第六百七十五話 熱帯の奥地
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晴々とした陽光が、今日はまた一段と眩しく降り注いでいる。
暖かな日差しが身体を優しく包み込み、心地よい温もりに安らぎを覚える……というわけにはいかず。
「あっつい……暑い、ものすごく……。芦名、扇風機出してくれ」
「はあ……? 馬鹿、言うんじゃねェ。機械なんざ作れる腕はねえよ」
「じゃ、氷……」
「『無限』のリソースバカスカ使っちまうから駄目だ……」
「……じゃ、うちわは……?」
「ああ、それだそれ……ほらよ」
間伸びした、気怠げで元気など欠片も無い声が会話を繰り返す。
芦名が手をマントに突っ込み、その中身が見える前に俺に投げ渡す。知っての通りうちわなのだが。
孤児院から出発してはや二ヶ月。長旅も終わりが見えて来て、今は最前線の一歩手前、アゾマ森林という森の只中。最前線に向かう道の中でもっとも危険だが、芦名に『目的地の方がずっと危険なんだよ』と言われてしまったのでこの森林を通り抜ける他無かったのだ。
モンスター的な危険、というのは置いといて、確かにこの森はありえない程危険だ。何が危険かと言えば、それはまさに今体験している事で。
「芦名……今って、気温何度になってる……?」
「……まだ日ぃ昇ったばっかだしな……。……温度計は三十二度だとよ」
……これである。
ここ、あり得ないほど暑い。芦名が水を出してくれるから死なずには済んでいるが、それにしてもこの暑さがかれこれ四日も続いていてそろそろ限界だ。
「はあ……なんでこんなに、暑いんだ……」
「内陸部も内陸部だしなぁ……。しかし森の具合からして、熱帯雨林気候なんだろうな……」
「……ねったい、うりん?」
振り返って芦名の言葉を聞き返すと、芦名は振り返る意味が分からないとでも言うような顔を一瞬して。
「は……。あ、そうか。てめえ義務教育済んでなかったんだな、って……」
芦名の煽り文句に顔をしかめかけるが、そうする前に俺の見る芦名の顔が一変する。
普段の飄々とした雰囲気が抜け落ち、静謐とした殺意が満ちていっている。芦名がこんな顔をするのは、決まってあの時だ。
身体にいつでもマナを回せるように構えて、俺は芦名の目に映す先へと視線を滑らす。
それは一見ただの樹木。鬱蒼と生い茂った木々たちの一本にしか見えない……が。
その幹から、人の顔に似通った模様が浮き出る。模様に見えたそれは徐々に立体感を増していき、ついに幹から顔と言えるそれを浮き出させた。
それが、二、三体。この森の最大の危険と言われる、人の命を吸い取るモンスターだ。
「まぁたトレント、か……。おい、この前と同じだ。援護はしてやる。だから試運転しておけ」
「言われなくても……だ」
芦名の言葉を耳にしながら、身体全体にマナを巡らせていく。マナは形容し難い感覚を持った、力の奔流となり、そうして手の内に徐々にそれが集まる感覚を覚える。それを拳に叩きつける。
眼前の敵を強かに見据え、はっきりと、その文言を唱えた。
「『耐久』」




