟コンビやから、
「これ以上の向上と云うか、上積み求めんのは難しいかもしれんな」
とも言うとった」
「はい」
「やから、『姉弟それぞれ、新しいバディを求めた方がええ』と、
ステファは考えてた」
「はい」
「まあ、それに、僕が乗ったわけやな」
「はあ」
「ルフィアさんをラウーラの弟子にして、セルジ君のバディにする」
「はい」
「弟君 ‥ 二コラ君は、引き続き、ステファの弟子を務める」
「はい」
「で、目出度く今日から、ルフィアさんはラウーラの弟子として、
正式に励むことになったというわけ」
セルジは、おずおずしながらも、しっかり確認する。
「ということはですね ‥ 」
「うん」
「ぼくは、今日から、ルフィアさんをバディの第一候補として、
ツーマンセルの動きを共に練習しなきゃいけない、ってことですよね?」
「そやね」
「で、ええ感じやったら、
『ルフィアさんは正式に、ぼくのバディになる』、と」
「そやね。
まあ、お互いの相性があるから、動きとかフィジカル面だけでなく、
性格とかメンタル面等諸々も、勘案して考えるけどね」
ルフィアは、セルジとデメトの会話中、セルジの方をずっと見つめている。
値踏みをするようなすがるような、そんな感じの思いを視線に込めて。
年齢は、セルジより二、三歳、歳上なだけだろう。
おそらく、弟の二コラが、セルジと同い歳くらいと思われる。
いくら、親元離れて内弟子に入っている期間が長いとは云え、新しい環境では不安もあるのだろう。
その歳上意識と不安感が、視線に表われている。
『ツンデレ視線やな』
セルジは、ルフィアの複雑な視線を、そう判断する。
『なんや分からんけど、嫌いな方じゃない』
自身もツンデレ気味のあるセルジは、ルフィアに第一印象は好感を持つ。
右手を、差し出す。
握手の形に。
「ルフィアさん、これからよろしくお願いします」
ルフィアも、右手を上げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。
セルジの右手を、しっかと握る。
右手には、ルフィアの複雑な気持ちが反映されているかのように、揺れ動いているような力が加わる。
その日から、ルフィアとラウーラの師弟練習だけでなく、セルジとルフィアの合同練習も始まる。
思った通り、セルジとルフィアのコンビは、最初から上手く行く。
両者の動きも、『お互いを思いやるが、必要以上にはしない』を心に置き、少しずつ合って来る。
ある一定のレベルまでは、すぐに到着する。
でも、それは、新人大会出場及び上位入賞レベル。
曰く、現在の力と、ほぼ同等のレベル。
そこから先は、なかなか突き抜けない。
しばらく、習熟速度の、足踏み状態が続く。
なかなか、駆け上がれない。
ラウーラとデメトは、気付いている。
セルジも薄々、気付く。
その主な要因は、ルフィアにある。
まだ、いくらかのわだかまりを抱えて、日々を過ごしている。
それらが解消されない限り、これ以上の上達は望めない。
それは、ルフィアにも分かっているだろう。
分かっていても、行き詰まっているのだろう。
苦しいに、違いない。
それは、顔を見れば分かる。
が、これは、本人が自分で解決しないと、根本解決にはならない。
他人が手助けして解決しても、その場限りの解決にしかならない。
苦しいかもしれないが、本人が納得して悟ってくれなければ。
ラウーラ、デメト、セルジは、ヒントは随時出すが、基本的には見守る。
が、あくまで、同じ仕事、同じジャンルのグループ。
三人のスタンスやアプローチは、どことなく似通ってしまう。
それは、無理も無い。
が、なにかしら、もどかしい。
ああ、別方面からのアプローチや、別方向からの光があれば。
ぼー ‥
ルフィアは、『ぼー ‥ 』としている。
行き詰まって、やること為す為すこと考えること上手く行かなくて、それについて考えることに疲れて、呆けている。
そこへ、ホーマが、マグ・カップを持って現れる。
「コーヒー、お持ちしました」
「 ‥ あ、はい。
ありがとう御座います」
ルフィアは、マグ・カップを受け取ると、自動的に啜る。
ホーマは、その場に留まり、所在無げに佇む。
やがて、意を決したかのように、口を開く。
「 ‥ ルフィアさん」
「 ‥ はい」
ルフィアは、慌てているが、静かにホーマの方を向く。
「セルジと、上手く行ってませんか?」
「いや、そんなことはないです」
ルフィアは、今度は、慌てているのを隠さず、即座に否定する。
「なんか、ルフィアさんの様子を見てたら、
塞ぎ込んではる感じがして ‥ 」
「はい ‥ 」
「『セルジと、上手く行ってない』のかと思って」
「いや、そんなことはないです ‥ けど ‥ 」
「 ‥ けど?」
「 ‥ 悩んでるのは確かです ‥ 」
歳の近い者同士のよしみか立場の近い者同士のよしみか、ルフィアはホーマに、話の糸口を与える。
「わたしで良ければ聞きますよ」
「 ‥ はい ‥ 」
「ああ。
役不足ですか?」
「いや!そんなことないです」
「じゃあ、遠慮せずに、吐き出してください。
こういうことって、口に出すだけで、楽になったりしますし」
「 ‥ はい ‥ じゃあ ‥ 」
一端、口に出すと、後から後から、ルフィアの言葉は溢れる。
要点をまとめると、やはり、自分の不甲斐無さに起因するもの。
セルジより歳上で、キャリアもあるはずなのに、セルジの動きにイマイチ合わせられない、上手く行かない。
どころか、セルジの方が上手く思え、『こちらに、合わせてくれようとしている』ようにも思える。
「それは、当たり前ですよ」
ホーマは、スラッとサクッと、コメントする。
「 ‥ 当たり前、ですか?」
「はい。
全体的なキャリアとしては、ルフィアさんの方があると思いますが、
こと、デメト様・ラウーラ様の練習に関しては、
セルジの方が先輩ですからね」
「はあ」
「セルジが合わせようとするのは、当たり前、です」
「はあ」
「で、ルフィアさんが、まだイマイチ上手く行かないのも、
当たり前、です」
「それも、当たり前、ですか?」
「はい。
ルフィアさん来はって、まだ数週間くらいでしょう?」
「はい。
それぐらいだと、思います」
「なら、当たり前、ですよ。
イチからとは云え、セルジは、『実技練習に入るか入らないか』
の時点に過ぎませんでしたから」
「そうですか。
でも、わたしの方が歳上なのに、なんか情けなくて、歯痒いです」
「そこらへんは、気にしなくていいんやないですか?」
「気にしなくていい、んですか?」
「はい。
この仕事って、【人乗せ】が歳下の男性で【人乗り】が歳上の女性、
って括りはありますけど、それを除けたら、年齢の上下関係、
関係無いでしょう?」
「 ‥ そういえば」
「実力至上主義みたいなところが、ありますから」
「はい」
「いい例が、新人大会」
「あの大会ですか?」
「はい。
ルフィアさんとこやセルジより歳上でキャリアが上の人が沢山いはって、
いはるどころか、ほぼみんなそんな感じだったのに、優勝したのは、
ルフィアさんとこと、セルジだったでしょ」
「確かに」
「だから、歳関係無いのも、当たり前、です」
「はい」
「だから、セルジが合わせようとするのも、当たり前」
「はい」
「ルフィアさんが、必要以上に歳上であることを気にしなくてもいいのも、
当たり前」
「はい」
「でも、『当たり前を、当然と思って怠る』のはダメなんで、
『当たり前だけど、ありがとう』で感謝して、
日々コツコツ精進し続けたらいいんじゃないでしょうか?」
「はい」
「新人大会で優勝しはったんやから、
元々、ポテンシャルは持ったはるんやから」
「はい」
ルフィアの眼に、力が宿る。
「なんか、スッキリしました」
「スッキリ晴れましたか?」
「はい。
ありがとう御座いました」
「お話し聞いただけみたいなもんですけど、役に立って良かったです」
「いえいえ。
少なくとも、明日から上向いた気分で、練習に臨めそうです」
「それは、良かった」
カチャカチャ ‥
ホーマは、マグ・カップを下げて、部屋を出る。
ルフィアとホーマの最初の語らいから、二人の仲は接近する。
日を追うごとに、親しくなる。
ほぼ歳が同じく世代も同じなので、公的なことでも私的なことでも、話し合っているようだ。
尤も、家の主人に次ぐ人の弟子と、使用人の立場は、お互いわきまえて付き合っている。
まあ、二人っきりになれば、それが飛ぶことは、往々にしてあるが。
ルフィアとホーマが仲良くなるに連れ、ルフィアの習熟度合も向上する。
今や、セルジの立派なバディとなり、何かにつけ、相談し合っている。
お互い、いい【人乗せ】【人乗り】になる為に、切磋琢磨しているようだ。
二人のコンビネーション具合も、なかなかいい連係になる。
デメトとラウーラは、そんな二人を見て、最近は目を細めている。
四人が、食事を取り終え、居間でリラックスしていると、チーロが入って来る。
左手で支えた銀盆を水平にして、入って来る。
磨かれた銀盆には、手紙が乗っている。
「デメト様、お手紙です」
今日の郵便物は、デメト宛のものだけらしい。
チーロは、二、三通の郵便物を全て、デメトに渡す。
