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忘れさせない

作者: 宗あると


 「松林さん?」

 康太の隣にいた静奈が、歩道で前を横切って横断歩道を渡ろうとしていた女性に声をかけた。

 黒髪を長く伸ばしたその女性は、静奈の声に立ち止まり、こちらを向く。

 康太も、あっ、と声を出した。松林は小学校の時の同級生で、4年生の時に東京に引っ越していった。

 細目の美人になっているその顔に、子供の頃の面影はあったが、康太はよく静奈は気づいたな、と驚いた。

 「私、神野静奈、覚えてる?」

 静奈の言葉に、松林は首を傾げた。

 「すいません、誰だか」

 苦笑を浮かべて松林は言うと、康太の方に視線をやった。

 「あっ、俺、田中康太だけど、覚えてないか」

 康太の言葉に、松林は一瞬眉を寄せて、それから、ハッとなった。

 「康太?覚えてる。えー、イケメンになったじゃん」

 笑いながら松林は言うと、康太の方に歩いてきた。

 静奈は少し、微妙な顔をしている。

 「イケメンじゃないし。美緒の方こそ、美人になってんじゃん」

 「まぁね」

 美緒は得意気に笑って、静奈を見た。

 「私を知ってたってことは、同級生だよね?」

 「ああ、うん。まぁでも仕方ないよ、小学生の頃のことだし」

 作り笑いを浮かべて、静奈は言った。内心は忘れられていたことがショックだった。覚えているほど、仲良くしていたつもりだったから。

 「ごめんね。ほとんど思い出さなくなってさ、こっちにいた頃のことは。東京が楽し過ぎて」

 「うわっ、なんか寂しいな」

 康太が言うと、美緒は微笑した。

 「今はなに?またこっちに戻ってきたの?」

 康太の問いに、美緒は首を振った。

 「違う違う。気まぐれで戻ってきただけ。たまにするの」

 「へー、そんな時に再会するとかちょっと奇跡だな。なぁ?」

 康太は静奈に同意を求めたが、静奈は素っ気なく、そうね、と答えるだけだった。

 「奇跡って大袈裟。あ、でもさ、せっかく再会したしLINE交換しない?」

 美緒が言うと、康太は2つ返事で、いいよ、と返した。静奈は何も言わなかったが、スマホを取り出した。

 美緒は康太と、それから静奈とLINEを交換した。

 「2人、付き合ってるの?」

 静奈とLINE交換を終えると、美緒は静奈に聞いた。

 「ええ?うん、まぁね」

 素っ気なく、静奈は答えた。

 「そうなんだ。じゃあ、康太とは運命の再会ってことにはならないか」

 美緒は少しからかうように、康太に言った。

 「ならないよ。やめろよ、冗談でもたぶらかすの」

 苦笑しながら、康太は言った。が、そう答えた康太の脳裏には、小学生の時、美緒に告白された時の記憶が蘇っていた。

 静奈が素っ気なくしているのは、静奈もおそらくそのことを思い出したからなのだろう、と康太は思った。

 「こっちには、しばらくいんの?」

 康太が聞くと、美緒は、まぁ2、3日と、答えた。

 「じゃあ、私もう行くね。今からちょっと行くとこあるから」

 美緒は言うと、2人に手を振りながら、じゃあね、と横断歩道を渡っていった。



 「声かけるんじゃなかった」

 康太の部屋に帰ると、静奈はがっくりした様子で言った。

 「なんで?」

 康太はベッドの上でスマホを見ながら、聞き返した。

 2人は20歳で、同じ大学に通っているが、部屋は別のところに住んでいる。

 「だって、松林さん、康太のこと好きだったじゃん。忘れてた」

 「小学生の頃の話だろ。今更再会しても何もないって」

 「私にはあるように見えたけど?」

 「ないって」

 康太は苦笑した。

 「康太の方に。美人になったとか言ってさ。確かにああいう雰囲気の子、好みだよね?」

 「顔が好み程度で揺らぐなら、大学にどれだけいるよ、そんな女」 

 「まぁそうだけど。康太は好きじゃなかったの?松林さんのこと」

 「いや?他に好きな子いたし。あの頃は好きなタイプじゃなかったから」

 「そうなんだ」

 少し安心した様子で静奈は言うと、立ち上がって康太が寝転がっているベッドの上に自分も横になった。

 横向きに寝て、仰向けに寝てスマホを見ている康太の横顔を見る。

 「浮気すんなよ」

 静奈の言葉に、康太はしねーよ、と返事して、右手で静奈の頭を撫でた。



 翌日、講義を受けている最中に、美緒から康太へとLINEが来た。

 「康太っていま、大学生?」

 「そうだけど」

 「どこの大学?」

 「◯◯大学」

 「近くにいくから、終わってから会える?話したいことあって」

 康太は一瞬躊躇って、返信した。

 「いいよ。大学の近くにファミレスあるから、そこでいい?」

 「わかった。地図送って。先に行って待ってるから」

 「了解」

 康太は返信し、それから地図を送った。



 食堂で、康太は静奈に美緒と会うことになったと伝えた。

 「浮気すんなって、いったただろ」

 苛立しげに静奈は言った。

 「会うだけだって。なんなら一緒にくる?」

 「行かない。っていうか断れ。行くな」

 「ちょっと話すだけだって。向こうも流石に運命とか本気で思ってないだろ」

 静奈は溜息を吐き、頬杖をついた。

 「信じてるからね」

 「え?ああ。なんもならないって」

 静奈は不満気だったが、2人が会うことを認めた。



