第五章 森を揺らす影
再び静けさが戻った森の中、二人はその場に立ち尽くしていた。
カインはリリスの手をそっと握り返し、静かに周囲を見渡す。
霧の合間から揺らめく樹影が、まるで生き物のように動いている。
「誰かが、俺たちを追っている」
カインの声に緊張が混じる。
リリスは恐怖で身体が震えそうになるのを必死に抑え、カインの背中にぴったりと寄り添った。
「なぜ……私たちを?」
カインは答えずにゆっくりと森の外へと歩を進めた。彼の足取りには迷いがなかったが、その目は深い森を映していた。
「わからない」
カインはぽつりとつぶやく。
「…何かがあるのか?」
黒衣の者たちが、森の奥にいるのが垣間見えた。
彼らは人間のようでいて、どこか異形だった。
月明かりに浮かび上がったその輪郭には、常人にはない歪みがあった。
「走れ!」
カインがリリスの手を強く掴み、一気に走り出す。
枝が折れ、葉が揺れ、森の中に激しい足音が響き渡る。
リリスは息を切らしながらも、必死にカインについていった。
追いかけてくる影は確実に近づき、恐怖がリリスを包み込む。
しかし、その緊迫した瞬間、リリスの胸の奥に、これまでにない強い意志が芽生え始めていた。
「私は、ここで終わらせない」
心の中でそう決めた彼女の眼差しは、揺るがぬ光を宿していた。
森の闇と運命の狭間で、リリスとカインの逃走劇は激しさを増していく。そして、この先に待つ真実と対峙するため、彼らは進み続けるのだった。
意図せず森の奥深く、二人は駆け抜けていた。枝葉が容赦なく顔や腕に当たり、リリスの息は荒くなる。だが、後ろから迫る足音は遠くなるどころか、確実に近づいていた。
「こっちだ!」
カインは声をひそめ、低い場所へと誘導した。
小さな渓流の岩陰に身を隠す二人。リリスは体を震わせ、心臓の音が耳の奥で響いていた。
息をするのも苦しいほどの緊張の中、カインがそっと肩を抱き寄せる。
その手の温もりが、わずかに現実感を取り戻させた。
「大丈夫だ。俺が必ず守る」
その言葉には言葉以上の力が宿っていたが、リリスの心はまだ揺れていた。
「どうして……助けてくれるの?」
言葉は震えていた。彼女にとって、誰かが“自分側にいる”ことは初めての経験だった。
カインは答えず、遠くの暗がりを見据えた。
「理由なんていらない。君が、今ここにいるだけでいい」
しかし、森の闇は深く、彼らを逃がす気はなかった。かすかに聞こえた囁き声のような不気味な声が、風に乗って流れてきた。
「もどれ……モドレ……戻レ」
幾重にも重なる声が、風の中から響き渡った。
リリスは恐怖に震えたが、その中に決意も見え隠れした。
「私は、誰かに守られるだけの存在じゃない。
――あの日、誰にも抗えなかった自分を終わらせるために。私にも、守りたいものがある」
カインはその言葉に一瞬、驚きと共に微かな笑みを浮かべた。
「それでこそだ」
不穏な気配の中、二人は再び立ち上がり、森のさらに深みへと足を踏み入れた。
彼らの背後で、黒衣の者たちの影が蠢き、次第に包囲網を狭めていく。
リリスの心には恐怖と希望が入り混じり、闇の中でも一筋の光を求めていた。
その光は、やがて彼女の運命を大きく動かすことになる。
誰かが読んでくれるといいなぁ(人´꒳`)♡⃛ꕤ