封じられた祭壇
開けて明くる日、リリスとカイン、そしてエヴァは護衛の騎士を数名引き連れ、森の北端にあるという祭壇跡を目指していた。カインは一人で行こうとしたが、リリスもエヴァも、私たちも行くと言って譲らなかったのだ。
まだ陽の光が木々の隙間にわずかしか射し込まない中で、森はどこか息を潜めているようだった。
リリスはカインの背を追いながら、前を歩く彼の足取りに視線を落とす。
無駄がなく、的確で、静かに周囲に意識を張っているのが分かる。
――この人は、なぜ私を見つけたのだろう。
――なぜ、あの日、私の名を呼べたのだろう。
思考が渦巻いていく中、突然カインが立ち止まった。その前方に、蔓草に覆われた石造りの遺構が姿を現す。
「ここが……」
「ラフレアの根が伸びていたと言われる、古の祭壇跡だ」カインは低く呟いた。
古びた石の祭壇には、無数の祈祷文が刻まれていた。だが、それは剥がれかけ、ほとんど判読不能だ。
中央にはくぼみがあり、かつて何かを捧げた痕跡のようにも見える。
リリスが一歩近づいた瞬間――
「リリス、下がれ!」
カインが咄嗟に前に出て、彼女を庇った。
地面がごそりと揺れ、石の間から黒く蠢く根のようなものが覗いたのだ。
「……まだ、生きてる」
エヴァの声は、かすれていた。
「嘘……ラフレアは封じられたはず。あのとき、私……」
「それを確かめに来たんだ」
カインが短く答える。君が“どうやって”生き延びたのか――すべては、この場所と関係している」
リリスは石のくぼみを見つめた。
何かが心の奥に触れている。痛みでも、恐怖でもなく、記憶のようなもの。
彼女がその場所に手を伸ばしたとき、不意に――
「触れるな!」
声と共に現れたのは、一人の男だった。
顔に傷を持つ、老いた神官風の男。その手にはエンソーフの古紋が刻まれた杖が握られている。
「ラフレアの封印を解けば、この国は滅びる。お前たちはその扉を開けに来たのか!」
カインがすぐに前に出て、剣に手をかけるが、男は怯むことなく杖を突き立てた。
「リリス・アツィルト……お前は再び選ばれようとしている。世界花が、また“飢えて”いるのだ」
その瞬間、地面が低く鳴動し、祭壇の中心から白い霧が噴き出した。
リリスはその霧の中に、微かに笑う“花の影”を見た――それは、かつて彼女を飲み込み、今もなお彼女を縛る存在だった。
「私……まだ、逃れられていない……」
リリスの声は、震えていた。
だがそのとき、彼女の手にそっと触れる指があった。
カインだった。彼は何も言わず、ただその瞳で「信じろ」と伝えていた。
二人の前に立ち塞がる“過去”が、再び目を覚まそうとしていた。