「ありがとう」
デメトは受け取り、礼を言う。
デメトは、次々と封を開け、次々と一読する。
一通を残し、後は全て、チーロの銀盆に返す。
「破って捨てといて」
「かしこまりました」
チーロが、部屋を出て行く。
しばらくして、デメトが、見廻す。
ラウーラ、セルジ、ルフィアを、順に見廻す。
そして、残した手紙を開く。
三人に見えるよう、目の前にかざして開く。
それは、案内状だった。
県大会への、案内状。
県大会は、主なものが、年に二回ある。
春の県大会、秋の県大会。
これらは、「二大県大会」、と呼ばれている。
その他に、新人大会や随時の地方大会等が、開かれている。
案内状は、春の県大会への、参加案内。
デメトとラウーラなら、優勝候補だろう。
今まで、出ていたのだろう。
そして、今回も出場するのだろう。
「出はるんですか?」
セルジが、訊く。
「いや」
デメトが、答える。
『えっ?』とした顔で、ルフィアがラウーラを見つめる。
「いや」
今度は、『へっ?』とした顔で、セルジがデメトを見つめる。
「僕らは、三連覇してるから殿堂入りして、出場不可になってる」
『えっ?』
『へっ?』
ルフィアとセルジは、再度、?マークの顔をする。
「案内状の宛名、読んでみい」
セルジとルフィアは、案内状を覗き込む。
《デメト様(のお弟子 セルジ様 及び
ラウーラ様のお弟子 ルフィア様)》
セルジとルフィアは、!マークの顔をする。
「ぼくら宛てみたいなもんやないですか!」
「そうや」
デメトは、さも当然と言わんばかりに、答える。
「なんでですか?」
「そら、新人大会で優秀な成績修めたもんのところには、来るやろう」
「 ‥ あ ‥ 」
セルジは口ごもり、デメトは続ける。
「そんで、セルジ君は僕の弟子、ルフィアさんはラウーラの弟子やから、
代表して、僕のところに手紙が来たんやろな」
デメトは、ラウーラと目配せして、続ける。
「というわけで、出場の返事しとくから」
デメトの有無を言わせぬ口調に、一瞬、時が止まる。
一瞬後、
「「えーっ!」」
セルジとルフィアは、同時に声を上げる。
「いやいやいやいや」
「ちょっと待ってくださいよ」
「出るんですか、ぼく達?確定ですか?」
「まだ、新人大会一回しか、経験してないですよ」
「もう決まりですか?変更の余地無しですか?」
「もうちょっと、経験積んでからの方が」
セルジとルフィアは、戸惑いながらも、問い掛けを被せ重ねる。
「決まり。
四の五の言わんと、出てもらう」
デメトは、一刀両断の下、その問い掛けを切り捨てる。
まだ何か言いたそうな、不安を隠せない二人を見て、言う。
「これからの向上具合も左右するやろけど、セルジ君とルフィアさんなら、
『割とええとこ行く』、と思うで」
『なあ、ラウーラ』とばかりに、デメトはラウーラに視線を移す。
「うん、私もそう思う。
あんたら本人達は、気付いていないやろうけど、
割とええ感じになって来てるで」
ラウーラの言葉を受けて、『そーかなー』とばかりに、セルジとルフィアは顔を合わす。
「ま、なんにせよ、参加な参加」
デメトは、話を切り上げるかのように、宣言する。
「で、明日から ‥ 」
続ける。
「大会用の練習に、切り換えるから」
ラウーラも、『異議無し』の構えで、頷く。
「明日から早速、ですか?」
「なんか、異議あるか?」
「いや、『種目とか、何があるんかなー?』、と思いまして」
「案内状に添付されている別紙に、今回の県大会の実施要項が載ってる」
県大会のレギュレーションは、春・秋共通。
【人乗せ】部門は無く、ツーマンセル部門のみ実施。
実施種目は、ウォーク、ギャロップ、ターン、ジャンプ。
各々の、タイムとムーヴメントで、点数が付けられる。
最高得点は、出場者の数で変動する。
出場が八組いれば、最高得点は八点、最低点は一点。
同点はなく、必ず点差を付けなければならない。
よって、必ず、順位も付けられる。
その場合、理論上、
ウォーク一六(タイム八+ムーヴメント八)点、
ギャロップ一六点、
ターン一六点、
ジャンプ一六点の、
六四点満点で優勝、というのが、最も良い成績となる。
なんのことはない。
新人大会から、【人乗せ】部門を除いたものに過ぎない。
ルフィアに至っては、経験済みとさえ言える。
新人大会では、『まだバディのいない者にも、参加させてやろう』との気遣いから、【人乗せ】部門も設けられている。
が、県大会では、『バディがいるのが、前提』になっている。
「で、僕らのところにも来てるわけやから ‥ 」
デメトは、溜める。
溜めて、セルジとルフィアを見廻す。
「ステファの二コラ君のところにも、来てるやろな」
『『ああ、確かに』』
セルジとルフィアは、二人揃って頷く。
「二コラ君、新バディと出場するやろな。
対戦が、楽しみやな」
デメトとしては、少なからす、ライバル意識を煽る。
『いや、そう言われましても』
セルジは、本大会に出場するということだけで、気持ちがいっぱいいっぱい。
『いや、あくまで弟なんで』
ルフィアは、全然そんなこと考えられない。
デメトは、二人の予期せぬ反応に、『暖簾に腕押し、豆腐に鎹』の雰囲気に戸惑う。
『え、なにこれ?』
眼で、ラウーラに問い掛ける。
『これぐらいの子は、こんなもんやて』
眼で、ラウーラが答える。
デメトは、おずおずおずおずと、ラウーラに近付く。
セルジとルフィアに、気付かれないように近付く。
そっと、ラウーラの耳元で、囁く。
「ジェネレーション・ギャップ、っていうやつ?」
ラウーラも、デメトの耳元で、囁く。
「それでは、片付けられへんやろ?」
デメトは、『へっ?』という顔をする。
その顔のまま、ラウーラの顔を見る。
ラウーラの顔を見て、悟る。
『これは、囁き会話だけでは、埒があかんな』
デメトは、ラウーラを、隣の部屋にいざなう。
セルジとルフィアに気付かれないように、いざなう。
部屋に入り、扉を閉めるやいなや、問う。
「ジェネレーション・ギャップ違うんか?」
「違うな」
一言の下、ラウーラは、断定する。
断定して、続ける。
「同い歳や同じ世代でも、他のやつに対して、
『旧世代の考え方やな~』とか『いつ時代の考え方やねん』とか思うこと、
往々にしてあるやろ?」
「あるある」
「でもそれって、同じジェネレーションやのに、
ジェネレーション・ギャップみたいなこと感じてるやん」
「そう言われてみれば」
「それって、歳同じやつとか近いやつとかでも、
心や頭固くなってるやつと、それが柔軟なやつがいるから、
その違いが出てくるんたやろ」
「うん」
「言い換えるなら、
心や頭が歳取ってるやつと、心や頭が若いやつのギャップ、やな」
「うん」
「だから、私もそうやけど、デメトも、『そういうのも有りなんや』って、
思うようにならなあかんのやろ」
「なるほど」
「お互い、いつの間にか心も頭も固くなって来てたりするから、
それをまた、なめして、しなやかにしていかんとな」
「そやな」
「変に意固地に、『ジェネレーション・ギャップや』、
とかで片付けてしまわんで、『ええ機会や』思て、
自分らをアップデイトしようや」
「そやな」
デメトは、清々しい顔になる。
そして、眼で元いた部屋へ促す。
ラウーラを、促す。
「もう、二人とも、事態が消化できてる頃やと思うから、
元の部屋に戻ろか?」
「そやな」
「二人に、不安感とか不信感、与えても困るし」
「そやな」
デメトとラウーラは、元の部屋に戻る。
セルジとラウーラは、静かに佇んでいる。
二人が醸し出す雰囲気は、『腹括りました』を表わしている。
デメトとラウーラがいない間に、セルジとルフィアも、話し合いを持ったらしい。
デメトは、二人の様子に満足して言う。
「ほな、さっきの言うたけど、明日から県大会用の練習も始めるし」
デメトは、もう一度、念押す。
「「はい!」」
さっきとは打って変わり、セルジとラウーラは、すこぶるいい返事をする。
『何を、二人で、話し合ったんやろう?』
デメトは、ラウーラに眼で問う。
『さあ。
なんでもええやん、むっちゃやる気になったんやから』
ラウーラは、苦笑しながら、眼で返す。
セルジとルフィアのモチベーションは分からねど、本大会への四人の心意気は揃う。
その日の翌日から、県大会用の練習が、始まる。
といっても、殊更特別なことを、するわけでもない。
日々の練習を、より細かく丁寧に慎重に、随時フィードバックを確実に行うだけ。
だが確かに、練習を頻繁に止めて、四人で話し合いを持つ機会は増える。
じわじわ、じわじわ、セルジとルフィアも、己の成長具合を実感する。
そして、確実に、県大会の日も近付いて来る。
迎えた、春の県大会当日。
各県の一自治体単位に設けられている、《【人乗せ】【人乗り】特別区》。
その区(自治体)内で開催され、十六組が出場する。
その内、成績上位二組が、県(区)代表として、全国大会に出場する。
云わば、全国大会の地方予選、と言える。
セルジとルフィアは出場受付を済ます。
デメトとラウーラの下へ戻ると、二人は、二人の男女と話している。
一人は、分かる。
ステファ、だ。
もう一人は?
