隠れてやってる
どれくらい経ったのだろうか?
暗く閉ざされた世界では時間の感覚が無い。
ただ、暖かな陽気だったのが、ジメジメしてきて、そこに暑さが入り始めたのはわかった。
つまり、春から梅雨時期に入り、まもなく明けようとしているのだろう。
ここに監禁され三ヶ月ほどだろうか?これだけ閉じ込められたら家族が心配はずだが、
不幸なことに母親は監禁される数か月前に死去。
その影響で父親は酒に溺れ、自分に母親を重ねて慰み者に使うようになった。
そして今、あの人達に監禁され慰み者に使われ生かされている。
「あーあ、ソッコーで壊れるとかツイてないな」
「完璧だと思ったんだが、そう簡単にはいかないか」
あの人達の声がする。帰ってきたようだ。
「おい、ちゃんと処分したんだろうな?」
「はい。こいつが埋めるとこ、しっかり見届けました」
「へっ、いいよなぁ、いいとこの坊ちゃんは何でも持ってて」
「ひっ!お、脅かさないでください。あんなの、もう関わりたくないですよ」
「ああっ!?てめぇだけ抜けるとか許さねぇぞ?」
「ああ、お前の家の敷地内で起きて、お前の家の車で運んで埋めたんだ。
俺達と違って、お前が知らねえで済むわけないよな?」
「そ、そんな……」
「そうそう、お前も美味しい思いしてるんだから共犯だぞ」
「うう……」
部屋に明かりがつくと、眩しさで目を閉じた。
「さて、み~ずきちゃ~ん、今日も遊ぼうぜ~」
名前を呼ばれ、恐怖で体が強張る。
また始まる。あの人を死に追いやった、地獄のゲームが。
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珍しく一人の時間が出来たので、トウヤは気分転換にメリオルの街を、
当てもなくブラブラと散歩している。
ただ何となく、目についた美味しそうなお菓子を食べ、飲み物を飲み、
何となく高台から街の景色を眺めて過ごしていた。
休日を自由気ままに過ごす、いい気分転換になっている。
「あ、リンシェンの手伝い……は忘れよう」
休日にも仕事の事を気にするなんて、とんだジャンキー野郎だと思った。
休日くらい仕事を忘れて過ごしたいものだ。
ふと路地裏の光景が目に入ると、一人の女性を数人の男性が取り囲んでいるのが見えた。
「うっ……」
一瞬体が動いたが、止まる。
「せっかくの休日に……もうっ!」
無視したらいいものを、無視出来ない心が勝り、再び動き出した。
そしてトウヤが女性の元に到着するまでにもう一人、男が増えていた。
どうやら女性の知人のようで、チンピラ風の男達から庇うように立っている。
チンピラは例に漏れず大柄で威圧的、対して女性は小柄で怯えており、
間に入った男性は小柄ではないが、平均的な優男のようだ。
「兄ちゃん、こっちは怪我した慰謝料を貰いたいだけなんだよ」
「怪我……とてもそのようには見えませんが?」
「痛てぇよ!目に見えないだけで中の骨が折れてんだよ」
「折れているのならすぐに病院へ行った方がよろしいですよ?」
「その間に逃げようって魂胆が見え見えなんだよ。いいから払えよ!」
「そちらからぶつかったように見えましたが?それで払えとは、言いがかりですよ?」
よくある言いがかりの内容にトウヤは呆れてしまった。
(ここにもこんなのいるんだな)
止めようか止めまいか迷い身を潜めているが、
ここは優男さんに頑張ってもらいたい。
暴力的な展開になったら止めようと思ってたら、それはすぐに訪れた。
「ごちゃごちゃ言ってると痛い目見るぞ!」
チンピラが腕を上げ、殴ろうとしたので、トウヤは掴んで止めた。
「はい、そこまで。殴る蹴るをやるなら相手するよ」
「ああ!?関係ねぇ姉ちゃんは引っ込んでろ!」
中性的な顔立ちのトウヤを姉ちゃん呼ばわりはいつも通り無視する。
「局の魔導士だ。これは見過ごすことは出来ないよ」
「きょ、局の魔導士だと!?」
周りの連中はその名前で怯み動揺したが、
殴ろうとしていたやつは興奮しているのか、とても好戦的で強気に出た。
「局の魔導士だろうが関係ねぇ!こっちは数で勝ってんだ!」
「へぇ、やるんだ」
「局の魔導士が一般人に魔法で応戦する方が問題になるぞ!」
一応、法律上、局の魔導士は一般人に対しての戦闘行為は認められていない。
力の強い側がやる、そのような行為は殺人に近い暴力行為で、
許されないのは当然の倫理で義務でもある。
だがそれはトウヤも承知の上だ。
なのでトウヤはいつも通りの対応をする。
「そんなもの、こっちだって解ってんだよ!」
気当てで威圧感と恐怖心を煽る。
「ひ、ひぃ!」
周りの連中は即座に逃げ出した。
「お、おい!待て!ちくしょう、覚えてろ!」
お決まりのセリフを吐き捨てると、全員逃げて行った。
「よくあるド定番過ぎて逆に覚えられねぇよ」
トウヤは大きく溜息を吐くと、残った二人に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「はい、助けていただきありがとうございます」
優男さんは女性の背中にポンと手を置くと、女性の方も安心したような表情に変わった。
ふとある事に気付いた。
女性は魔力がやや垂れ流し状態なのに対して、優男さんはしっかり留めている。
(この優男さん、高ランク魔法使いだ)
高ランクの魔法使いは魔力を綺麗に留めることが出来ているので、一目でわかる。
もちろん目に魔力を集めて強で見た時の話だ。
「局の魔導士の方ですよね?お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「エルメント・ジュエル所属のホシノ・トウヤです」
「トウヤ?偶然ですね。僕はトウヤ・イブキ、あなたと同じ名前なんです」
「おお、それは、今後ともよろしくお願いしたいですね」
「はい、何かあった時はエルメント・ジュエルさんにお願いしたいですね」
意外なところで新規のお客さんが獲得出来た。
「彼女はナギレア、話すことが出来ないので、無言でも許してください」
イブキに紹介されたナギレアは深々と頭を下げた。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
トウヤも同じように深々と頭を下げた。
トウヤが頭を上げるとナギレアはイブキの裾を引き、なにか合図を送った。
「ああ、僕も同じことお考えていた」
二人の中で何かの話がまとまったようだ。
「実は彼女、この近くの飲食店で働いているんです。
今回のお礼としておもてなししたいのですが、お時間はありますか?」
「お礼なんてとんでもない。そんな大層な事したわけじゃないので気にしないでください」
「で、でも……」
「なら、ギルドの事、少し宣伝してもらえれば十分ですよ」
「いいのですか?」
「対価としてはこちらがもらい過ぎなくらいです」
「そうですか、そうおっしゃるなら、そのようにさせていただきます」
二人は深々とお礼をした。
「ええ、ではこれで失礼しますね」
「はい、ありがとうございました」
そう言うと二人は去っていった。
(幸せそうないいカップルだな)
イブキは見るからに優しそうなイケメン。
そしてナギレアは凄く笑顔がいい人だった。
(しかしイブキさんは何者だったんだろうか?)
正体を隠しているのか、それとも……
訳ありさんだろうが、詮索はしないようにした。