表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花の贖罪 笑えと貴方は言った  作者: 雛雪
第九章
10/15

侯爵家の影

霧が薄れ、朝の淡い光が森の木々の間を差し込む頃。リリスはカインの腕に支えられ、ゆっくりと歩みを進めていた。

「ここまでは、何とか…」

彼女の声はまだ弱々しく、震えていたが、どこか凛とした強さもあった。

カインは黙って彼女の歩調に合わせながら、時折、遠くの森の奥を見据え、何かを探るような表情を見せた。

やがて森を抜けると、丘の向こうに大きな石造りの館がその姿を現す。侯爵家の居城だ。


「ここまで来れば安全だ」

カインは短く告げ、扉の前で深く息を吸った。

リリスも肩を正し、覚悟を決めるように頷いた。

館の中は静謐で冷たい空気が漂い、重厚な家具と高い天井が威厳を醸し出していた。

カインは無言で階段を上り、居間へと向かう。

リリスはその背中を見つめながら、胸の奥に重くのしかかる感情を押し込めた。


「ようやく戻ったのね、カイン。夜通し黙って姿を消すなんて、どういうつもり?

お父様も留守のまま…まったく、あなたたちはいつも似た者同士ね」」

そのとき、階下から静かな足音とともに、怒りを含んだ、けれど柔らかな声が響いた。

見下ろすと、そこには咲き誇った花のような年上の女が佇んでいた。

「母上、起きてたのか…」

カインの母、エヴァだった。

彼女はカインの横にいる少女の姿を見とがめると、やがて言葉にならない衝撃でおののいた。


「リリス…」

その名を口にした瞬間、エヴァの瞳から一気に色が引いた。

18年――時の流れは残酷なはずだった。

だが、目の前の少女は、あの日花の下に消えたままの姿で立っていた。

信じがたい光景に、彼女の手がわずかに震える。

口元を引き結び、ぎこちなく微笑もうとしたが、声は震えた。

「リリス……生きていたのね……」

「エヴァ…なの?」

その一言に、リリスは驚きと複雑な思いを抱きながらも、ただ静かに頷いた。

三人の間に張り詰めた空気。

言葉は少ないが、胸の内は嵐のように荒れ狂っていた。


侯爵家の静謐な館に、過去の亡霊が静かに舞い戻った。

それぞれの胸に重くのしかかる「真実」は、やがて新たな裂け目を生むだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