5 世界樹の守護聖獣
「ちょっ、どこへ行くんだ?」
「聖獣様のところに決まってるです」
カエデは振り返りもせずそう言うと足を進めて闇に消えようとしていた。
俺はこんな暗闇の中に一人取り残されたくなくて慌てて立ち上がるとカエデの後を追う。
完全に腹の穴は治っていて、ぽっかりと破れ、血が付いた服だけが確かに俺の腹に穴が開いていたのが夢では無いと告げている。
思ったより足の速いカエデに引き離されまいと早歩きを続けた俺は「ついたです」と言う彼女の言葉に足を止めた。
カエデの目の前には少し大きめの扉があり、彼女はそのノブに手を掛けて扉を開いた。
「まぶしいっ」
勢いよく開かれた扉の向こうから光が濁流のようにあふれ出し俺を包む。
暗闇に慣れていた目には余りに強烈すぎる光が目を焼いたのか、脳内で『損傷を修復します』という言葉が響く。
と同時に一瞬で視界が開けた。
「ここが本当にあのダンジョンの中なのか?」
扉をくぐり抜けた先に広がる光景は、そこがダンジョンの奥地だと言うことを忘れさせるほどの光景だった。
どれだけの高さがあるのかわからないほどの天井は、それ自体がまぶしく光り輝いている。
俺の知識から無理矢理当てはめるとすれば多分高純度の光石だ。
「あれだけの純度の光石。ひとかけらでもとんでもない値段が付くぞ」
光石は魔力を流すことで光を発する鉱石で、純度が低いものでもかなり高価な代物である。
魔力を流せば光るのでダンジョン攻略を目指す冒険者には特に人気だが、高ランクパーティの稼ぎでもなければ手に入れることも難しい。
王侯貴族や金持ちの間では、純度の高い光石は金なんて目じゃないほどの価値で取引されていると聞く。
そんな光石がびっしりと天井一面に広がっているのだ。
そんな光石からゆっくりと視線を下げる。
すると今度はとてつもなく巨大な木が俺の視線を埋めていく。
「世界樹見るのは初めてです?」
「これが、世界樹なのか」
「まだ幼木なのです」
今まで見たことも無いような巨木であるのに、それがまだ幼木とは。
伝説でしか聞いたことが無いが、世界を支えていると言われる世界樹が今目の前にあるという事実に俺は頭が追いつかない。
「聖獣様は世界樹が成長するまで外敵から守るために生まれたですよ」
「そうだ、その聖獣様ってどこにいるんだ?」
「あそこにいらっしゃるです」
カエデの指さす先は世界樹の根元。
その根元にはまるでマフラーのように真っ白な何かが巻き付いていて。
「まさか」
ただでさえ巨大な世界樹の周りにぐるりと巻き付いたソレが、俺たちが来たことに気がついたのかゆっくり動き出す。
そしてその顔をこちらに向けた。
「ドラ……ゴン?」
その顔はドラゴンのように見える。
見えるのだが、今まで書物や実際に見たことのあるドラゴンとは決定的に違う部分があった。
それは全身に柔らかそうな毛が生えているところだ。
顔だけ見るとふわふわな毛を生やした犬のようにも見える。
『ふむ。カエデが変な声が聞こえると言っておったが』
俺が目の前の魔物の正体について考えていると、突然俺の脳内にそんな声が響いた。