戸惑うセルジを他所に、デメトは紹介を始める。
「こちらが、セルジ君。
セルジ君、ステファは会ったことあるけど、
ケイティさんは初めてやろ」
「よろしく」
ケイティは、右手を差し出す。
セルジも右手をおずおず差し出し、お互い握る。
歳の頃は、ラウーラとそんなに変わらない。
容姿も、そんなに変わらない。
まあ、容姿は、【人乗り】としての基準があるから、似通うのも分かる。
しかし、ラウーラによく似ている。
違いは、目の細さぐらいだろう。
ラウーラの方が所謂で、ケイティの方が所謂《切れ長目》と言える。
「久し振りやん」
ラウーラが、言う。
「そやな」
ケイティが、答える。
「ステファとこ行ってから、あんまり会ってへんな」
「お互い様やろ」
「師匠、元気にしたはんのん?」
「してはるで」
「どんな感じ?」
「もうすぐ分かる」
ん?
ラウーラが怪訝な顔をすると、ケイティの眼は『えへへっ』と物語る。
そこへ、壮年の女性が、近付いて来る。
見たところ、五十~六十歳代。
容姿は、ラウーラとケイティと、そんなに変わらない。
目は所謂《垂れ糸目》で、見事に垂れ下がっている。
が、その奥に潜む瞳は、にこやかな顔の印象と違い、常時冷徹な光を湛えていそうな気がする。
「紹介します」
ステファが、言う。
「二コラ君のバディの、ダニエラさんです」
「師匠!」
間髪入れず、ラウーラが叫ぶ。
「はい、師匠です」
ダニエラが、人を喰ったように言う。
「ケイティ、これ、どういうこと?」
ラウーラは、焦って問う。
「そういうこと」
ケイティは、冷静に返す。
「師匠、これ、どういうことですか?」
ラウーラは、今度は、ダニエラに問う。
「そういうこと」
ダニエラも、冷静に返す。
「 ‥ そやなくて、どうしてこうなったか、経緯を教えてください」
「ああ、そういうことか」
ダニエラは合点して、言葉を続ける。
「なんや、『もう一度、現役をやってみたいなー』、と思っててん。
でも、ラウーラやケイティみたいに、
現役トップレベルバリバリと組んだら、
ウチらのペアが、他のペアの追随を許さなくなるやん」
「はあ」
「やから、デビューしたての若手も若手と組んだら、
『ウチらのペアに対して、他のペアも、ええ勝負できるかな』、と」
「はあ」
「そこへ、「ステファさんの弟子が、バディを探してる」と聞いて、
立候補したわけ」
「はあ」
「だから、これからライバルなんで、お見知り置きを」
「はあ」
「差し当たっては、セルジ君とルフィアさんのライバルになるんで、
よろしく」
ダニエラは、セルジとルフィアに向かって、軽く敬礼する。
敬礼して、片目を瞑る。
『『いや、そう言われましても ‥ 』』
セルジとルフィアは、顔を見合わせる。
「弟子が二人とも頑張ってるから、私も負けてられへんからなー」
「はあ。
で、今回は、二コラ君と共に、エントリーですか?」
「そう。
今までのお互いの成果とコンビネーションを、確認しに。
ちょっいとだけ、腕試しも兼ねて」
ギラッ
ここで、ラウーラの眼に、力が宿る。
「中途半端な腕試しやったら、返り討ちにされるでしょうけどね」
『なにを!』みたいな顔で、ダニエラは問う。
「なんで?」
「セルジ君とルフィアさんの現状の実力も、バカになりませんよ」
『ラウーラさん、何言いだすねん!』
セルジが、眼を見開いて物語る。
『ラウーラさん!』
ルフィアも、眼を見開いて、成り行きを見守る。
「ほう」
ラウーラとダニエラが、睨み合う。
パンパン
「はいはい」
ケイティが、手を叩いて、二人の中に割って入る。
「続きは、競技に託して下さい。
決着も、競技に託して下さい」
ダニエラも、ニヤッと洗う。
ラウーラは、ニヤッと笑う。
「そういうことやて、ラウーラ」
「そういうことですね、師匠」
「後ほど、眼に物を見せてやるわ」
「腕が錆びついていないことを、祈ります」
ダニエラとラウーラは、お互いから眼を離さすに、離れて行く。
『『やれやれ』』
デメトとステファは、眼で会話する。
師匠と、そのまた師匠のライバル意識とは別に、ルフィアは困る。
セルジと、弟の二コラの腕は、ほぼ同等。
もし成績に明確な差が付いたら、それはそのまま、ルフィアとダニエラの腕の差を表わしていることになる。
師匠の師匠なんで、勝てないのは道理。
が、余りにも差を付けられるのは、口惜しい。
実力の差が明確になっている相手に対するには、コンビネーションや組織力しかない。
ルフィアは、キッと決然した眼で、囁く。
セルジの耳元で、囁く。
セルジは、その囁きを聞いて、眼を丸くする。
が、すぐに、『望むところだ』と言わんばかりに、顔をニコッとさせる。
「ほんじゃ、競技開始時間まで、練習して来ます」
セルジとルフィアは、並んで練習に向かう。
二人の顔つきが、ちょっと変わっている。
デメトは、呟く。
「スイッチ、入ったか」
ステファが、答える。
「そのようやな」
そして、ワクワクを隠せない表情をする。
「こら、二コラ君にも教えんと」
「それなら、大丈夫や」
ステファの言葉に、ダニエラが重ねる。
「私が言うとくし」
『オモロなって来たな』とばかり、ダニエラが請け負う。
試技が、始まる。
セルジ・ルフィア組と二コラ・ダニエラ組は、後半からの出場。
よって、前半は、競技内容・ルールの把握と、他の組の状況を確認にすることに専念する。
セルジの中で、音がする。
セルジの心で、音がする。
大会を眺め雰囲気を吸い込むに連れ、セルジの心の中は、ザワつく。
音は、人の声を成して来る。
重なって、大きくなる。
ザワつきに過ぎなかった音が、大観衆の声援になる。
いや、もっと詳細に分けると、喜怒哀楽の声、歌声、ブーイングが混ざり合っている。
その光景は、録画資料で見た【ワールド・カップ】の映像だった。
大会の雰囲気と重なり合って、思い出したらしい。
【ワールド・カップ】の映像を初めて見た時から、セルジはそれに魅了されている。
そして、心に決めている。
『これに、出る』
【ワールド・カップ】のレギュレーションは、以下のようになっている。
県大会の上位二組が、全国大会に進む。
全国大会の上位二組が、予選大会に進む。
予選大会は、【ノースハーフ・カップ】(北半球グループ)と【サウスハーフ・カップ】(南半球グループ)に分かれて、競う。
【ノースハーフ・カップ】の上位十二組、【サウスハーフ・カップ】の上位四組が、【ワールド・カップ】に進む。
セルジの国は北半球にあるので、【ワールド・カップ】に出るには【ノースハーフ・カップ】で、上位十二組に入らなくてはならない。
『まずは、この県大会を突破すること』
セルジの目標は、とっくに決まっている。
眼は、目標を、道のりを見据えている。
確かにここから、道のりはあれど、世界は繋がっている。
先程、ルフィアにも耳元で囁かれ、気合は入っている。
『後は、我ながら入り過ぎている気合を、適度に抜くことやな』
セルジは、身体を脱力させ、手をブラブラする。
県大会の、歓声と競技は続く。
休憩を挟み、後半の競技が始まる。
出場するのは、後半グループの真ん中らへん。
二コラ・ダニエラ組が先に出、セルジ・ルフィア組が後に出場する。
『県大会のレベルは、さして高くない』
セルジは、冷徹に、客観的に、判断している。
おそらく、極端な贔屓とか裏工作が無い限り、セルジ・ルフィア組の実力から見て、県大会は突破できるだろう。
気になるのは、二コラ・ダニエラ組の動き。
かなりの実力とは思われるが、果たして、どこまでのものなのか?
