4 カエデと不死の力
「死ぬかと思った……って、俺もう死んでるんだったか」
いきなりとんでもない力で殴り飛ばされた俺は、洞窟の壁面らしき所にたたきつけられ一瞬意識を失った。
殴られた瞬間、顔中の骨がバラバラになったように感じたが、死後の世界では怪我はしないらしい。
「何を言ってるです? というかどうして死んでないですか?」
そう言いながら仁王立ちで壁に背を預けて座り込んでいる俺を見下ろすのは給仕服の少女。
こんな場所にはあまりに場違いなその姿に俺は面食らった。
もしかすると彼女は死神なのだろうか。
「誰が死神です?」
「君が」
「カエデが死神だなんて、失礼すぎるです!」
彼女の名前はカエデと言うらしい。
そして死神では無いという。
「人間のくせにカエデの全力パンチを受けて死なないなんて、お前こそ何者です?」
「俺は……」
自己紹介しようと口を開き掛けるが、カエデはそれを待たずに自らの拳を振り上げる。
「とりあえずもう一度試してみるですか」
そう言うとカエデは俺に向けて音速をも超えそうな拳を振り下ろそうとした。
俺は慌てて顔を守るように両手をあげ、目を閉じ衝撃に備えた。
しかし、その衝撃がいつまで経ってもやってこない。
「その指輪は……」
カエデの驚きを含んだ声に、俺はゆっくりと目を上げる。
そしてカエデの視線が俺の左手の人差し指に嵌まった指輪を見ていることに気がついた。
「指輪? アレって夢じゃ無かったのか」
目覚める前。
俺はたしか何やら指輪のようなものを夢の中で填めた。
その後不思議な声が頭の中に響いて猛烈な激痛が走って、そのせいですっかりと指輪の存在を忘れてしまっていた。
「お前が盗んだですか! 盗人は天誅っ!!」
「ごぼはっ」
突然我を取り戻したのかカエデはそう叫ぶと、今度こそ俺に向けて拳を放った。
今度は腹だ。
ズボッ。
カエデの拳が俺の腹を完全に貫き辺りに血が舞う。
そして俺はもう一度壁にたたきつけられ――
『損傷を修復します』
脳内に響いたそんな声と共に腹の激痛が止まった。
「えっ」
「やっぱりその指輪は本物だったですね」
俺の腹を突き破ったというのに、何食わぬ顔で自らの手に付いた血をハンカチで拭いているカエデ。
その彼女の目はやはり俺の指に嵌まった指輪を見つめ続けている。
「いきなりなんなんだよ。死ぬかと思ったぞ」
「死なないですよ」
流石の俺も怒りを抑えきれず叫ぶ。
もちろん凶悪な力を持つカエデという存在に対する恐れはあったが、怒りがそれを上回った。
しかし、そんな俺の怒りの声に帰ってきたのは、そんなあっさりとした言葉で。
「死なない?」
「その指輪を填めている限り――その指輪にマスターとして認識されている限り貴方は死んでもすぐに修復されちゃいますですよ」
その言葉に俺は思わず不気味な指輪を外そうとする。
だがどれだけ引っ張っても指輪は抜ける気配が無い。
ただ指が痛くなるだけだと悟った俺が諦めるまで、カエデは無言で俺のそんな姿を見つめていた。
「はぁ……そうなってしまっては外せるのは聖獣様だけなのです」
「聖獣様?」
「世界樹の守り神である聖獣様を知らないとは、とんだ田舎者です」
いやいや。
確かに俺は出身こそドが付くほどの田舎だったが、才能を見いだされた後は都会に家を持ったこともある男だぞ。
「ついてくるですよ」
カエデはそう言い残すと、地面に置いていた明かりを拾い上げて俺に背を向けて闇へ向かって歩いて行く。
何がなんだかわからない。
だけど今はこの少女の背中を見失うわけにはいかない。
「ちょ、まってくれよ」
俺は慌ててそう口にしながら追いかけたのだった。
主人公は死なない体を手に入れた
本日も数話更新します。
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