 窓際のテーブルに、美緒は座っていた。

 入ってきた康太に気づくと、美緒は無表情のまま右手で頬杖をついて、康太を見つめた。

 「おっす。話ってなに?」

 努めて軽く、康太は言うと、注文する為にメニューを手に取った。

 「もう頼んだ?」

 「頼んだ」

 「そう。んじゃ俺は、ドリアでも食おうかな」

 そう言って康太はベルを鳴らして店員を呼ぶと、ドリアを注文した。

 店員が去ると、康太は美緒の方を向いた。

 「で、話しって?」

 「重たいけど、いい?」

 「いいけど、なに?もうすぐ私死にますとか?」

 「察しがいいね」

 美緒は苦笑した。

 「は?まじ?冗談だろ?見えないけど、全然。何の病気?」

 「癌」

 「どこ?乳癌とか?」

 「肺癌。まぁ死ぬかは、まだわからないけどね」

 「なんだ初期なの?松林って煙草とか吸うの?」

 「吸わないけど、なんでかなぁ。おまけに若いのに」

 美緒が悲し気に笑い、康太は何も言えなくなった。

 美緒が察して口を開く。

 「こんな話されてもさ、困るよね。まぁ死ぬって決まったわけじゃないし、軽く受け流してくれていいよ」

 「そう言われてもなぁ」

 康太は頭を掻いて、俯いた。

 そこに店員が美緒が注文したパスタを持ってくる。

 店員がパスタを美緒の前に置き、去っていく。

 「ごめん。誰でもいいから、特に2度と会いそうにない人に話聞いてもらいたくて。ただ、不安を抑えられなくて。まだ初期だから、本当に大丈夫かもしれないんだけど」

 店員が去るなり、美緒は強がるように言った。

 「うん。まぁ俺でよければ、話聞くくらいしかできないけどな」

 「あっ、いい。もういいから。もう十分。他の話しよう」

 「いいの?本当に?」

 「いいから。あの彼女の神野さん?の話でもしてよ」

 「俺が話すのかよ。まぁいいけど。先に食べなよ」

 康太は言って、パスタを食べるように美緒に促した。

 「あ、じゃあいただきます」

 美緒は言い、フォークを手に取って、パスタを食べはじめた。



 「話しってそれだけ?」

 康太の部屋で、床に座ってポテチを食べながら、静奈が言った。

 「それだけって、冷たいな静奈」

 缶ビールを飲みながら、康太は言った。

 「いやだって死ぬって決まってないんでしょまだ」

 「まぁそうだけど」

 「何が目的だったんだろ?」

 「不安でとにかく人と話したかっただけだろ、多分。そう言ってたし、本人も」

 「そういう弱みを見せて、落とそうとしたんじゃないの?康太のこと」

 「考え過ぎだって。そんなことされても、引くだけだよ」

 「まぁそうか。そんなことじゃ落ちないよね、康太は。薄情だし」

 「おい」

 「ははっ。でも、何にもなくてよかった〜」

 「なんもならないって言っただろ」

 康太は言い、ビールを口に運んだ。



 翌日、空港で康太と美緒は会っていた。

 東京へ帰る美緒を見送りに、康太は来ていた。

 「別にこなくてよかったのに」

 スーツケースの横に立ち、美緒は言った。

 「まぁなんとなく」

 「彼女には言ってきたの?」

 「いや?別にいいだろ、これくらい黙ってても」

 「駄目だよ。帰ったらちゃんと言わないと。もう遅いかもしれないけど」

 「んじゃまぁ、ちゃんと言うよ」

 「そうしな。そうしてくれないと、期待しちゃうからね」

 「何を?」

 「私が、康太のこと」

 「いやいやマジでやめて、そういうの」

 「本気だよ?私、康太に会いたくて、戻ってきてたんだから。何度もここに」

 「なら家に来いよ。実家は変わってないから、高校まではいたし実家」

 「そんな気色悪いことできないよ。フラれてるのにさ、小学生の時」

 「そんな子供の頃の話ーーー」

 「今もだよ?」

 「は?」

 「再会してみてだけど、やっぱり好きだなって思った」

 「そんな昨日話したくらいで」

 「これからも、あるでしょ?」

 「ないよ。俺には静奈がいるから。そっちがその気なら、俺はもう2度と会ったりしない」

 「私が死ぬってなっても、会ってくれないの?」

 「それはーーー」

 「ごめん。意地悪だね。でもせめてさ、私のこと、忘れないでいてくれる?」

 「え?ああ、まぁそれくらいは」

 「お葬式には来てね?」

 「縁起でもないこと言うなよ」

 「待ってるからね、私」

 微笑んで、美緒は言った。

 「だから縁起でもないって」

 康太は苦笑して言い、じゃあもう行くわ、と美緒に背を向けた。

 その背中に、美緒は後ろから抱きついた。

 「おいおい人に見られるーーー」

 そう言って周囲を見た康太の視線の先に、静奈の姿があった。

 「え?静奈なんで?ちょっと美緒、離れてくれ」

 「私が呼んだの」

 「は?」

 「2人でいるところ、彼女にみせたくて」

 「ちょっ、ふざけんなよ!」

 康太は怒って、美緒を振り払った。

 静奈が冷めた眼で2人を見て、そして踵を返し、去っていく。

 「静奈待って!!」

 康太の呼ぶ声を静奈は無視して、歩いていく。

 「これで忘れられないね、私のこと」

 静奈を追う康太の背中に、美緒が微笑んで、言った。



 空港のタクシー乗り場付近まで来ても、不機嫌に康太を無視し続ける静奈。康太はずっと、黙って見送りに来たことを謝り、抱きついてきたのは美緒が突然してきたことだと、言い続けたが、静奈は何も返事をしない。

