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届かなかった歌声

おじさんはマーシャルのアンプにギターをつないでいる。

「おじさん、エフェクター使わないの?」

しばらく僕を無視して準備したところで僕にマイクを渡した。

「何か喋ってみろよ」


あ、あ、あ


いつもと違う僕の声が聞こえる。

「お前の声は、人にそう聞こえてるんだ。まず自分の声を知るところからだ。聞きなれたら声域を測ってやるよ」

やはりこの人は人に何か伝える心がない。「セイイキ」と言われてもよく分からない。僕も腹が立つ時くらいある。

「おじさん!本当におじさんは何か歌えるの?」

おじさんは笑顔を浮かべている。僕はまた怒りを忘れたが、一度言った手前引き下がれない。

「何か歌ってよ!」

「俺が歌うのか?」

僕が頷くと、おじさんはしばらく考え込んだ。

「ギターしかないぜ?しかもエフェクターも持ってない」

「本当は歌えないんじゃないの?」

おじさんはアンプを調整し始めた。

「何がいい?」

「何でもいいよ」

「ギターだけで、しかもアンプのひずみだ。やれる曲も限られるし、何年も歌っていない」

僕は疑い始めた。

「言い訳はいいよ」

おじさんはまた考え込んでいる。

「ギター一本ならバラードだな。ルイはエアロスミスのクラインとエンジェル、どっちが好きだ?」

どちらもかなり高い曲だ。そしておじさんの声は人並みの高さだ。

「歌えるの?」

「ああ。結局無駄だったが、ウイスキーでうがいしながら練習した」

「クライン、弾いてくれる?」

おじさんはイントロを弾き始めた。クリーンに切り替わるところもひずんでいたが、僕は気にもとめなかった。そしてボーカル・パートに入った。


おじさん、エアロスミスはやっぱり格好良いね

そしておじさん以上に格好良くクラインを歌える人は、スティーブン・タイラーだけだって思ったよ

僕は、精一杯の生意気を言うよ

悪くなかった


「どうしてあんな高い声出せるの?」

おじさんは息切れしている。

「ボーカルは低音を下に伸ばすことは不可能だが、高音は伸びるんだよ。もっとも、俺の高音は細いが」

僕はいくらか虚脱していた。

「プロになりたかったの?」

「プロ志望とさえ言えなかったんだよ」


初めておじさんの顔に悲しみの色が浮かんだ。

思い返せば歌声はいくらか悲しげだった。


「教えてやるよ」

「うん」


その夜は声域を図る作業で一時間が過ぎた。帰り道はエアロスミスが流れていたけど、おじさんはクラインだけを飛ばして信号機の赤い光を眺めていた。


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