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花の贖罪 笑えと貴方は言った  作者: 雛雪
第十四章
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記憶の裂け目

霧が晴れゆく森の奥、リリスは祭壇跡の中央に立っていた。

エヴァとカインはすぐそばにいたが、霧の濃さが三人の距離さえ隔てていた。

古の祭壇に触れかけたとき、突如現れた老神官によって、リリスの名は呼び出され、

世界花――ラフレア――の「飢え」が再び語られた。その一言が、凍りついた記憶の表面をなぞるように、彼女の中で波紋を広げていった。

「……なぜ、ここに一緒にきたの?」

リリスはぽつりと問うた。視線はまっすぐ、エヴァに向けられていた。

「私を……また、捧げに来たの?」

その声に棘はない。けれど、深く沈んだ感情がにじんでいた。

エヴァは言葉を探すように唇を閉ざした後、視線を逸らさず答えた。

「……違う。私は、真実を知りたかったの。あの日、貴女が“どうして生き延びたのか”……」

彼女の声は震えていた。母として、姉として、そしてかつて“自分が選ばれなかった側”として。

「あなたは……私があの場を立ち去ったあと、生きていた。けれど、誰も何も語らなかった。 

この森の深部に何があったのか、ずっと――恐ろしくて、訊けなかった」

リリスはその言葉に目を細める。

忘れていたわけではない。だが、思い出そうとするたびに、記憶は霧に包まれたように曖昧になった。

「……私は、誰かに『生かされた』。でも、それが何だったのか、なぜだったのか――今も、はっきりしない」

彼女の手が、石の祭壇のくぼみに触れる。

その瞬間、周囲の霧がふっと色を変えた。灰から蒼へ、蒼から緋色へ――

まるで記憶が、空間そのものに染み出したかのようだった。

「離れろ、リリス!」

カインが駆け寄ろうとしたが、何かに弾かれたように足を止めた。

視界に、花弁のような“影”が漂いはじめる。

それはラフレアそのものではない。けれど、その残滓――霊的な“反響”が、記憶の断片を具現化させていた。

――泣いていた。

――声が届かない。

――それでも、誰かが呼んでいた。

《……あのとき、私を抱きかかえたのは……》

リリスの頭に閃光のような映像が差し込んだ。祭壇に倒れる自分。滴る血。手を伸ばす男の影。そして、その声――

「お前はまだ、生きる役目を終えていない」

その声が、カインのものと重なった気がした。

「カイン……?」

彼は動かなかった。ただ、静かに彼女の名を呼んだ。

「……リリス。もうそこにいるな」

それは命令ではなく、願いだった。

リリスは祭壇からそっと手を離し、霧が晴れゆく中、こちらへ戻ってくる。

エヴァは彼女を抱きしめた。強く、そして悔いを込めるように。

「許して、リリス。私は……あなたを信じきれなかった。

 あの夜、あの場所で……あなたが私ではなく“選ばれた”ことが、ただ、苦しかった」

リリスはそれを受け止めた。けれど同時に、その奥にあった“真実”に、心が近づいていくのを感じていた。

そして再び、老神官の声が割って入った。

「選びし乙女は、今一度“世界花”の糧となる運命にある。

 お前たちはその輪廻から、決して逃れられぬ」

カインが一歩前に出た。剣を抜かず、静かに、しかし強い目で彼を見据える。

「俺は、そんな運命に従うためにここへ来たんじゃない。

 ……この世界を、守るためだ。たとえ“選ばれた者”が誰であろうと」

老神官は静かに、しかし不気味に笑った。

「ならば試すがいい。封じられし根が、再び目覚めようとしている。

 お前たちの誓いが、本物かどうかを――」

地の底から、再び“根の鼓動”が響いた。

封じられていたラフレアの残滓が、今まさに動き出そうとしていた。

だが今度は、リリスの瞳が揺るがなかった。

18年という歳月は、彼女に“生きる覚悟”を与えていたのだ。

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