3 新たな目覚めと謎の少女
「ここは……どこだ」
しばらくの間、何が起こったのかわからず呆然としていたが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
どうやら俺は今、土では無く岩のような堅い床の上に横になっているようで。
痛みと興奮が落ち着いてくると、ジワリジワリと背中から冷たさが体を侵し始めた。
「ううっ、寒い」
俺は慌てて上体を起こすとそのままゆっくりと立ち上がって回りを確認する。
といってもうっすらと光るヒカリゴケのようなもの以外は何も見えない暗闇だ。
どれだけ目をこらしても見えるのは闇、闇、闇。
自分が落ちてきたはずの天井を見上げるが、天井がどこにあるかもはっきりとはわからない。
だがヒカリゴケの小さな明かりからするとかなりの高さがあることだけはなんとなくわかる。
「あんな所から落ちてきたのに体はなんともないなんてな。しかもむしろなんだか体が軽い気がする」
荷物持ちになってからも、その仕事をするために俺は体を鍛え続けていた。
いや、むしろそれまでは才能にかまけてろくに鍛えるなんてこともしてこなかったけど。
しかし三十路を越え四十路になるとあからさまに体力が落ちていくのを感じていた。
鍛錬を増やしてあらがおうとすれば、その疲れが取れず逆に効率が落ちるようになった。
一晩眠れば完全回復出来たのは二十歳までだった気がする。
だけど今の俺はその二十歳の頃よりも体が動くような――
もしかすると俺、死んだ?
たしか婆ちゃんだったか教会の神父だったかが『死ぬと人はあの世で一番体が健康だった時代へ戻る』って言ってたっけ。
そんなことを思い出しながら俺は意識をゆっくりと右手に向ける。
あの日失った右手。
まともに動かなくなって冒険者の道を諦めることになった自らの罪の象徴。
「……動……く」
ゆっくりとゆっくりと俺は右手に力を込めていく。
恐る恐る目の前まで上げた腕には傷一つ無く、ヒカリゴケの淡い緑光に若かりし日の姿を浮かべていた。
「まさか、本当に俺は死んだのか」
その腕はどう見ても四十路のくたびれた傷だらけの男の腕では無かった。
慌てた俺はそのまま両手で自らの顔や体を確認する。
顔からは無精髭も、皺の感触も伝わってこない。
体もどれだけ鍛えても僅かに弛みかけていた腹はどこへやら、堅い筋肉の感触しかなかった。
「怪我をする前の俺の……体か。じゃあここは死後の世界?」
まだ自分の才能を信じていた頃の体に戻っているのは嬉しかった。
でもそれが死んだ後では素直に喜べるはずが無い。
それに死後の世界だとして、こんな暗闇に放り出されて俺は一体どうすれば良いのか。
「おーい! 誰かいないかーっ!」
暗闇に向けて俺は大声で叫ぶ。
「神様か死神か、誰でもいい。誰かー!」
段々不安になってきた。
もし死後の世界がこんな暗闇の中で永遠に続くのだとしたらと思うと、途端に恐怖が俺の心を鷲掴む。
「だれかぁ……返事をしてくれぇ……」
俺は見えない闇の中を足下のヒカリゴケだけを頼りに歩きながら声を上げ続ける。
しかしその声に応える者など何も――
カツーン。
確かに聞こえた。
俺以外の誰かの足音が。
カツーン。
「誰かいるのか?」
俺はその音が聞こえてくる方向を探す。
洞窟の中のような場所では音が反響して方向がわからない。
「どこだっどこにいるっ」
必死になって辺りを見回す俺の目にゆらり。
小さな揺れる光が見えた。
カツーン。
音はその光の方向からで。
カツーン。
ゆっくりと確実に光は俺の方へ近づいてくると。
カツカツカツカツカッ。
突然その勢いを増し。
カカカカカカカッ!
「あっ」
光が勢いよく近づいてきたかと思うと、その光の中から――
「うるさくて聖獣様が眠れないじゃ無いですかっ!!」
バギャッ!!!
「ぐはぉっ」
小柄な少女とその拳が飛び出して、俺の顔面に激しい打撃を加えたのだった。