 あまりに静奈が無視するので、康太は静奈の左腕を掴んで引き止めた。

 「無視すんなって」

 宥めるように康太が言うと、静奈は振り向きざまに右手で康太の左頬を叩いた。

 康太は一瞬苛立ったが、振り向いた静奈が涙目だったので、言葉を飲み込む。

 「黙って見送りに行くとか、あり得ないし!抱きつかれたのだって、康太に浮ついた気持ちがあったからでしょ!?」

 静奈が怒鳴って、康太は一瞬怯むが、すぐに言い返す。

 「見送りがそんなに悪いことかよ!浮ついた気持ちなんかねーし!!抱きつかれたのは、美緒が何かおかしかったんだよ!俺達を仲違いさせる感じで」

 「そうなることくらい予測しとけ!馬鹿!馬鹿康太!康太に癌のこと話したり、そういう雰囲気のある女だったじゃん!浮ついてたんでしょ!?美人になってた美緒に!」

 「だからないって、何も!見送りは友人として」

 「再会して2日で友人とか言うな!もうそんな仲良くなったんか!」

 静奈の怒り具合に、康太はもう駄目だという風に呆れて溜息を吐いた。

 「どう言えば信じるんだよ、、、」

 康太が呟いたのと同時に、静奈の表情がまた一段と怒りに染まった。だがその視線は、康太の背後に向けられている。

 康太は静奈の視線を追って肩越しに振り返った。

 そこには、にこやかな笑みを浮かべる美緒がいた。

 「無理よ。その子に何を言ったって」

 余裕ある表情で、美緒は言った。

 「マジかよ、、、何しにきた」

 怒り半分に、康太が言う。

 「さっさっと東京帰れ!!」

 続いて、静奈が怒鳴る。

 「帰らない」

 にこーっと笑って美緒は言った。

 「はあ!?」

 静奈の怒りが頂点に達した。

 「あなたに任せておけないから。康太のこと」

 「何が!?関係ないじゃん!!美緒に!」

 「あんなことだけで、康太をこんなに責めるなんて、康太にあなたはふさわしくない」

 「私と康太の何がわかんの!?」

 「わかる。康太が無理してあなたと付き合ってて、あなたは自分に自信がなくて、康太に不安を感じてること」

 「な、、、」

 静奈は心の内を言い当てられて、押し黙った。

 「昨日康太とファミレスであなたのこと話したの。それでだいたいわかった」

 「いや、俺は別に無理してないし」

 康太は言ったが、その言葉は虚しく静奈の胸に響くだけだった。

 「やっぱり無理してたんだ」

 静かに、静奈は言った。

 「してないって」

 「薄々気付いてたし。私のこと好きとかじゃなくて、同情で一緒にいるって。とろい女で可哀想だからって」

 「思ってない、そんなこと」

 「いいよ、もう。元々、不釣り合いだったし、周りからも付き合えてるの奇跡みたいに言われてたし」

 「そんなのどうでもいいだろ」

 「よくない。康太は、美緒みたいな人と付き合う方がいいんだよ」

 「だからなんでそうなるんだよ。俺は静奈が本当に好きだから」

 「はいはい、それ以上の嘘は彼女を傷付けるだけだよ、康太」

 美緒が自信ありげに、言う。

 「だから美緒はなんなんだよ。何がしたいわけ?」

 「私は、私の方が康太に相応しいと思ってる」

 「いや、こんなことして、マジで俺と付き合えるとか思ってんの?頭イカれてない?」

 「付き合うよ、康太は私と」

 美緒は康太の言葉に揺るがずに、微笑んで、答えた。 



 タクシー乗り場で、静奈は康太に別れを告げた。もう2度と会いたくないと言われたが、康太は食い下がった。

 けれど静奈の意志は固く、覆りそうになかったので、康太はその場は諦めて、静奈をタクシーに乗せて帰した。

 そして、美緒と2人、タクシー乗り場に残った。



 「こういうことして楽しむ女、本当にいるんだな」

 康太は毒づいて言ったが、美緒は気にもとめない様子だった。

