僕らの「雨よ降れ」大作戦
雨天中止。
素敵な言葉だと思う。
雨が降ったら中止というルールはわかりやすい。
ひとつ問題があるとすれば、どの程度の雨なら中止になるのか明確な基準がないというところか。
けれども、今回のコレに限って言えばにわか雨でも中止になるに違いない。
『カササギ地区BBQ大会』
回覧板で回ってきたこの催し物のビラを見た時、僕はげんなりした。
なぜなら、ここカササギ地区の住人たちは非常に横の繋がりを大事にしており、こういう催し物には絶対に参加しなければならないからだ。
それはご新規さんであろうが、単身赴任者であろうが、短期の住人であろうが関係ない。
地区のイベントは強制参加という謎ルールがある。
もしそれを破ろうものならカササギ地区の住人たちから目を付けられ、散々悪口を言われるわ、ゴミが捨てられなくなるわ、たくさんの嫌がらせを受けるわ、悲惨な目に遭う。
僕がこの地区に引っ越してきてもうすぐ1年になるが、そういう人たちを何人も見てきた。
そしてそういう人たちは結局ひっそりと隣の町に引っ越すことになるのだ。
だからこの回覧板が回ってきた時、開催日である再来週の日曜日はつぶれたなと思った。
「はあ」
ため息をつきながらゴミ捨て場にゴミを捨てていると、同じようにため息をつきながらアパートの上の階の如月さんがやってきた。
「あ、如月さん。おはようございます」
「あら、深見くん。おはよう。今日も大学?」
「はい、朝一から受講です」
「そう、大変ね」
如月さんは今日もビシッとスーツを着こなしていた。
30歳くらいのキャリアウーマン風の女性で、とても綺麗な人だ。
朝から如月さんに会えるなんて今日はついてる。
「どうしました? 元気がないようですけど」
「深見くんも見たでしょ? BBQ大会」
「ええ、見ました」
「すごくめんどくさい」
めんどくさい、というストレートな言葉に少し笑ってしまった。
「確かにめんどくさいですよね」
「しかもなに? 朝8時に集合って。そんな朝っぱらからやるの?」
「まずは24時間営業のスーパーに行って食材買うそうですよ」
「めんどくさっ」
その言葉にさらに吹き出す。
「だったらお昼から近くのスーパーで買えばいいじゃない。それにBBQの準備はどうするのよ」
「食材調達班とBBQ準備班に分かれるらしいです。食材を買ってきてる間に、片方の班がBBQの準備をするって書いてありました。それでみんなが集まったら食材を切り分けて……実際に始まるのは11時だったかな?」
「めんどくさいの極みね」
めんどくさいの極みってなんだろう。
「はあ、中止にならないかしら」
「回覧板には雨天中止って書かれてましたよ?」
「え!? ほんと!?」
とたんに顔を輝かせる如月さん。
っていうかさっきから質問ばかりだけど、スケジュールを読んでないのだろうか。
「BBQですからね」
「雨天中止……。なんて素敵な響きかしら。そうだ、深見くん! 私たちで雨を降らせましょうよ!」
「え? 雨をですか? どうやって?」
「てるてる坊主を逆さに吊るすの!」
「てるてる坊主を逆さに?」
「てるてる坊主を逆さに吊るすと雨が降るって言うじゃない?」
「い、言いますけど……」
「だから、BBQ当日までにたくさん作っといて、前日の夜に一気に逆さに吊るすの!」
「………」
意外と如月さんはピュアなのだろうか。
そんなことしても雨なんて降るはずがない。
でも如月さんの言葉を否定する気持ちは僕にはなく、「いいですね」と即答した。
「決まりね! じゃあ、今日からたくさん作りましょ」
「わかりました」
こうして僕らはてるてる坊主をたくさん作ることにしたのだった。
結論から言うと、僕のてるてる坊主作りは3日で挫折した。
理由は単純。
めんどくさくなったのだ。
新聞紙を用意して(コンビニで買った)ティッシュと輪ゴムを用意して(ホームセンターで買った)サインペンを用意して(100均で買った)、ひとつひとつティッシュで新聞紙を包んで輪ゴムで止め、顔を描く。
これだけの工程を何度も続けてるうちに、めんどくささだけが増して行った。
それにずっと作り続けるわけにもいかない。
大学のレポートもあるし、バイトにも行かなきゃだし、何よりゲームやマンガといった娯楽を我慢してまで作る意義があるのだろうかという疑問を抱いてしまった。
逆さてるてる坊主作戦はいい。
けれどもこれで雨が降らなかったら、僕がやってる作業は徒労に終わってしまう。
そう思うと、てるてる坊主作りにも精が出なかった。
そしてそれは如月さんも同様だったようで、次のゴミの日に再会したときに謝られた。
「ごめんね、深見くん。てるてる坊主、私そんなに作れなかった」
「僕もです」
「よくよく考えたら、こんなんで雨が降ったら誰だって天気を操れるよねって思っちゃったりして」
「ですよねー。ちなみに僕は30体作ったんですけど、如月さんは何体作ったんですか?」
「知りたい?」
「え、ええ、まあ」
「ビックリしないでね」
「はい」
「……3つ」
「え?」
「3つ」
す、少な。
予想よりはるかに少な。
如月さんは心底申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんね、言い出しっぺがこんなに少なくて……」
「い、いえ、そんな……」
「やっぱりこんなやり方でBBQ大会に雨を降らすなんてムリよね」
「そうですね。こればっかりは当日雨が降るように祈るしか……」
そう二人で話していると、突然背後から声をかけられた。
「おや? なんのご相談ですか?」
振り向くと、そこにいたのはアパートの上の階の中年男性だった。
えーと、確か……崎坂さんだったっけ?
