1 落ちぶれた神童は囮として見捨てられる
スロースタートかもしれませんが応援よろしくおねがいします。
「うわぁぁぁっ」
今、俺ことジーナス(42歳独身)は必死に後ろから迫る死から逃げるために全力で走っている。
ダンジョンに挑む若い冒険者。
その荷物持ちとして雇われたのは半月ほど前のこと。
俺も元は冒険者だった。
だが戦闘中に負った傷のせいで片手が不自由になり冒険者は引退。
他に技能も持たなかった俺は、冒険者たちの荷物持ちの仕事に就くしか無かった。
それから約二十数年。
体力の衰えを感じ、そろそろ引退を考えていた俺に声が掛かった。
新進気鋭の冒険者カイが率いるそのパーティは、十代後半から二十代前半の若者で構成されているにも関わらず、すでにいくつものダンジョンで功績を挙げていた。
俺はかつての自分を彼らの中に見て依頼を受けることにしたのだが。
「ちくしょう! あいつら俺を囮にしやがって! 何が新進気鋭の冒険者だ!」
今回カイたちが挑むのは『異界の顎』と呼ばれるダンジョンだという。
いくら他で実績を積んだとはいえ、異界の顎は別格の難易度で有名なダンジョンである。
周りの者たちは彼らの挑戦を無謀だと何度も再考を促した。
しかし彼らはどうしても異界の顎へ挑戦したいという願いを引き下げない。
結局冒険者を束ねる冒険者ギルドは彼らの異界の顎への挑戦を認めたのだが。
「どうしてあのとき俺は手を上げちまったんだろうなぁ!!」
後ろから激しい鼻息が聞こえてくる。
怖くて振り返ることは出来ないが、首筋にヤツの――タウロスの生暖かい鼻息が触った気がして。
俺は限界を訴える足にさらに力を込めて速度を上げる。
「五階層くらいで限界を感じたら引き返すだろうと思っちまったんだよなぁ」
若いうちは危険と言われることにも挑戦したくなる。
その気持ちは元冒険者だった俺にも痛いほどわかった。
だから俺は誰一人カイたちの荷物持ちに付いていきたくないと手を上げない中、一人立候補してしまったのである。
まさかAランカーパーティでも倒すのがやっとな強力な牛のような頭を持つ魔物であるタウロスが、まだ浅い二階層目で現れるとは思いもせず。
それまでイキリまくっていたカイたちは一目散に改装の入り口に向かって逃げ出したのである。
『お前は俺たちのために囮になれよ! そのための荷物持ちだろ!』
彼らが最後に言い残したのはそんな言葉で。
同時にカイの仲間である魔法使いキノーハが俺の足下へ衝撃波魔法を放つ。
結果おれは後ろから追ってきていたタウロスの後ろまで飛ばされ、階層出口への道を失った。
「あの手際からすると、あいつら荷物持ちを犠牲にして逃げるのは初めてじゃなさそうだな。そんな奴らを新進気鋭の冒険者だと持ち上げた馬鹿はどいつだよ!」
俺のむなしい叫びがダンジョンにこだまする。
その間も逃げる足は止めない。
「もう少し行けばヤツの巨体じゃ入って来れない通路があったはずだ。そこまで逃げ切れば――」
カイたちの荷物持ちに立候補した理由の一つ。
それは俺自身がかつてこの異界の顎に挑戦した経験があったからだ。
幼い頃から神童と呼ばれ、剣の腕前では同年代に敵は居なかった俺は増長した。
しかしろくな努力もしない才能は尽きるのも早かった。
十代後半になり、どんどん自分を周りが追い越していく。
だが、努力の仕方を知らない俺はただ焦るだけで。
そして焦った俺は間違いを犯した。
それが異界の顎への挑戦である。
代償は地下五階層で利き腕を失うという取り返しのつかないものだった。
命からがら逃げ延びることが出来た俺たちのパーティだったが、結局解散することになる。
その原因はまたしても俺だった。
ずっと貯めてきた貯金を全て使い、利き腕である右手を上位ランクのヒーラーに再生して貰ったが完全に治らなかった。
剣もまともに振れない剣士なんて必要ないと仲間だった人たちに言われたあの日。
俺の冒険者人生は――いや、俺自身の人生はその瞬間終わってしまった。
だからカイたちには同じ苦しみを味わって貰いたくないと俺は考えた。
「一応その目的は達せられたってことだけどさ」
実質的に俺が今犠牲になることで彼らは助かった訳だが。
「あった! あそこだっ!」
俺は記憶の通り、かつて見つけた横穴を発見して叫び――
次の瞬間後ろから強烈な殺気を感じ、俺は筋肉が引きちぎれる感触を無視して思いっきり前方へ跳ぶ。
同時に耳の飛び込んできたのは激しく地面に何かがぶつかる音と雄叫び。
そして体に次々と降り注ぐ石片。
「あっぶねぇ」
どうやらタウロスが俺の意図に気がつき、途中にあった巨石を投げつけてきたらしい。
俺はそこまで考えるとあえて確認のために振り返らず、激しい痛みを訴える足にむち打って前へ進むことを選んだ。
そして目的の横穴に転がり込むようにして俺が飛び込んだ直後、背後からまたしても激しい爆砕音が響く。
しかしタウロスの巨体では人一人がやっと屈んで入れるほどの穴にはどうやっても入っては来れないだろう。
「助かっ――」
ほっとして胸をなで下ろし、体勢を変えた時だった。
手のひらに何か不思議な感覚を覚え――
「うわああああっ」
次の瞬間、横穴だったはずのその場所が突然90度ちかく傾き、縦穴に変化し。
当然俺はゴロゴロとその穴を転がり落ちていくしか無かった。
何度も縦穴と呼べるほどになったその壁面にぶつかりながら、俺はどんどん下へ落ちていく。
途中、壁面から突き出た何かに当たるたびに体が切り刻まれ、強烈な痛みが脳を焼いた。
そしてその痛みすら感じなくなり――
おれは完全に意識を失った。
本日は複数わ更新予定です。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや下方の★で応援よろしくお願いいたします。