 「楽しんでないよ。私は康太と一緒になりたいだけだから」

 「だから無理に決まってるだろ。恋人と別れさせられた女と付き合う馬鹿がいるかよ」

 「あの子が自分で選んだんだよ。私のせいじゃない」

 「抱きついたりしといて、よく言えるな」

 「あの程度で。どう見ても私が無理に抱きついてたのに、あんなに取り乱すのは自分に自信がないからだよ」

 「あー?そういうもんなの?わかんないな」

 康太は右手で後頭部を掻いた。

 「康太もしんどかったでしょ?あの子と一緒にいるの」

 「ないよ」

 「嘘」

 「ないって」

 康太は美緒に詰められて、段々と自信がもてなくなっていた。確かに、静奈の心配性がしんどくなかったわけではない。いつも自分を失うことを恐れていたような。

 そんな静奈を安心させるように振る舞う自分に時々、疲弊していた気がする。

 「でも、仮にそうでも。俺は静奈がちゃんと好きだったよ」

 「お人好しだから、康太は」

 「昨日話しただけで、何がわかるの?俺の」

 「だって私の話を信じて、見送りにまできた」

 美緒は悪戯に笑ってみせた。

 「ちょっと待って、じゃあ病気の話は?」

 「さぁどうでしょう。どっちだと思う?」

 康太は昨日のことを振り返った。美緒の表情、口調、雰囲気、空気感、どれも嘘とは思えなかった。

 「本当だよな」

 ぽつり、康太は言った。

 美緒は何も言わず、静かに微笑んだ。



 康太の部屋。

 康太と美緒はベッドに2人、腰掛けている。

 美緒のスーツケースが玄関に無造作に置かれている。

 美緒は飛行機をキャンセルして、康太の部屋までくっついてきた。

 静奈との別れで疲れ切った康太は、半ばやけくそに美緒を部屋に入れた。

 「どうする?私はいいよ」

 長い髪をかきあげて、美緒は言った。

 「流石にゲスいだろ。別れた直後に他の女と寝るのわ」

 「そう?ま、私はどっちでもいいけど」

 美緒は言って、宙を見つめた。

 その綺麗な横顔を見て康太は唾を飲んだが、やはり何もしないでおくことにした。

 「っていうか、何で俺にそんなにこだわるの」

 「え?何でって、好きだから」

 「いやだからどうして」

 「輝いてたから。小学生の時も、今も」

 「はぁ?」

 「わからない?自分では。キラキラしてて、手が届くならつかまえたいって思わせる輝き、放ってるよ?」

 「そうか?」

 「それに私、幼稚園の時からだから。好きなのは」

 「何、マジの初恋?いやマジっていうのか?」

 「幼稚園の先生に言われたんだぁ。康太君は将来立派な大人になるから、好きになった方がいいよって」

 「何それ」

 ハハっと康太は笑った。

 「先生の言うこと真に受けただけじゃん。好きとかじゃないじゃん」

 「いいのよ。きっかけは何でも」

 少しイラついて、美緒は言った。

 「恋の青田買い的な?」

 「そんな打算的な恋じゃない」

 言って、美緒はフンと唇を尖らせた。

 「でもそれだけで?こんな20歳になってまで執念深く?」

 「変わってなかったから。康太が。キラキラしたまんま」

 「そのキラキラってよくわかんないけど」

 「あーもういいっ。イケメンだったから、それだけっ」

 「うわっ急に適当かよ」

 「静奈を見てさ、あっ、奪えそうって思っちゃったんだ」

 「最低だな。静奈のこと、本当に忘れてたの?仲良かったって言ってたけど」

 「覚えてない。それは本当」

 「それはそれで酷いけどな。そんなに楽しかった?東京」

 「全部が全部。ああここが本当の私の居場所って感じがした。こっちにいた時はずっと違和感あったんだよねー。閉塞感みたいな」

 「ま、田舎だしな。東京に比べたら」

 「でも、康太のことは忘れなかった」

