第六百七十九話 裁定者 1
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「だからさぁ、何度も同じこと言わせんなって。次は無ぇぞ?」
まだ成熟しきらない、幼い悪意がその声にはあった。
かけられる言葉に子供たちが震える。そのうちの一人が声を出そうと唇を動かすが、独りでに痙攣するそれはまともな発音など出せなかった。
それはこの男の風貌に由来する。黒髪、黒目。最近になって現れるようになった、超人的な力を持った人間の特徴だ。
「だ、だだ、だから……何も渡せないって、い、言ってるだろ! 姉ちゃんが食料を取りに行っていて、ここには何もないんだよ!」
「嘘つくんじゃねぇよ。何もない何てことあるか。俺は腹減ってるからちょっぴり食料寄こしてほしいって言ってんだよ。そのちょっぴりもねえわけあるかよ。他の村は全部くれたぜ?」
少年の口が強張る。確かにこの村以外の村は少なくはあるが食料はある。だが、ここには本当に何もない。食料を数日前に切らしてしまって、彼らの面倒を見ている少し年が上の少女が食料を恵んでもらいに行っているのだ。実際、彼らにはどうしようもない。
しかしどうだろう。この目の前の男は彼らの言い分を受け入れるだろうか。先ほどから言葉をいくら返しても、嘘だと決めつけ続けるこの男が。
「……信じられないかも、し、しれないけど……もう俺たち二日も何も食べてないんだ。何もない」
「……ほーう……」
男の表情は変わらない。
「っ……う、疑うんなら家の中調べてくれても良い! だから――」
「あー分かった分かった」
男は投げやりに手をヒラヒラとさせる。怒りが静まったのだろうか。少年は驚きながらも安堵していた。
だが、彼は気づいていなかった。
男の顔が、邪悪な笑みを浮かべていたことを。
男の手に、緑色の光が浮かんでいたことを。
「んじゃ、確かめるために全部ひっくり返さなきゃな」
次の瞬間、彼らの家が、土地が、地面そのものが、爆裂した。
苦しい中、彼らが何とか建てることのできた家。拙いながらも寝床があり、彼らの生活があったその場所は、その破片すらも爆炎に包まれ、跡形もなく、渦巻く爆風に呑まれていった。
「ぁ……あ……?」
「あのなぁ、ムカつくんだよ。何の抵抗もできねえカス共が俺に逆らってんじゃねえ」
子供たちは、目の前の現象はこの男が起こしたのだと理解した。圧倒的な力。確かに魔王の軍勢とも戦えるであろう。
しかし、その力を、目の前の悪意に満ちた男が持っている。そしてその矛先がどこへ向かっているのか。それも、子供たちは理解してしまった。
「もう一回だけ、命令してやる。食料をよこせ」
無い。その答えを変えられるはずがない。もし子供たちが食料を本当に隠していたとしても、男自身がそれを吹き飛ばしてしまったのだから。
男に、もう食料を奪おうという考えはなかった。ただ、自分に逆らった目の前のガキ共を恐怖させ、どうしようもなくしてやることに意識は変わっていた。
「……、ぅ、あ……っ」
誰が言葉を漏らせようか。一言答えた先には死が待っているというのに。
「……分かった。もういいや」
そう言って男は手を少年の額にかざし、緑色の光から大量の火薬を生成した。
だが、その瞬間だった。
「何を、している」
声が聞こえたのは爆発と聞き間違えるほどの衝撃音が鳴り響いた後だった。
どこから来たのか、どうやって来たのか。そして彼が何者なのか、この場にいる誰もそれを知らなかった。ただその瞳が、怒りと共に男を見据えていることだけが分かっていた。
吉崎鉱也が、現れた。




