スリック
三人のうち二人が寝ている。正確には酔い潰された。生き残っているのはケイ君だけだ。正確にはケイ君でさえ生き残ろうとしている程度だ。
「あんた、どれだけ飲むんだ?」
おじさんは平然とウイスキーを飲んでいる。
「お前らとは開けてきたボトルの数が違うんだよ」
ケイ君の煙草の先は灰皿の上で揺れている。それを眺めながらおじさんはたずねる。
「バンド名はあるのか?」
「特に決めてない。英語もよく知らないしな」
やっと僕が喋れる番が来た。
「おじさんは翻訳家なんだよ」
ケイ君は真っ赤な目を開く。
「あんたが英語しゃべれるのか?」
おじさんは首を左右に振った。
「ヒアリングとスピーキングは人並みだ。俺は読み書き専門だよ」
煙草の火を押し消し、ケイ君は言う。
「何か単語教えてくれよ」
おじさんがいつもの笑顔になった。
「そうだな。スリックなんてどうだ?」
「何だよ、それ」
「古臭い言い方だと『キメてる』ってとこか。『格好良い』って意味だよ。不良の誉め言葉だ」
「響きが悪いな」
ケイ君はそう言うとグラスに残ったウイスキーを一息で飲み干し、眠りに落ちた。
僕は悪くないと思いながら、ケイ君の真似をしてグラスのオレンジ・ジュースを一息に飲み干した。何も変わらないなと思っていたら、おじさんに頭を撫でられた。