この人も確か単身だった気がする。
僕は一瞬、躊躇したけれど、如月さんはあっけらかんと言い放った。
「実は今度のカササギ地区のBBQ大会、雨で中止にならないかなっていう話をしてました」
そんな如月さんの言葉に、崎坂さんは批判するでもなくゴミを捨てながら頷いた。
「ああ、そうですねえ。わざわざ休みの日に知らない人たちと混じってBBQなんてしたくないですもんねえ」
よかった。崎坂さんはこちら側の人間だった。
「ここにいる深見くんと逆さてるてる坊主を作ろうと思ったんですけど、これがけっこうめんどくさくて……」
「わかりますわかります。なんでしたら私もお手伝いしましょうか?」
「え? いいんですか?」
「私だって雨で中止になって欲しいですからね。手伝いますよ」
意外、と言うと失礼だがいい人だと思った。
単身赴任中のサラリーマンってあまりそういうのに関わろうとしないイメージがあるんだけど。
「でもてるてる坊主を作るよりももっと簡単な方法がありますよ」
「え? なんですか?」
「紙にえんぴつで雨を表現した絵を描くんです。傘でもなんでも。そうすると雨の降る確率が上がるそうです」
雨を表現した絵を描くと雨の降る確率が上がる?
そんなこと聞いたことがない。
第一、それが本当だったら世の中雨だらけじゃないか。
「でもただ絵を描くんじゃダメです。雨よ降れって念じながら描かないと」
「なるほど、要するに願掛けですね」
「ええ。どの程度効果があるかわかりませんけどね」
「そうね。てるてる坊主を作るよりは簡単ね。深見くん、これはいい案よ!」
「そうですね。絵だったら紙と鉛筆があればいいですもんね」
「ありがとうございます、崎坂さん。さっそく試してみます」
「あ、でも雨が降る日は設定できませんから、描くとしたら前日の方がいいですね」
他にも知り合いの方がいたらお願いしてみますよ、と言って崎坂さんは帰っていった。
次のゴミの日。
いつものようにいつもの時間にゴミ捨て場に行くと、そこには如月さんと数人の男女がたむろしていた。
誰だろう、あまり見たことのない人たちだ。
「如月さん、おはようございます」
「あ、おはよう。深見くん」
僕が挨拶をすると、見知らぬ男女もペコリと頭を下げた。
面と向かって「誰ですか?」と聞くのも気が引けたので、如月さんに目で訴えたら気持ちが通じたのか教えてくれた。
「深見くん、こちら隣のアパートの人たち」
「へ?」
隣のアパートの人たち。
確かにどこかで見たことがあるようなないような気がする。
「BBQ大会当日、私たちが雨を降らせようとしてるって崎坂さんから聞いて、お手伝いをしたいんですって」
「あ、そうなんですか」
これまた驚いた。
まさか崎坂さんの「知り合いがいたらお願いする」という言葉が本当だったとは。
というか、崎坂さんって隣のアパートの人たちとも知り合いだったのか。
僕は自分の住んでるアパートでさえ知らない人たちばかりなのに(如月さんや崎坂さんは別にして)普通はそういうものなのか?