二コラの能力は高く、ダニエラさんも文句無く力も実績もある。
普通に考えれば優勝候補だが、いかんせん、組んだ期間が短い。
ただでさえ短いセルジ・ルフィア組よりも、もっと短い。
『コンビネーションに、難がある』と思う方が、自然だ。
が、全国大会に進めるのは、上位二組のみ。
二コラ・ダニエラ組が入って、何らかの巡り合わせで他の組が入ってしまうことになれば、セルジ・ルフィア組は、全国大会に進めない。
全国大会にさえ、進めない。
『とにかく、二コラとダニエラさんの出来を、見んとな』
セルジは、あれやこれや、思考を巡らす。
二コラとダニエラの順が、来る。
セルジとルフィアは、選手控室という名のテントスペースから、二人の試技を見る。
やはり、やはり。
二コラは、新人大会の優勝者だけあって、やはり上手い。
加えて、新人大会当時より、大幅に腕を上げている。
おそらく、セルジと同等か、それ以上のレベル。
が、二コラについては、予想できていた。
ここまでは、予想通り。
予想外は、ダニエラ。
『上手い』とは、思っていた。
ラウーラとケイティの師匠、だから。
が、ここまでとは。
動作の一つ一つが的確で、いちいち流麗。
動作が切れる印象はまるで無く、一連の動作の連携が、流れる水の様。
『美しい ‥ 』
思わず、セルジは、思ってしまう。
ルフィアも、同じ様な思いに囚われているらしい。
その為、乗せる二コラと乗るダニエラの間で、コンビネーションのズレがある。
かなり上手いはずの二コラよりも、レベルが違って上手いダニエラなので、ズレができてしまう。
【人乗せ】も【人乗り】も相当上手いのに、全体として見ると、粗が出てしまう。
なんという皮肉。
二コラとダニエラの試技が、終わる。
セルジとルフィアは、衝撃を受けている。
そして、凹んでいる。
二コラとダニエラの試技は、トータルで見ると、確かに粗はある。
まだまだ、洗練されてはいない。
それでも、セルジとルフィアのコンビとは、差がある。
明確な、第三者が見ても分かる差がある。
今回の大会で、二コラ・ダニエラ組の上を行くのは、『残念ながら、難しい』と言わざるを得ない。
ならば、やることは一つだけ。
現状のベスト、を尽くそう。
手えなんか、抜いてらへん。
抜く気も無い、けど。
セルジは、凹みから反発し、凸になる。
ルフィアを、見る。
ルフィアの眼を、見る。
ルフィアも、自分の中でいろいろ考え、凸になったようだ。
二人は、右腕を肘を支点に、垂直に立てる。
縦に伸ばした右掌の指を、心なしか曲げる。
バシィ ‥
そして、右掌を、組む様に張り合わす。
サッカー選手やラグビー選手の様に、張り合わす。
セルジとルフィアが、スタート位置に着く。
セルジは、掌と膝・脛・足の甲で、しっかと地面を掴む。
肘を心なしか曲げ、水平を保つ。
背中はピーンと真っ直ぐ反り、ここでも水平を保つ。
首は高々と上方へ伸ばし、前向いた顔で、前方をしっかと見据える。
ルフィアは、ピーンと水平を保つ背に乗る。
両脚を、セルジの胴体にフックして固定する。
両手は、セルジの後ろ肩をしっかと掴む。
両腕を心なしか曲げ、遊びを作り、サスペンションを利かす様にする。
自分の背筋を、スッと伸ばす。
その体勢で顔を立て、こちらも前方をしっかと見据える。
シートの位置もOK、騎乗スタンバイ。
審判員の旗が、振られる。
バシャ
木のゲートが、開く。
セルジとルフィアは、飛び出す。
パラッ
デメトは、新聞を読んでいる。
スポーツ欄に、眼をやっている。
下段の、文字だけの記事を追っている。
[ 二コラ・ダニエラ組、セルジ・ルフィア組、全国大会へ ]
記事は、小さい文字の十数行の記事で、五位までの結果が載っている。
県大会の結果は、結局、一位二コラ・ダニエラ組、二位セルジ・ルフィア組だった。
二コラ・ダニエラ組とセルジ・ルフィア組のポイントは、かなりの差が付く。
セルジ・ルフィア組と三位の組のポイント差の方が、二コラ・ダニエラ組との差より、近かった。
『現状では、こんなもんやろなー』
デメトは、思う。
『セルジ君と二コラ君については、おんなじくらいの力やから、
ちょっと置いとこう。
問題は、ルフィアさんとダニエラさんやろなー。
現状の力の差は、いかんともし難い。
なんせ、ラウーラの師匠やからなー』
デメトは、新聞から顔を上げ、宙を見据える。
『でも、そんなこと言ってられへんしなー。
全国大会まで、今以上のレベルになってもらわんと、
【ノースハーフ・カップ】に出られへんからなー。
各人の技術・メンタルの向上もさることながら、
コンビネーションを更に研ぎ澄まさんと』
宙を見据える瞳に、力が込もる。
『やっぱ、あれしかないか。
あれ、するか』
あれを、するらしい。
セルジ、ルフィアが立つ。
対面に、デメト、ラウーラも立つ。
「今日の練習は、ザ・チェンジ、で」
デメトが、宣言する。
ラウーラは、『お、ついにか』の顔を浮かべる。
セルジとルフィアは、キョトンとする。
「何ですか、それ?」
セルジが、訊く。
「今までの役割を、交換します」
「はい ‥ ?」
「セルジ君が【人乗り】になり、ルフィアさんが【人乗せ】になります」
「はい?」
「そして、セルジ君はルフィアさんに乗り、
ルフィアさんはセルジ君をを乗せます」
「はい?」
「OK?」
不可解そうな表情を浮かべるセルジとルフィアに、デメトは了解を促す。
「いや、ちょっと待って下さい」
セルジが、慌てて言葉を紡ぐ。
「この練習の意図するところが、全然分からないです」
ルフィアも、コクッと頷く。
「う~ん。
それは、やってる内に分かる。
保証する」
デメトは、言い切る。
師匠にここまで言い切られると、セルジも重ねて問えなくなる。
「そうそう。
ルフィアさんも、騙された思て、やってみ」
まだ少し不満げな表情のルフィアに対し、ラウーラも言い切る。
師匠にここまで言い切られると、ルフィアも強く出られない。
「はい」
ルフィアが、戸惑いを隠せないが、了解する。
「はい。
僕も」
セルジも、釈然としない表情だが、了解する。
「OK。
ほな、始めよう。
まず、服装・装備をそれぞれ、取り替えてくれ」
セルジは【人乗り】用の服装・装備に、ルフィアは【人乗せ】用の服装・装備に取り替える必要がある。
「各々のサイズに合った衣装・装備は、物置小屋に用意してあるから」
衣装・装備が既に用意してあるところをみると、どうやら、この練習は、デメトとラウーラには、予定済みのことだったらしい。
セルジとルフィアは、いつもと違う衣装・装備を付ける。
セルジは、いつもより簡便なものなので、苦も無く身に纏う。
が、ルフィアは、いつもより重装備なので、少し苦慮する。
デメトが手伝い、苦戦しながらも、なんとか身に纏う。
ルフィアが、セルジのいつも取っているポジションを取る。
掌と膝・脛・足の甲で、しっかと地面を掴む。
肘を心なしか曲げ、水平を保つ。
背中はピーンと真っ直ぐ反り、ここでも水平を保つ。
首は高々と上方へ伸ばし、前向いた顔で、前方をしっかと見据える。
セルジは、ルフィアの背に乗り、ルフィアがいつも取っているポジションを取る。
ピーンと水平を保つ背に乗る。
両脚を、ルフィアの胴体にフックして固定する。
両手は、ルフィアの後ろ肩をしっかと掴む。
両腕を心なしか曲げ、遊びを作り、サスペンションを利かす様にする。
自分の背筋を、スッと伸ばす。
その体勢で顔を立て、こちらも前方をしっかと見据える。
シートの位置もOK、騎乗スタンバイ。
セルジは、ルフィアが女性で【人乗せ】に慣れてないので、体重を必要以上にかけない様にする。
すぐ、体重移動ができる様に、する。
ルフィアは、セルジが【人乗り】に慣れていないので、『変に動いて、セルジをフラつかせ無い様に』、と思い置く。
『両腕と両脚、肘と膝含め、身体全体をしなやかに動かそう』、と考える。
セルジとルフィア、いや、ルフィアとセルジが動き出す。
歩き、走り、止まる。
曲がり、飛び、歩く。
『『うんうん』』
デメトとラウーラは、満足そうに心で頷く。
