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第六百七十四話 同行者

 芦名は、こんな事を言う俺のことをどう思うだろうか。


 自分でも今日この日まで二人で積んできた物の前提を覆そうとしていることはわかっている。芦名は俺のスキルを、戦えば死ぬと、以前一蹴した。それでも俺は芦名に鍛えてもらうことを止めず、スキル、そして自分自身の戦闘技術を磨き続けた。それは、口には出さずとも死ぬ覚悟が出来ていると芦名に伝えていた。


 ……芦名は本当に、わかりにくい男だ。でもそんな芦名だろうと、八年もの間俺を見捨てずに鍛えてくれた事実は容易くその心の内を教えてくれる。芦名は、俺を——


「——あーぁ。ったく、結局転生者ってのは頭のおかしい奴しかいねえってことか」


「……」


 呆れ返ったようなセリフ。声色は吐き捨てるような物言いで、まるで俺に対する関心が全て抜け落ちたかのようなその音が鋭く冷ややかに胸中を貫く。何も言えない。言えるはずが無い。どれだけ固い決意でも、どれだけ正しいと信じることでも、それが芦名への裏切りになることは紛れもない事実だ。


「あれだけ使命に燃えてた奴が帰りたい場所ってか。いかにもお涙頂戴なロボットの映画の展開って風だな」


 人を煽り立てるような減らず口が耳に飛んでくる。芦名は俺に据えていた視線を外し、マントを翻しもせずゆっくりと背を向けた。視線は外さない。芦名を裏切るような真似ではあるが、それと同時に俺はアセントに約束した。約束を守るなら、例えどのような侮蔑を芦名から向けられたとしても、この視線を逸らしてはいけない。


 芦名の背は、まだ遠くならない。何か最後に捨て台詞を吐き捨ててここから去るつもりなのだろうか。

 彼の言葉を聞くために、俺は沈黙を続けた。


 待つ。彼からの言葉を、俺が受け止めるべき言葉を。


「……」


「……」


「……?」


 だが、その言葉は数秒待っても訪れなかった。芦名の背は、未だ俺と対峙した位置から動かずにいる。

 芦名に漠然とした違和感を覚え始め、彼に声をかけようか一瞬案じたその時、芦名の横顔が、不意に視界に現れた。


「……はぁ。好きにしろよ。何をどうしようとてめえの勝手だ。——行き先はどこだ?」


「——え」


 疑問符にすら辿り着かない困惑が、喉奥から漏れ出る。

 芦名が言ったそれに、理解が追いつかない。何を言った。行き先を、芦名は聞いていた。芦名は、何をどうして、そんなこと。


「……なんで、そんなことを……?」


「はぁ? てめえが行く場所聞かねえで俺にどこ行けってんだよ。その使えねえスキルだけ持ってどっかで野垂れ死にしたいってんならバカンスにでも行ってやるけどよ」


「——」


 聞き間違いじゃない。勘違いでもない。

 変わらぬ減らず口で、芦名は今、確かに、それを言った。俺が予想だにしなかった、それを。


「……俺の決心が変わった事、責めないのか……?」


「ンなモンいつだって変わるだろ。前よりイカれ具合が格段に上がったのは間違いねえけどよ」


 ……ああ、そうか。そうだった。まったく、なんで俺は気づかなかったんだ。


「……あ? おい、何突っ立ってんだ? とっとと行くぞ」


「……ああ」


 自分で、何度も言っていたのに、分かりきっていたことだったのに。


 芦名に声をかけられ、俺は止まっていた足を一歩、また一歩と踏み出し始める。

 寒さに張り詰めた空気の中青空の下、陽光に照らされながら、土の道を踏み行く。


「で、どこ行くんだよ?」


「最前線だ」


「ほーう最前線……は? ……お前、マジで……つくづく狂人だな」


 俺の答えに芦名が、心底呆れた声を出して後ろから歩いてくる。

 つくづくお人好しの人間は、文句を言いつつもついてきてくれるのだ。


 世界の最東端から歩み始め、目指すは中央、魔族と人間の争う地獄の世界。

 八年の思い出に背を向けながら、誓いを胸に、この日俺はいつか見たあの光景を消し去りに出かけた。

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