 「なんで?」

 康太はまた、笑った。

 「女の勘?執念?子供ながらにね。絶対私の男にしてやるって」

 「こわっ。そんな女実際にいたんだ」

 「今、目の前にね」

 「こわっ。もう帰ってもらっていい?」

 「ひどっ。今日は泊まっていくからね」

 「マジで?」

 「何しても許してあげるから」

 ニヤリと美緒は笑った。

 「しないって、何も」

 「しなよ、情けない」

 「無理だって」

 そう言って、康太は立ち上がった。

 「早いけど、晩ごはん、食べにいく?」

 「え?ああ、うん」

 少し寂しげに、美緒は頷いた。

 「どこいく?」

 「お寿司かな」

 「回転寿司でいいよな?」

 「はあ?ださっ」

 「無理言うなよ。学生だし、俺」

 「冗談だよ。いいよ回転寿司で」

 そう言い、美緒は立ち上がった。


 

 3年後。康太が卒業した大学近くの、2人が再会してからはじめて会ったファミレス。

 康太と美緒は窓際のテーブルに向かいあっている。

 「あの時は本当に、この女どうかしてると思ったけどな」

 「やめてよ、もう」

 面倒そうに美緒は言い、アイスコーヒーを口に運んだ。

 あの後、2人は結局恋愛関係にはならず、友人として付き合いを続けた。

 美緒の病気も早期発見だったこともあって、悪化はせず、通常の暮らしをおくれている。

 「それより、結婚おめでとう」

 「ああ、ありがと」

 康太は結局、静奈とヨリを戻して結婚することになった。

 別れた原因となった美緒とも和解して、友人とまではいかなくても、それなりに仲良くはしている。

 「忘れさせないって思ったんだよね」

 ポツリ、美緒が言う。

 「ああ?」

 「私のこと。あの時は、今もだけど、いつ死ぬかわからなかったから。私のこと、簡単に忘れられるのが怖かった」

 「それでもあんなことするかよ。マジで静奈と終わりになるところだっただろ」

 「そこはなんだろう、怖いものがなくなってたっていうか、若かったね」

 「そんな適当な理由でさーーー」

 「わかったから、ごめん。あの時、康太が何もしなかったから、私も冷静に戻れた」

 「そりゃ、出来るわけないだろ。静奈のこと、好きだったから本当に」

 「そうだね。それがよくわかった。あの時」

 「ま、もういいけど。美緒も病気ひどくならなくてよかったよ」

 「まぁ、安心はできないけどね、いつまでも」

 「心配性だな」

 「小心者なのよ」

 「どの口がいうよ」

 「うるさい」

 ハハっと2人して笑う。

 「じゃあ、私もういくね。そろそろ静奈来るでしょ?」

 「ん?まぁ居ても大丈夫だと思うけどな、もう」

 「いや、いいよ。必要以上に仲良くなってもまた揉めそうだから」

 「そうか?」

 「簡単に許すわけないでしょ、私のことを静奈が」

 「ん?まぁそうか」

 「康太って、どこかズレてるよね、あの時も今も。そういう隙っていうの?直さないと、また似たようなことになるよ?」

 「あ、そう?まぁ気をつけるよ」

 「しっかりしなよ。じゃあね」

 そう言って、美緒は立ち上がった。

 「ああ。美緒も幸せになれよ」

 「うるさい」

 鬱陶しそうに美緒は言い、去っていった。



 しばらくして、静奈がファミレスに入ってくる。

 康太が座るテーブルに来ると、すかさず伝票を手に取った。

 「奢ってんじゃん。払わせろ、馬鹿」

 「いいだろ、それくらい」

 「優しくするなって言ってんでしょ」

 「わかったよ、次からはちゃんとするって」

 「本当に、ちゃんとしてよ」

 静奈は言うと、康太を睨んで、メニューを手に取った。



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