思っていたより、ずっといい。
そりゃ、普段の出来に比べれば、劣るのは仕方が無い。
でも、一つ一つの動作の丁寧さ、優しさ、ソフトさは、いつもよりも増しているような気がする。
ルフィアは、変に動かず、必要最小限の動きでこなそうとしている。
その結果、必要以上の余計な振動を、セルジに与えていない。
セルジも、変に動かず、しなやかな身のこなしで、ルフィアの動きとあわせようとしている。
その結果、二人の一体感、統一感を、強く感じさせている。
「ラウーラ」
「ん?」
「ええんとちゃうの?」
「ああ。
思ったよりええな」
「逆転してこれやったら、期待できるな」
「そやな。
期待できるっていうか、確実にレベルアップするんとちゃう?」
「そうなってくれたら、ええな。
そうなってくれたら、全国大会、充分戦えるやん」
「戦えるな」
初日から初回から、『ええんとちょう』。
初日から初回から、勝ち目が見込める様になる。
今後、《ザ・チェンジ → 元に戻す。 → ザ・チェンジ→ 元に戻す。》を繰り返し、動作を精査して、コンビネーションを研ぎ澄ませて行く。
『なんや、ルフィアさん、軽くなったかも』
セルジは、思う。
『なんや、セルジ君、速く的確になったかも』
ルフィアも、思う。
二人の思いに同調するかのように、二人のコンビネーションは磨き抜かれて行く。
それに連なるかのように、二人の技術も向上する。
『『うんうん』』
狙い通りの成果を得て、デメトとラウーラは、ほくそ笑む。
『これで、ノースハーフ・カップ出場も、見えて来たな』
デメトは、思う。
『これで、師匠ペアとも戦えるな』
ラウーラも、思う。
ザ・チェンジをすることによって、互いの立場を確認し、己の立場を再認識させる。
ザ・チェンジをすることによって、相手の立場を思いやることに気付かせ、自分の動きを再点検させる。
《ザ・チェンジ → 元に戻す。》を繰り返すことによって、それら一連の思い、行動を、積み重ねさせ、研ぎ澄まさせる。
で、その結果として、コンビネーションと技術を向上させる。
デメトとラウーラから教えを乞うことで、セルジとルフィアは、ある程度は向上した。
でも、ここからは、自分達で向上しなくてはならない。
いつまでも、デメトとラウーラに頼っていては、頭打ちでジリ貧。
より一層の精進が、望めない。
それは、本人達の為にならないし、デメトとラウーラの望むところでもない。
それを打開する為の、ザ・チェンジ。
なんせ、可愛い弟子達。
そして、本音を言えば、早く弟子達と真剣勝負がしたい。
その為には、全国大会、ノースハーフ・カップは元より、ワールド・カップでも上位に入って欲しい。
また、この《ザ・チェンジ → 元に戻す。》を繰り返すことによって、リカバリー力と云うか、自己修正力も養われるだろう。
今は、多分、間を置いて、時間とか日にちを置いて、修正を施していることと思われる。
でも、これが進めば、試技中にも修正可能になるだろう。
そうなれば、成績向上も付いて来る。
二コラとダニエラが、どんな練習をしているのかは分からない。
が、二人の技量差が激しい以上、ダニエラから二コラへの教授が中心になるはず。
コンビネーションや、お互いに技量を高め合う手法は、お座成りになるはず。
『そこが、突け込む隙って云うか、チャンスやな』
デメトは、セルジとルフィアの練習に手応えを感じながら、思い定める。
ラウーラは、電話をかける。
[師匠]
[なんや?]
[練習、見に行っていいですか?]
[あかん]
[あ、やっぱり]
[ライバルの師匠に、練習見せる訳ないやろ]
[ですよね]
[でも、条件次第ではええで]
[ホンマですか?!]
[条件はな ‥ ]
[条件は ‥ ?]
[お前んとこと、ケイティとこが、ウチで試技することや]
[えっ?]
[お互いの弟子に、自分らの師匠とライバルの師匠が、
「どんだけできるか、見せてやれ」、ってことやな」
[それ、ケイティとステファさんには、OK取ってるんですか?]
[いや、取ってへん。
その説得も含めて、やってくれ]
[えー]
[それが、条件や]
[私に、「デメトと、ケイティとステファさんを説得しろ」、と]
[そう]
[ほんで、「ステファさんの練習場行って、二組の試技を見せろ」、と]
[そう。
かわいい弟子達の為に、骨折れ]
[ ‥ はい]
ラウーラは、ダニエラに言われるがまま、デメトに仔細を話す。
デメトは、「ああ、ええで」てな感じで、即OK。
デメトから、ステファにも話してもらう。
ステファも、「ああ、ええで」てな感じで、二つ返事でOK。
かくして、ステファ家練習場にて、デメト・ラウーラ組とステファ・ケイティ組の試技が、行われることになる。
セルジとルフィア、二コラとダニエラ、そして「たまには、息抜きを」ということで呼ばれたチーロとホーマが、二組の試技を見守る。
勿論、ステファ家の家人も、見守る。
『『『『『『『『『『 ああ、これは違うわ 』』』』』』』』』』
見守る皆が見ても、素人の第三者が見ても、デメト・ラウーラ組とステファ・ケイティ組の試技は、圧倒的に映る。
言うならば、プロサッカークラブのチームと、高校のチームとの違い。
言うならば、フィギュアスケートの、シニアとジュニアの違い。
、デメト・ラウーラ組とステファ・ケイティ組、セルジ・ルフィア組と二コラ・ダニエラ組のレベルは、それほど違っている。
『うわっ ‥ 』
セルジは、思い知る。
『ああ ‥ 』
ルフィアも、思い知る。
セルジはチーロに背中をポンポンされ、ルフィアはホーマに頭をポンポンされる。
二コラも、同じように思い知っているようだ。
二コラはダニエラに、背中をポンポンされる。
ステファ家の家人の人々は、スルスルッと、セルジとダニエラの周りを、慈しむように、ふうわりと囲む。
デメト・ラウーラ組、ステファ・ケイティ組の試技が、終わる。
二組は、練習場から去る。
デメトとラウーラ、ステファとケイティがシャワーを浴びて着替えて休憩して、控室から出て来るまでには、間がある。
その間を捕らえて、セルジとルフィアは話す。
話し込む。
「デメトさんと僕の大きな違いは、基本動作の的確性やと思いました」
「どういうこと?」
「う~ん。
サッカーに例えると、『ボールを止める、蹴る』に雲泥の差がある、
って感じかな」
「ああ、なんとなく分かる気がする」
「だから、『そこらへんの確実性を、上げてかなあかんな』、と
改めて思いました」
「わたしは、しなやかさ、かな」
「え?」
「ラウーラさん見てて、
『ラウーラさんに比べて、わたしの動きはカクカクしてるなー』、
って思った」
「うん」
「だから、わたしは、『もっと滑らかに、動かなあかんなー』、
って思った。
まだ、余分な力が入ってるんやろな」
二コラは、尻ポケットからメモを出す。
そのメモに、箇条書きで書き付ける。
気付いたことや思ったこと、改善点や今後の方針等を、書き付ける。
ダニエラは、そのメモを、後ろから覗き込む。
声を掛けることも無く、メモの内容を読み、ウンウンと頷いている。
デメト・ラウーラ組、ステファ・ケイティ組の試技を見たことで、セルジとルフィアと二コラには、多大な収穫があったようだ。
ダニエラも、満更ではない。
「セルジ君、ルフィアさん、ちょっと買い物に行って来て」
「「はい」」
ホーマが、食材の買い出しを、セルジとルフィアに頼む。
最近、食材等の買い出しは、デメトとラウーラからセルジとルフィアに、役割が引き継がれている。
「買って来るもんは、これだけ」
ホーマは、ルフィアにメモを手渡す。
セルジが、そのメモを覗き込む。
「げっ、ヘビーローテーション」
「仕方ないやん。
大根以外の野菜、高いんやから」
セルジの苦情を、ホーマが諫める。
「でも、大根使った他の料理もあるやん。
例えば、鰤大根」
「鰤が高い」
「千切り大根」
「手間」
「大根おろし」
「右に同じ」
「 ‥ えーと ‥ 」
「あんたの、大根使った料理思い付くレパートリーは、
そんなもんなんか?
