合うケーキ・合わないハナシ
「こちらバスクチーズケーキと」
女性店員がやってきて、おいしそうなケーキの載せられた皿を机に置いた。外側はこんがりと焼けていて、中は見ただけでも柔らかさを保っている。まさに完璧なバスクチーズケーキだと言えた。
「アイスコーヒーです。ごゆっくり!」
「マスター」がノリノリで挽いた豆をお湯で濃いめに淹れた後、氷を入れたグラスに入れるのだ。アイスだというのに、挽きたての豆の香りが漂ってくる。男は思わず、グラスを手に取って飲む。
「くーっ、沁みるねェ」
「お酒じゃないんだから。ね、このチーズケーキおいしそうじゃない?」
「そうだな。これでコーヒーと合わせて500円だろ?毎日でも通いたいね」
待つあいだ、動くフルフェイスヘルメットをずっと観察していた2人だが、だんだんそれを無視して話す余裕もできてきた。現実逃避していたのかもしれないが。女は細かい模様があしらわれたスプーンを持ってケーキをすくい、口に入れた。濃厚な甘みが嫌味なく広がる。
「んーっ!美味しいっ!ね、食べてみてよ」
「わーったよ。…ん、本当に美味いな。コーヒーに合うな」
「最近K駅の中になんかできたじゃない?チーズケーキの有名なやつ。あそこより断然美味しいかも」
『いやあ、照れますね。そこまでお褒めいただくと』
いつのまにか、頭上に「マスター」の姿があった。
「…すみません、なんでヘルメット被ってるんですか?」
「ちょ、それ聞いていいのかよ」
『これですか?あー...まぁ…ちょっと事情があって外せないんですよねー』
((怪しッ!!))
沈黙。
「あっ、えっと...このチーズケーキ、あの女の方が?」
『いえ。私が作りましたよ?彼女には接客しかしてもらってないですから。』
「すごいですね!コーヒーだけじゃなくてケーキまで美味しいだなんて。」
『私の父がパティシエでしてね?高校を卒業して、父の店を継ぐってなった時にみっちりしごかれましたよ。このバスクも父のレシピです。私にとっても思い出の味なんですよ。もう随分前に亡くなってしまいましたけどね』
「マスターはどれくらい店をやってらっしゃるんですか?」
『もうかれこれ50年くらいですかね。』
((えっ…?))
沈黙。
『おお、少し喋りすぎてしまいましたね。ごゆっくりお過ごしください』
そう言うと、「マスター」はカウンターの方に戻って行った。残された2人の脳の中はクエスチョンマークででいっぱいになっている。
「ねえ、高校卒業してから50年ってことは、あのマスターは最低でも70歳手前ぐらいってことだよね?」
「いいやおかしいだろ…声は確かに渋いけど60代の声じゃねえよ。動きも若々しすぎて変なくらいだぜ。」
「そもそもさ、そんな歳でヘルメット被って人前に立ってるのも怪しいしさ…あの人人間なの?」
「……俺気づいちまったんだけど、普通ヘルメット被ってたら多少声がくぐもって聞こえるもんじゃん?あのマスターの声、ダイレクトに聞こえてなかったか?」
「…」
冷房がやたら効いている気がする。それ以上の会話は無く、2人はコーヒーとケーキを平らげた。
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