第六百七十六話 耐久
瞬間、前傾姿勢でトレントの真下に向かって突撃する。
顔面にも木のうろにも見えるその顔が俺を見下ろしかけ。
「――――フッ!」
めり込む俺のこぶしによって、破砕した。
『耐久』。先に断っておくが、これは正式な名称ではない。
芦名の『無限』によって粉微塵と化すはずだった岩をびくともさせなかった事から付いた名前だ。
能力は単純で、スキルを掛けた対象の耐久力を極限にまで上げる。スキルの影響も受けなければ、物理攻撃も効かない。どんなものであろうと不変の物質と化す。転じて、変わるはずのものが変わらないのなら、周りが肩代わりするしかない。つまり。
「二体、目……ッ!」
抵抗させる間もなく、凄まじい破砕音を立ててトレントを貫く。
『耐久』を掛けた物質は、自分が出す衝撃と相手から受けるはずの衝撃をすべて相手に与える。拳に掛けて、全力で殴れば砕けない物質は無い。
トレントの顔面を深々と貫いた俺の拳は、反対側からその拳の先を覗かせている。
たちまちトレントはその幹をしなびさせ、枯木に変貌した。
と、瞬間身体全体が影に覆われ、振り返る。
三体目のトレントが、蔓を眼前にまで飛ばしていたのだ。とても植物とは思えない、ナイフを想起させる鋭利な先端。それが何十本と、同胞の顔面をぶち抜いた俺に対する意趣返しかのように、顔一面に突き刺さるように向かって来ている。
『耐久』を掛けた拳は、まだトレントに突き刺さったままだ。『耐久』の影響を受けていない腕が幹に挟まれているせいで、身動きが取れない。
「ッ! 抜けな——」
突如として脳裏に浮かび上がる死という感覚。見開かれる瞳孔に、蔓はその刃先を触れさせようとした。
しかしその瞬間俺の目に、刃先の背景を全て塗り潰す星空が映り出す。
「『無限』」
気怠げな一声。それに一蹴されるかのように突風が巻き起こり、瞬きしたそこには。
「……消えた」
先ほどまでいたトレント、いや、トレントがいた空間が丸ごと、初めから何もなかったかのように呑み込まれていた。残ったものといえば、俺の眼前にまで迫っていた刃先……の、欠片。
その事象の正体は、当然ながら。
「芦名……助かった」
トレントがいた場所を挟むようにして、俺の前に芦名が立っている。
感謝を告げたものの、当の本人はと言うといかにも不機嫌そうに眉根を寄せていた。
「拳の打ち込み方と『耐久』の操作、旅の間に直しとけっつったよな?」
「……すまない」
先の俺の戦い方、芦名の言いたいことに間違いは無い。
拳を打って必要最低限の衝撃、そこからすぐに拳を引き戻すこと。加えて、『耐久』の効果範囲を広げて腕ぐらいなら手と同じように出来ること。そこが、芦名の言いたいことだ。
俺のスキルは……とてもじゃないが、完全とは言えない。