まあ、ええわ。
なんか考えとくわ」
「ホンマに?」
「ああ、おでんは変わらへんけど、なんか他の味付け考えとくわ」
「う~ん。
それって、微妙」
セルジは、ホーマに、微妙な笑顔を返す。
「微妙でもなんでもええから、早よ買って来て。
ほな、ルフィアさん、お願いします」
ホーマは、雰囲気を切り換え、ルフィアに頼む。
「はい」
ルフィアは、返事を返す。
そのまま、尻を叩くように、セルジの眼を見つめる。
「はいはい」
「「はい」は、一回」
「はい」
セルジは、ホーマの指摘に従う。
「ほな、行きましょか」
「はい」
セルジとルフィアは、連れ立って出発する。
「セルジ様とルフィア様は、出発されましたか?」
部屋に、チーロが入って来る。
「はい」
ホーマは、返事を返す。
そのまま、へりくだって問う。
「あの、チーロさん」
「はい」
「セルジ、あのままでいいんですかね?」
「何が、ですか?」
「あの、ルフィアさんへの態度。
ルフィアさんに、同い年の友達みたいに接してる、やないですか?」
「そう云えば、そうですね」
「ルフィアさん、わたしと変わらない歳のはずやから、
『もっと、歳上を敬う感じとかあってもいい』、と思うんですけどね」
「まあ、お互いバディですから、そこらへんは親近感のある方が、
なにかといいんでしょう」
「そうですかね」
「そうやと思いますよ。
デメト様とラウーラ様も、歳離れてますけど、所謂タメ口ですし」
「ああ、そう云えば」
ホーマは、顔に灯りが点く。
「【人乗せ】【人乗り】世界の、
『ルールと云うか、慣習みたいなもの』、と思っておけば」
「はい「 ‥ でも ‥ 」
ホーマはここで、ちょっと顔を伏せる。
「 ‥ ルフィアさんとセルジが親しくなるのが嫌とか、
ホンマ全然そんなこと無いんです。 でも ‥ 」
ホーマは、続ける。
「 ‥ ルフィアさんとのコンビネーションが良くなる度に、
セルジが、なんか遠くに行ってしまうような気がして ‥ 」
ホーマは、小さく呟く。
「いや、それは違います」
チーロは、力強く言う。
「それは、セルジ様が『いい【人乗せ】に、いい男になって来てる』、
って云う証拠です」
チーロは、断定する。
ホーマは、顔を上げる。
「そうだといいんですけど ‥ 」
「そうです」
「本当ですか?」
「本当です」
チーロは、ホーマの眼に、すがるような光を、少し見い出す。
「デメト様とラウーラ様を、長年見て来てるので、間違いありません」
チーロは、再び、断定する。
ホーマは、一瞬フリーズするが、間を置いて、微笑む。
「はい」
ヘビーローテーション。
ヘビーローテーションだけど、カレー味。
カレー味は、珍しい。
「あ、イケる」
「イケるやろ」
セルジが、言う。
ホーマが、胸を張る。
「美味しいです」
「美味しいな」
「ありがとう御座います」
ルフィアが言い、ラウーラが同意する。
ホーマが、頭を下げる。
「美味いです。
これから、レパートリーに入れて下さい」
「ありがとう御座います。
光栄です」
デメトが褒め、いつものメニューに一料理加わる。
ホーマが、再び、頭を下げる。
頭を上げて、チーロをそっと見る。
チーロも、ホーマをそっと見て、薄く片目を瞑る。
「え~、もうすぐ全国大会やけど」
食事が終わり、デメトが口を開く。
口を開いて、全員に言う。
「動画資料とかで、要注意選手とか要注意組の検討をしようと
思ってたんやけど ‥ 」
話の流れ的に、セルジとルフィアは、覚悟する。
「それは、やめた」
『『やっぱり』』
話の流れ的に読めていたが、ハッキリ言われると、疑問が止まらない。
「なんで、ですか?」
セルジが代表して、問う。
「『実際見た方が、身になる』、と思て。
それに ‥ 」
「それに ‥ 」
「今回の全国大会の、出場コンセプトは、
『自分らの力を、信じる』やから」
「そうなんですか?」
「僕とラウーラの間では、思い定めていた」
つまり、
『他人のことは気にせずに、自分達の培って来た力を信じて、
それを出し切れ』
と云うこと。
「それでええんですか?」
「ええんちゃう。
ってゆうか、『そうなって欲しい』ってゆうか」
デメトは、続ける。
「ホンマに強いサッカーチームとかバスケチームって、
自分らの確固としたスタイルがあって、それに沿って戦うやん」
「はい」
「一戦毎に相手チーム毎に、ちょっとぐらい戦術をアレンジしても、
殊更にスタイルを変えるわけではないやろ」
「確かに」
「で、長い目で見れば、そっちのチームの方が、
何年も一定のレベルをキープできている」
「はい」
「だから、僕らは、セルジ君とルフィアさんには、そうなって欲しい」
「はい」
「だから、殊更、ライバルとかの対策を練らんし、
いつもの練習内容を変える気も無い」
「「はい」」
セルジに、ルフィアも加わり、返事をする。
「まあ、今まで通りの練習を精錬して、心技体、研ぎ澄ませて行こ。
キチンと、一日0.1ミリでも向上することを目指して練習してたら、
『ちゃんと、伸びてく』って」
ラウーラが、デメトの言を補強して言う。
「それに ‥ 」
「「はい」」
「あんたら、大分、伸びてるで」
ラウーラに指摘され、セルジとルフィアは、驚いた顔でお互いを見る。
驚きに、『『マジで』』の表情を含む。
本人達の実感は、あまり無かったらしい。
「千里の道も一歩から、塵も積もれば山となる」
デメトはこう言うと、デメトとルフィアに笑みを向ける。
「毎回、ここなんですか?」
「そう」
「なんでですかね」
「ウチの国の、真ん中にあるから」
「ああ、なるほど」
セルジとルフィア、デメトとラウーラは、全国大会が行われる県に来ている。
この県は、国土の真ん中ら辺に位置し、国で一番大きい湖を抱える。
競技場は、その湖の南岸に位置している。
「デメトさん、僕ら、ちゃんと戦えますかね?」
セルジの問いに、ルフィアも続いて、デメトに顔を向ける。
「ああ、今の君らなら、『充分ええとこ行ける』、と思うで」
デメトが答えるも、セルジとルフィアは、イマイチ納得が行かない。
「な、ラウーラ?」
「そうそう」
ラウーラも答えるも、セルジとルフィアは、やっぱりイマイチ納得が行かない。
大会参加組は、各都道府県から二組。
つまり、47× 2 = 94で、九十四組。
その中の、上位二組が、ノースハーフ・カップ出場権を得る。
つまり、四十七分の一、通過倍率四十七倍。
みんながみんな、県大会を通過して来た猛者。
その中で更に、上位二組に入らないといけない。
セルジとルフィアは、考えれば考える程、凹む。
マイナス材料しかないように思う。
そんな、セルジとルフィアの雰囲気を察して、ラウーラが口を開く。
「あんたら、パンフレットの出場組一覧、よう見てみ」
ルフィアが、出場組用パンフレットを開く。
セルジが、覗き込む。
二人とも、出場組一覧を、じっと見つめる。
「 ‥ あっ」
ルフィアが、声を立てる。
「分かったか?」
ラウーラが、満足そうに尋ねる。
「はい」
ルフィアが、満足そうに答える。
『えっ、なになに?』の顔で、セルジは、ラウーラとルフィアを見つめる。
「どうやら、セルジ君は分かってへんみたいやから、説明してあげ」
「はい」
ルフィアは、セルジに向き直る。
「分からへんの?」
「うん」
「ヒント、県大会」
「県大会?」
県大会で、他の県の出場組に関すること、なんかあったっけ?
県大会で、他地域の有力組の紹介とか、してたっけ?
