香坂水希2
トウヤが動くということはあの二人が一緒に動くことになる。
が、人前に出せるわけじゃないので無難な人選をする。
「ほ、本当に呪文みたいな場所の名前ね」
「この京都だけは特殊なんだよ。っつっても俺も分かるわけじゃない」
マリアと一緒に京都の住所と格闘中だ。
古くからある町でトウヤの育った町とは勝手が違う。
だが外国人旅行者が多い場所というのは同じで、そう見えるマリアが一緒だと、
とても親切に道を教えてくれたので、目的地にたどり着くことが出来た。
「ここの5階だな」
「あ、移動する箱があるよ」
「エレベーターな」
地球で遊んだことのあるマリアは多少の慣れがあり、どんどん進んでいく。
「でも昼だし、普通は仕事してるだろうから不在だろうな。
そういえばミズキのお父さんって何やってる人?」
「……お母さんが死んでからはお酒を飲むだけになったそうよ」
「ご、ごめん」
ポーラ経由で話をするが、あまり深入りしてはいけない話になりそうだ。
ミズキは数か月前に母親が病死、その後、父親と二人暮らしになったが、
それと同時に荒れ果ててしまったことを教えてくれた。
それでも父親を助けてほしいとは、やはりただ一人の家族を大切に思っているということ。
根は優しい子なんだろうとトウヤは思っていた。
目的のフロアに到着し、部屋番号を見る。
「1……2……」
番号を数えながら進んでいく。
「ん?……ん!?何か臭わない?」
「え!?」
マリアが突然おかしなことを言う。
「臭うって……」
トウヤも確かめるが、よくわからない。
「どんな臭い?」
「なんか腐った臭い?」
疑問形で返されても解らないので無視しようとしたが、
少し歩くとトウヤにも理解出来た。
「確かに、もしかしてこっちの方から臭う?」
臭いの元を辿ると、505と部屋番号が書かれた扉にたどり着いた。
「505……まさか!?」
トウヤは嫌な予感がした。
「マリア、こっからは念話で話せ」
「!?」
突然の切り替えにマリアは驚いたが、しっかり頷いた。
それを確認したトウヤは扉を開けようとした。
(鍵は……掛かってないのか)
扉をゆっくり開けると室内から嫌な風が吹くと同時に、強烈な臭いに襲われた。
(これは……もう……)
服で口元を覆い、室内に踏み込む。
「マリア、俺が奥へ行く、ここで待っててくれ」
自体の異常さを理解したマリアは黙って頷いた。
室内に痕跡を残さないよう体全体を魔法で覆い、少し浮いた状態で室内へ進む。
そしてリビングと思われる部屋に入ると、思った通りの物があった。
「ポーラ、悪い知らせ。ミズキの父親はもう亡くなっている」
「え!?どうして!?」
「見た感じ、酒缶が側に落ちてるから、急病でその場でって感じだ。
それに腐乱が始まっているからだいぶ前に亡くなったんだと思う」
それで「お父さんを助けて」か。
母親の病死で父親が荒れ果て、ミズキが面倒を見ていた。
そしてミズキが監禁されたことで父親の歯止めが利かなくなったということだろう。
「ミズキ、全部持ち出すわけにはいかないが、何か持っておきたいものとかある?」
遺体を放置するわけにはいかない。
だがトウヤもマリアも警察等に身分を証明できない人間なので直接通報は出来ない。
よって見つかりやすいよう放置するしかないが、ここはミズキの家でもある。
私物があり持ち出したいが、先の監禁事件からミズキは行方不明扱いとなっているのに、
ミズキの私物だけ無くなっていると何か事件を疑われる。
それを防ぐために私物を放棄してもらわないといけないが、
一部無くなっている程度は当人以外気付かないので大切な物だけ持ち出そうと思った。
「……部屋の奥に位牌があるから、その傍にある写真だけは欲しいって」
「写真……ああ、これか」
写真は三枚あった。
まず女性の写真が一枚、ミズキの母親だろう。よく似ている。
そして三人で写る写真。少女はミズキ、女性は母親ということは家族写真のようだ。
最後は幼い子供が二人、ふて腐れたような顔の子と笑顔の子。
笑顔の子はミズキに似ているから、幼少期のミズキか?
となるともう一人は?
「写真が三枚、女性が一人と三人の家族写真?それと二人の子供の写真があった。
どの写真かミズキに確認してくれ」
「……三人と二人の写真だって」
「わかった、この二枚を持ち出して、警察の対応まで見届けるよ」
「お願い」
トウヤは写真を回収すると、入り口で待機するマリアと共に部屋を出た。
警察の対応を陰で見守りながら、ミズキの家族について教えてもらった。
ミズキには元々、両親の他に兄がいたらしい。
その兄は母親の連れ子でミズキの異父兄になる。
そのため、父親は兄に厳しく、ミズキに甘く接していて、
その影響からか兄はミズキを嫌っていたそうだ。
今思えば兄は元々冷淡で、無関心な性格だったのかもしれないとミズキは言う。
母親はそのことに悩みながらも、兄とミズキを平等に愛したようだ。
だが5年前、暴走車に気付かず道路に飛び出したミズキを庇い、兄が死亡。
ミズキを嫌っていた兄が庇ったというのは母親のお陰かもしれない。
だが家族に亀裂が入り、崩壊の一途を辿ったのはこの頃からだ。
兄が死んだ影響で母が病に苦しむようになった。
そして父は「ここから本当の家族を」と口癖のように言いながら、
母とミズキに過度な愛情を注いだそうだ。
だが、母は闘病も空しく他界。ミズキと父親が残された。
そして母を失ったことを受け入れられない父の
過度なまでに注がれていた愛情の矛先は、よく似た容姿のミズキに集中した。
それが歪んだものであっても。
酒に溺れ、ミズキに母の姿を重ねる父親。
そんなところから逃げ出した先にあの監禁事件。
そしてそこから抜け出せた途端、父親の死亡。
話を聞いているだけで気分が暗くなっていた。
「ミズキのお父さんは無縁仏ではあるが、お母さん、お兄さんのお墓があるから
そこに埋葬されるようだ。一応、後でミズキの名前も加えられるかもしれないが、
所在ははっきりしている。気持ちの整理が出来たらお参りに行ってあげな」
「……はい」
ミズキの扱いは監禁事件から自力で抜け出し行方不明とし、
実際は管理局に保護されることになった。
強大な魔力を有していることから局の監視下に置かれ生活する。
家族が全ていなくなってしまい、行く当てがない事、
そして、この国の法律では行方不明の確認から一定期間が経つと
死亡扱いになる制度を利用しての案だ。
画面越しで話すミズキの顔は戸惑ってばかりだが、
魔法の認識も徐々に受け入れられているようでトウヤは安心した。
「ま、困ったことがあったら言ってよ。同郷のよしみで力になれると思うし」
「同郷……京都の方なんですか?」
「いや、横浜の人間なんだ」
「そう……ですか」
するとミズキは不思議な質問をした。
「ご両親って……どんな人ですか?」
「え?どうしてそんなこと聞くの?」
「あの……気のせいかもしれませんが、お母さんに似ている気がするんです」
「え?」
トウヤは回収した写真を見る。
そう、トウヤとミズキは似ている。そしてミズキは母親と似ている。
ならばトウヤはミズキの母親と似ていることを意味する。