「いやあ、我々もBBQ大会の案内を見てげんなりしていたんですが、雨を降らそうという計画があるって聞きましてね。これはぜひお手伝いをと思いまして」
人当たりの良さそうなサラリーマン風の男性が言うと、その脇にたたずむ派手めの女性も頷いた。
「そうそう。せっかくの日曜日になんでBBQなんてやらなきゃいけないんだよってあたしらも散々愚痴ってたとこなのよ」
そして隣にいるメガネをかけた青年も身を乗り出して訴える。
「ぜひ僕らも『雨よ降れ』大作戦に参加させてください!」
なんか、勝手に命名されてるし。
「ありがとうございます、頼もしいです」
如月さんが嬉しそうに笑うと、メガネの青年が恥ずかしそうにうつむいた。
あ、如月さん目当てだこいつ。ニヤけやがって。
若干胸がモヤッとしたが、でも仲間が増えるのはいいことだ。
「我々も、知り合いがいたら声をかけますね」
サラリーマン風の男性のその言葉に、如月さんは「よろしくお願いします」と頭を下げたのだった。
次のゴミの日。
人数はさらに増えていた。
今度は隣のアパートのさらに隣のアパートの住人、しかもその近くに住む地元の若者たちまでいた。
「あんたらが『雨よ降れ』大作戦を計画していると聞いてやってきた。オレらは生まれた時からこの町に住んでるんだけど、ここの強制参加ルールにはずっと疑問を持ってたんだ。雨が降って中止になるってんなら喜んで協力させてもらう」
「ありがとうございます。地元の方がいると心強いです」
まさかこの町の住人にもそう思ってる人がいたなんて。
意外とこの地区の結束はそんなに強くないのかもしれない。
ことここに至って、如月さんはひとつの提案をした。
「これだけ賛同者がいらっしゃるということでしたら、いっそのことBBQ大会前日の土曜日にみんなで集まりませんか?」
「土曜日にみんなで?」
「近くの公民館を借りて、みんなで雨を降らせるための準備をしたいと思うのですが」
「それはいい! 公民館ならオレらが使用許可申請して押さえておくよ」
BBQ大会を中止にするために、みんなで集まる。
なんだか段々、趣旨が変わってきた気がする。
そもそも知らない人同士で集まってBBQをするのが嫌だから雨を降らそうとしてるのに、なんでそのためにまた知らない人同士で集まるんだろう。
しかし僕は口を挟めなかった。
「ありがとうございます、助かります。それじゃあ、今度の土曜日。公民館でお会いしましょう。日程は追って伝えさせていただきますね」
「お願いします!」
如月さんの言葉にみんなノリノリで頷いていた。
そして迎えたBBQ大会前日の土曜日。
地元の若者連中が押さえた公民館には、総勢40名ほどの参加者が集まった。
正直びっくりした。
まさかこんなにも集まるなんて思ってもみなかった。
よく見れば崎坂さんもいるし、隣のアパートの3人もいる。
どうやら口コミでいろんな人に伝わって、賛同する人たちが一気に増えたらしい。
「皆さん、今日は来てくださってありがとうございます」
公民館の一室で、壇上に立って挨拶をする如月さん。
「なんとしても私たちの手でBBQ大会当日に雨を降らせ中止に追いやりましょう!」
如月さんの熱意ある言葉に全員が拍手を送る。
よく見ると、綺麗な如月さん目当てで来た人もチラホラいるみたいだった。
「ここに逆さてるてる坊主の材料と、紙とペンがあります。たくさん作りましょう!」
こうしてBBQ中止派40名による『雨よ降れ』大作戦が開始された。
実際、こうやって集まって何かをすると意外と楽しい。
お互い全然知らない人たちだけど、だからこそ余計な気を使わなくていいというか。
こういう集まりなら、アリかもしれない。
てるてる坊主を作りながら僕は漠然とそう思った。
そして次の日。
僕らの『雨よ降れ』大作戦が功を奏したのか、なんとこの日は大雨だった。
天気予報では降水確率10%だったのにも関わらずだ。
しかも雨が降ってるのは僕らの住む地域だけで、全国的には晴れ間が広がっているらしい。
当然、BBQ大会は中止となった。
地区内に流れる有線放送で係の人が残念そうにそう伝えていた。
僕らは勝った。
見事、雨を降らせることに成功した。
逆さてるてる坊主がよかったのか、雨の絵がよかったのか、はたまた両方か。
それはわからない。
けれども僕らは雨を降らせるのに成功したことで、再び公民館に集まっていた。
「皆さん、やりましたよ! 私たちの力で雨を降らせることが出来ました! BBQは中止です!」
如月さんの言葉に、みんな盛大な拍手を送る。
「これだけ多くの人たちが念じれば、願いはかなうんだと実感しました。本当にありがとうございます」
若干涙ぐんで見えるのは僕だけだろうか。
「これからも地区の行事があれば、またこうして集まって『雨よ降れ』大作戦を実行していきましょう!」
オオー! と大きな歓声が沸き起こる。
なんだかんだ言って、今回のことでかなり団結力が生まれた気がする。
人の力ってすごい。
如月さんはそんな彼らを見て、満面の笑みを浮かべて言った。
「ということで、これからみんなでBBQ中止を祝って焼肉食べ放題に行きませんか?」
「賛成!」
こうして僕らは、焼肉店へと足を向けたのだった。
如月さんのあとを追いながら、僕は心の隅っこでちょっと思った。
せっかく中止になったのに、結局みんなで肉を食べるんかーい! と。
おしまい
お読みいただきありがとうございました。