一向に合点しなさそうなセルジを見て、ルフィアは指す。
出場組一覧のある項目を、指す。
県大会得点の並ぶ項目を、指す。
ルフィアの指した項目に、セルジは眼を止める。
項目を、上から下、下から上へと、何回か見つめ往復する。
そして、気付く。
「あっ」
ようやく合点したセルジに向かい、『待ちかねた』とばかり、ラウーラは言う。
「分かったか?」
「はい。
得点」
「そうや」
その項目には、『全国大会の出場者が、県大会に於いて何点叩き出して来て、全国大会へ駒を進めたか』が載っている。
それによると、セルジ・ルフィア組は、上位三番手。
上には、二組しかいない。
その内一組は、二コラ・ダニエラ組。
セルジとルフィア、二コラとダニエラが参加した県大会は、レベルが高かったことが分かる。
つまり、セルジ・ルフィア組も、二コラ・ダニエラ組も、上位二組に入る可能性は充分ある。
いや、普段の実力を出しさえすれば、通過する可能性は、かなり高い。
現実的に、二組揃って、ノースハーフ・カップに出場は近い。
気になるのは、上位三組の内、セルジ・ルフィア組と二コラ・ダニエラ組以外の一組。
この組は、県大会の得点では、出場組中第一位。
二コラ・ダニエラ組との得点差も、『大差ではないが、僅差でもない』と云うところ。
名は、デリコ・パトリシア組。
「ん?」
セルジは、引っ掛かる。
この組の二人の年齢に、引っ掛かる。
二人の年齢差は、二十五歳強。
男の人の方が、約二十五歳以上、歳上になる。
「ああ、離れてんね」
ルフィアも気付いて、頷く。
「この組、なんや、フツーとちゃいますよね?」
「なんで?」
「普通、【人乗り】の女の人の方が歳上。
でも、ここは、【人乗せ】の男の人の方が歳上で、
歳も二十五以上離れている」
「ああ、そう言われてみれば」
ルフィアは、続ける。
「どこのお弟子さん、やろ?」
「え~と、【人乗せ】の男の人が、デリコさん。
【人乗せ】の女の人が、パトリシアさん」
「あ~」
ルフィアが、思わず声を立てる。
「心当たりが?」
セルジが、訊く。
「それ、師匠のライバル」
「ラウーラさんの?」
「そう。
【人乗り】の系統は、なんぼかあるんやけど、
その内の一つが、連綿と続く、
ダニエラさん → ラウーラさん、ケイティさん系統。
その外の一つが、これまた連綿と続く、パトリシアさん系統」
「ああ、そうやったんですか」
「両系統は、昔からライバル関係で、鎬を削っていたらしい」
「そうやったら ‥ 」
セルジは、考える。
そんなセルジを見て、ルフィアがセルジの考えていることを言葉にする。
「そう、デメトさんもライバルとして、【人乗せ】の男の人の師匠である、
デリコさんを知ってるかもしれへん。
いや、その可能性、むっちゃ高いかも」
「そうかも」
セルジは頷くものの、ちょっと複雑な思いが残る。
今まで、デメトの師匠の話とかライバルの話とか、聞いたことが無い。
『まだ、師匠‐弟子間で、距離を置かれてる?』
セルジは、少し寂しくなり、少し凹む。
見るからに、テンションが下がる。
これから試技に臨むのに、テンションが下がってしまったセルジ。
そんなセルジを見て、ルフィアは、ちょっと慌てる。
デメトは、セルジとルフィアの会話を、横目になんとなく聞き付ける。
そして、口を開く。
「ああ、そいつ、俺のライバルやで」
なんとはなしに、言葉を挟む。
軽くデメトが答えてくれたお蔭で、セルジは、気の張りを持ち直す。
持ち直したら、奇妙な点に気付く。
「デメトさんのライバルさん、ですよね?」
「そう」
「それにしては ‥ 」
『それにしては ‥ 』
「歳、離れてるやろ」
セルジが言いにくそうにしていた言葉を、デメトは、サラッと言う。
「はい」
「デリコさんが三十歳後半くらいで、僕が二十歳後半やから、
ざっと十歳ほど離れてんな」
「そうなんですか」
「デリコさんは、ウチの師匠と僕らの間の世代やから」
「間、なんですか」
「そう。
師匠の歳の離れた歳下のライバルで、
僕らの歳の離れた歳上のライバル」
「割と複雑な、関係性ですね」
セルジが言うと、デメトは苦笑して言葉を紡ぐ。
「もう一つ、複雑そうな関係性がある」
「はい?」
「そのコンビ、親子や」
「はい?!」
セルジは、眼を見開いて、デメトに尋ねる。
「どのコンビですか?」
「デリコさんとこ、やんか」
「デリコさんとパトリシアさんとこ、ですか?」
「そう」
「じゃあ、じゃあ ‥ 」
『『じゃあ、じゃあ ‥ 』』
セルジとルフィアが固唾を飲んで待っていると、ラウーラが口を挟む。
「そうそう。
デリコさんが父親で、パトリシアさんが娘」
【人乗せ】が歳上で【人乗り】が歳上でも珍しいのに、付けて加えて、二人は親子。
珍し過ぎる、ってゆうか、現役の組で親子はいない。
いや、【人乗せ】【人乗り】の歴史上でも、親子組は、数える程しかいないはず。
「なんでまた?」
セルジは、悪気無くスッと、疑問を口に出す。
デメトは、顔をちょっと困らせて、セルジの問いに答える。
「まあそれは、おいおい分かって来るやろ」
デメトにしては、珍しい素振りで、ちょっと口を濁らす。
ルフィアは、ラウーラを見つめる。
ラウーラは、ルフィアと眼が合うと、ちょっと困った顔をして、眼を逸らす。
『こんなにしっくりこない師匠達は、初めてかもしれない』
セルジは、意外な思いに囚われる。
ルフィアも、同じ思いに囚われる。
『もしかして、ステファさんやケイティさんや、ダニエラさんなら
分かるかもしれない』
セルジはそう思ったが、行動に起こすのはやめておく。
ステファやケイティやダニエラに訊くのは、やめておく。
『師匠達が、こんだけ口籠るってゆうのは、
あんまり表立って言いたくないことなんやろ。
まあ、そのうち分かるやろ』
セルジは、頭を切り換える。
切り換えて、出場者用パンフレットに戻る。
戻って、全国大会の試技実行プログラムを、熟読する。
見ると、既に、ルフィアもそうしている。
セルジもルフィアも、一通り読んで、顔を上げる。
二人は、顔を合わすと、ああだこうだ言い合い、検討する。
そんなセルジとルフィアを見て、デメトとラウーラは、感心と安堵の息を抜く。
全国大会が、始まる。
開催の言葉、開催宣言の後、すぐに試技が始まる。
九十四組の試技を滞り無く、一日で済まさなくてはならない。
試技会場は四つに分かれ、それぞれ、A、B、C、Dと名前が付いている。
出場者は、県大会の成績(得点)が下位の者から、試技を行う。
よって、セルジ・ルフィア組は、C会場の最終組。
二コラ・ダニエラ組は、B会場の最終組。
デリコ・パトリシア組は、A会場の最終組になる。
お互いの試技を直接見ることは叶わず、後に、動画で確認することになるだろう。
大会プログラムは、順調に進む。
午前のプログラムを消化して、四会場とも、昼休憩に入る。
途中経過だが、暫定一位の得点は、セルジ・ルフィア組の県大会での点数に届かない。
勿論、二コラ・ダニエラ組やデリコ・パトリシア組の点数にも、届かない。
やはり、ノースハーフ・カップへの出場権は、午後からの争いになる。
セルジとルフィアは、芝生の上に、レジャーシートを広げる。
デメトとラウーラは、レジャーシートの上に落ち着く。
落ち着いて、お弁当箱の包みを開く。
お弁当箱は、四段になっている。
一ノ段には、十六穀のご飯が入っている。
二ノ段と三ノ段には、おかず。
四ノ段は、デザートやフルーツの構成になっている。
「「「「いただきます」」」」
基本、お弁当の中身は全て、ホーマが作っている。
デメトとラウーラとルフィアは、いつもの美味しさに満足する。
セルジは、小さい頃から慣れ親しんだ美味しさに、満足する。
四人が、もぐもぐワシワシしていると、ケイティが一人、近付いて来る。
「美味そうやん」
ケイティは、ラウーラを見つめて言う。
「あんた、作ったん?」
「私が作れるわけ、無いがな。
ホーマさんや」
「やろなー」
ケイティは、苦笑して納得する。
「あんたら、お昼は?」
ホーマが、訊く。
「もう食べた」
「早いな」
「二コラ君と師匠が、「最終確認したい」って言うから、早目に済ませた。
そっちは?」
「セルジ君とルフィアさんには、「いつも通り臨み」って言ってある。
本人らも、そうする感じ。
ま、『定期テストじゃなく、抜き打ちの実力テストに臨む感じ』、
ってとこ」
「ふ~ん。
なら、割り合い力抜けて、リラックスしている感じ?」
「そんなとこ」
「あっそ」
ケイティは、挨拶がてら、敵情視察も目論んでいたが、拍子抜けする。
ルフィアは、くすくす笑う。
そんな、ラウーラとケイティの掛け合いを見て、くすくす笑う。
「仲のいいご同期ですね」
ルフィアが、言う。
ラウーラとケイティは、二人揃って、じんわりと首を曲げる。
二人とも、顔をルフィアに向ける。
そして、言う。
「「はあ?」」
ルフィアは、ドギマギ戸惑い、申し訳無さそうに尋ねる。
「 ‥ 同期のお弟子さんや、ないんですか?」
「それもあるけど ‥ 」
ラウーラが、答える。
「私ら、姉妹やで」
「えっ!」
「えっ!」
ルフィアは、驚く。
セルジも、驚く。
意識して見れば、ラウーラとケイティは、よく似ている。
背格好はほぼ同じで、容姿も近しいものがある。
歳の頃も、近そうだ。
勿論、師匠が同じだから、【人乗り】スタイルもよく似ている。
前にも言ったが、違いと言えば、眼。
ラウーラが、どんぐりまなこ。
ケイティが切れ長眼。
他には、髪の毛ぐらいか。
ラウーラは、ベリーショートと言うより、もう短髪。
ケイティは、普通のショート。
『まあ、改めて見ると、「言われてみれば、納得」やな』
セルジは、驚きはしたものの、割り合いすんなり納得する。
「言ってへんかったっけ?」
ラウーラが、ルフィアに訊く。
ルフィアは、頭を、ブンブン振る。
「デメトからも、聞いてへん?」
今度は、セルジが、頭をブンブン振る。
そういや、ルフィアと二コラも、そこはかとなく似ている。
姿形はともかくとして、容貌が、なんとなく似ている。
眼の下のホクロの位置が、左右逆ではあるが。
いや、その存在が返って、相似形を浮き立たせている。
顧みて、セルジは思う。
『ぼくらは、どうなんやろう?』
まず、別々にパッと見られる限り、姉弟とは指摘されない。
一緒にいたら、「ご姉弟ですか?」とは訊かれる。
でも、それは、歳の近そうな若い男女が一緒にいたら、まず訊かれること。
歳を取ったら、「ご夫婦ですか?」になるのだろう。
まずもって、「恋人同士ですか?」とは、面と向かって訊かれない。
セルジは、ホーマの容姿と自分の容姿を、頭の中で、確認する。
一通り確認して、もう一度、再確認する。
外見上、共通点や相似点は、見受けられない。
『う~ん ‥ ああ!』
セルジは、何か共通点を、見つけたらしい。
『コツコツ続けられるとことか、そこらへんは似てるかも』
内面かい!
