虐待されていた公爵令嬢ですが、今は幸せになりました 〜なぜかもふもふハッピーエンドです〜
「いつか君を自由にしてみせる。そして僕といっしょになってくれ、君と一緒の時を過ごしたいんだ」
「待ってる、私ずっと待ってるわ」
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「あんたは目障りなのよ!離れから出てこないでちょうだい!この虫ケラが!」
公爵夫人は私を罵倒しながら頬をひっぱたいた。
公爵である父が、他所で作った子供。それが私だ。父は体裁上私を引き取ったが最低限の衣食住を与えただけで、あとは何もしなかった。
公爵夫人であるマリーは私のことが大嫌いでストレスの捌け口にしていた。それは次第にエスカレートしていき、虫の居所が悪いと夜な夜な離れにやってきては私に手を上げた。私は虐待を受けた夜はいつも泣いていた。
父が離れに近づくことはほとんどなかった。父も使用人たちもマリーに強く言えず、誰一人私に声をかけてくれなかった。
私は屋敷には足を踏み入れることが出来ず、いつも離れで息を潜めて生活していた。
外出も許されず何もすることがなく、書物などもろくに与えられず、窓辺で外を見ることがほとんどだった。
そんな私の心の拠り所は窓から見える庭だった。季節の草花が咲き常に手入れが行き届いていた。
窓から見える庭が私の世界の全てであり、草花や小鳥たちを眺めて過ごすことが大好きだった。窓から見える青空も好きだったが気持ちはいつもどこか沈んでいた。
私が12歳になった頃、庭師の使用人が病気で亡くなった。使用人の息子である少年が代わりに庭の手入れをするために働くこととなり、日がな庭の草木の手入れをするようになった。
私は突然自分の世界に現れた同じ年頃の少年が気になってよく見ていた。
しばらくして少年は姫の部屋に一番近い木に登り、姫に声をかけてきた。
「やあ、僕はラルク。どうして、泣いてるの?」
「──泣いてないよ」
そう言って私は袖で涙を拭った。
「君、いつもここにいるけどどうして?」
「わ、私と話してると怒られるよ」
久しぶりの会話で声が緊張して震えていた。
「大丈夫だよ、この木は屋敷からは死角になってるし、僕はこの木の手入れをしているだけさ」
そう言って笑ったラルクの笑顔を見て私の胸は高鳴った。
ラルクはそれから私を気にかけてくれて、毎日のように木に登っては声をかけてくれた。見つかるといけないので長くても10分ほどしか話せなかったが、短い間でもラルクと言葉を交わすことで、何もなかった私の生活に楽しみが一つできた。
「僕の母は小さい頃に亡くなったんだ。だから今は1人ぼっちさ。でも君と話してるとすごく楽しいから全然寂しくないよ」
☆☆☆☆☆
それから3年の時が過ぎ、私たちはその間少しずついろんなことを語り合った。そしていつしか私はラルクに惹かれていった。
マリーによる私への体罰の頻度は減ってはいたが今もなお続いていた。
ある時ラルクが来てこう言った。
「今日はプレゼントがあるよ」
そう言ってマーガレットの花束を窓辺に投げ入れてくれた。マーガレットの花言葉を私は知っていた。だからすごく嬉しかった。
「まあ、綺麗。どうもありがとう」
「その顔、また奥様にやられたのか、かわいそうに」
ラルクは私の腫れた頬を見て悲しい顔をした。
「──気にしないで、私は大丈夫だから」
「いつか君を自由にしてみせる。そして僕といっしょになってくれ、君と一緒の時を過ごしたいんだ」
私はラルクの力強い言葉に、嬉しさがこみ上げボロボロと涙をこぼした。
「待ってる、私ずっと待ってるわ」
☆☆☆☆☆
しかし次の日も、その次の日もラルクは姿を見せなかった。ラルクは屋敷の仕事も休んでいるようで連絡もつかないみたいだ。
ラルクが失踪した──
ラルクは突然いなくなってしまった──
「ラルク……どうして顔を見せてくれないの」
初めてプロポーズをされたと舞い上がっていた矢先にラルクは姿を消した。
私はわけがわからず混乱していた。
その夜は屋敷が妙に騒がしかった。屋敷の方でたくさんの人の声がしていた。何かあったのだろうと思ったが今の私は泣きつかれて眠ることしかできなかった。
「お嬢様!奥様が息を引き取りました」
翌朝離れにメイドがきて思いがけない言葉を言った。昨晩心臓発作で急逝したらしい。
──マリーが死んだ。
それからは葬儀などで屋敷中バタバタしていたが、私は葬儀には参列する気はなくいつも通り離れで過ごしていた。
そうして一週間が経ったが相変わらずラルクは姿を消したままだった。
マリーの葬儀などが終わると、離れにはめったに姿を見せなかった父がきてこう言った。
「今まで辛い想いをさせたな、すまなかった」
と都合のいいことを言い出して、私にドレスと髪飾りを渡してきた。
私はこんなものいらなかった。ただただラルクの行方が気になっていた。
「お父様、使用人のラルクはどこへ行ったのですか?おやめになったのですか?」
「む?ああ、彼は連絡もなく失踪してしまってね、それとなく探させよう」
マリーが亡くなったことに関しては正直ホッとしていた。彼女の性格には父も使用人たちも辟易していたようだ。以前とは打って変わって私への待遇がよくなっている。
しかしラルクは別だ。私にはラルクが全てだったのだ。こんな結末はあんまりだろう。
「ラルク……どこへ行ってしまったの……」
私は窓辺に座り涙を流していた。
その時不意に屋敷の庭に猫が迷い込んできた。
猫は窓のそばの木に登り、ラルクがいつも座っていた木の枝に座りこちらを見た。
──なんとその猫は口にマーガレットの花をくわえていた!
「ラルク!ラルクなの!?」
と、思わず叫んだ。
その瞬間、猫は窓に向かってジャンプし、わたしの胸に飛び込んできた。
猫は私の体に頭をスリスリしてきた。
「ラルクね、あなたなのね?」
私はそう確信して、猫を腕の中で抱きしめた。
「ニャー」
☆☆☆☆☆
それからは、私の屋敷での立場はガラリと変わり、他の家族や使用人たちも優しくしてくれた。食事やお出かけにも誘われるようにもなったが、私は相変わらず離れでひっそりと暮らしていた。たくさんの書物を買ってもらったので退屈せずに済みそうだ。
子供の頃から過ごしたこの離れが結局1番落ち着く場所になった。
「今日はどの本を読もうかしら、ね?ラルク」
私は相変わらず窓辺に座り、ラルクは私の膝の上でふわふわと昼寝ばかりしている。
空を見上げると青空が広がっている。私の心はとても晴れやかだった。
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