外から見て、分からへんやんけ!
でも、ある意味、内面が近しいと云うのは、お互いへの理解が深いのかもしれない。
ラウーラとケイティは、遠慮無しに、しゃべっている。
情報交換してるのか、ダベっているのか、ボケツッコミしているのか、判断がつかない。
が、所々、漏れ聞こえて来る。
「 ‥ あそこの ‥ シアちゃん ‥ とした師匠
‥ ひんらしいで ‥ 」
「マジで ‥ に教えて ‥ ?」
「‥ 知らんけど ‥ さんが ‥ はるらしい ‥ 」
「お父 ‥ て、 ‥ 【人乗せ】の ‥ ?」
「 ‥ らしいで」
ルフィアが、デメトに尋ねる。
「デリコさんと、昔コンビを組んではった人って、どなたなんですか?」
「う~ん」
「やっぱ、ちょっと、話し辛いですか?」
「いや、ええんやけど、身近過ぎて」
デメトは、苦笑する。
デメトの苦笑にも怯まず、ルフィアは重ねる。
「 ‥ どなた ‥ ですか?」
「ダニエラさん」
「えっ!」
「 ‥ えっ!」
横から聞いていたセルジも、驚く。
「と云うことは、つまり ‥ 」
「デリコさんの【人乗り】の知識は、ダニエラさん譲りやろうな。
だから、デリコさんから教えてもらっている以上、
『パトリシアさんの【人乗り】テクニックは、
ダニエラさん系統になる』、と思う」
「それって、早い話 ‥ 」
「ルフィアさんと、パトリシアさんは二人とも、
ダニエラさん系統ってことになる。
まあ、おんなじようなスタイルの三人で争う、ってことやな」
ケイティとの話を切り上げたラウーラが、後を繋ぐ。
「まあ、二人とも同じ流派なもんやし、強いわな」
「二人とも ‥ ?」
「デリコさんとパトリシアさん。
二人とも、所謂、ドキョウ流」
「師匠がドキョウ流やから、その弟子の私とケイティはそうなるし、
流れを汲んでいるパトリシアさんも、そうなるやろな」
「じゃあ、わたしも」
「そうなるな」
「今まで、意識したこと無かったです」
「フツーに【人乗り】の練習を指導してただけで、
あえて、ドキョウ流とか流派は、明確にして来えへんかったしな」
「ドキョウ流の特色って、何なんですか?」
「う~ん。
ザックリ言えば、滑らかさ」
「滑らかさ」
「滑らかさ?」
「そう。
動きを、滞り無く滑らかに、研ぎ澄ませて行く感じ」
「なんとなく、分かる感じがします。
でも ‥ 」
ルフィアは、言い淀んで、続ける。
「 ‥ さっき、ラウーラさん、「二人とも同じ流派」って、
言わはりませんでした?」
「ああ、言った。
【人乗せ】にも、ドキョウ流はあんねん。
それが、ステファさんであり、その弟子の二コラ君。
デリコさんも、ここに入る」
「えっ?
デメトさんは、違うんですか?」
「違う。
デメトは、一動作の的確さとか見栄えを大事にする、カブキ流」
『 ‥ と云うことは ‥ 』
『 ‥ と云うことは ‥ 』
ルフィアが思い、傍聞きしていたセルジも思う。
ルフィアが、口を開く。
「と云うことは、セルジ・フフィア組、二コラ・ダニエラ組、
デリコ・パトリシア組の中で、セルジ君だけが、
他流派みたいになるんですか?」
「そやな。
だから、「難しい」とも言える。」
「難しい ‥ んですか?」
「そや。
二コラ・ダニエラ組とデリコ・パトリシア組は、
言わば、四人ともおんなじ流派やから、
コンビの息が、合わせ易いっちゃ合わせ易い」
「はい」
「翻って、あんたらは、流派が違うもん同士やから、息を合わせんのに、
どうしても苦労する」
「はい」
「その代わり ‥ 」
「その代わり ‥ ?」
「いっぺん息が合い出したら、スコーンとステージ進むと言うか、
ぐんぐんレベルアップすると言うか、そんな感じになる」
「ホンマですか?」
「それは、ホンマや。
保証する。
ま、最初は、苦労するやろけどな」
「今は、苦労する段階ってことですか?」
「そやな。
『道は見えてるし、出口も見えてるけど、まだ道程はナンボか有る』、
ってなとこやろな」
「はい」
「ま、今まで通りコツコツ積み重ねて、確実に丁寧に精進しようや」
「はい」
ルフィアは、ここで、一つのことに気付く。
「でもそれって ‥ 」
「なんや?」
「ラウーラさんとデメトさんも、他流派同士ってことだすよね」
「で、あの動き、なんですか?」
「まあ、そやな」
ルフィアは思いを巡らすと、にっこり笑う。
「ラウーラさんの言わはる「保証する」が、よく分かりました」
ラウーラは、ルフィアに微苦笑を返す。
「なら焦らず、セルジ君と精進し」
「はい!」
『はい!』
セルジも、心の中で、元気よく返事する。
午後の試技が、始まる。
さすがに午後のプログラムとなると、有力者が次々に登場し、順位が頻繁に入れ替わる。
それに反するかのように、報道陣は、割とどっかと構えている。
『『『『『 どうせ、最後まで、分からんのでしょ 』』』』』
そう言わんばかりに、どっかと腰を据えて構えている。
浮き立った様子は、無い。
プログラムは、次々、順調に進む。
ついに、各四会場共、最終組が準備する段階に入る。
セルジがフラッと、B会場を訪ねる。
二コラの元を、訪れる。
二コラは、セルジに気付くと、声を掛ける。
「こんなとこ来とらんで、自分の準備せなあかんやん」
「すぐ戻る」
セルジは、二コラに、右コブシを差し出す。
二コラは、一瞬キョトンとするが、おなじく右コブシを差し出す。
『やってやるぜ』に、微笑みながら。
二人とも、『やってやるぜ』に微笑んでいる。
そして、グータッチ。
ソフトに、グータッチ。
「じゃ」
セルジは、すぐに踵を返す。
差って行く。
ダニエラは、若い二人に負けず、『やらなあかんな』に微笑む。
ルフィアも、フラッと、A会場を訪ねる。
パトリシアの元を、訪れる。
ルフィアとパトリシアは、初対面。
以前の接点は、まるで無い。
「わたし、C会場の最終組に出る、セルジ・ルフィア組のルフィアです」
「あ、はい」
それだけで、多くのことが分かったかのように、パトリシアは頷き答える。
「右手を握って、前に出して下さい」
ルフィアは、言う。
パトリシアは、怪訝な顔をして、握ってコブシを作った右手を、前に差し出す。
奥から、デリコも、怪訝な顔を向けている。
ルフィアは、自分も右手でコブシを作って、前に差し出す。
そして、コツンと、優しくグータッチ。
ソフトだけど、何かが伝わるグータッチ。
パトリシアは、一瞬眼を見開くが、すぐ口の端を上げる。
合わせた右コブシから、パトリシアからルフィアへ、微かに圧力が掛かる。
お互い見つめ合い、口の端を上げる。
「じゃ」
ルフィアは、パトリシアから離れると、踵を返す。
差って行く。
パトリシアが、見送る。
パトリシアにデリコが近付き、横に立って、ルフィアを見送る。
デリコが、パトリシアの肩を、ポンポン叩く。
パラッ
デメトは、新聞のスポーツ欄を開く。
欄の一面には、全国大会の結果が記事が載っている。
デリコ・パトリシア組と二コラ・ダニエラ組の、プロフィールと略歴が、かなり詳しく載っている。
勿論、二組とも、大きく写真も掲載されている。
「載ってるで」
デメトは、ラウーラに記事を見せる。
チーロとホーマにも、見せる。
そして、セルジとルフィアにも、見せる。
セルジとルフィアは、一瞬、固まる。
が、すぐにお互いを見つめ、頷く。
セルジが、決意然と、口を開く。
「次は、僕らが、そこに載りますから」
ルフィアも、加わる。
「右に同じ、です」
「よう言うた」
「うん、よう言うた」
デメトとラウーラが、感心して返す。
『二人とも、よく言うた』
『よく言わはりました』
ホーマとチーロも、感心して思う。
「具体的に、どうするん?」
ラウーラが、いたずら小僧っぽい顔つきで、セルジに尋ねる。
「特にこれと云って、特別なことはしません。
日々の練習を、キチンと丁寧に確実に、積み重ねるだけです」
セルジの言に、ルフィアも同意するかのように、眼を引き締める。
「それで、ええんちゃう」
ラウーラが満足そうに、言う。
「それでええ」
デメト満足そうにも、言う。
「「はい!」」
セルジとルフィアは、キッパリと返事する。
{了}