第六百七十話 スキル獲得
「……あ?」
困惑と警戒が入り混じった表情で、芦名は後ろを振り返る。
俺が目にしたものと全く同じものを見て、目を丸くした。
引っかかるはずのない彼のマントの内側。すべてを飲み込むはずの彼のマントが、ただの岩にその足取りを捕えられていたのだ。
そのあるはずのない現実に、俺は芦名よりも驚嘆していた。何故、という疑問が頭の中を駆け巡るも、その問に答えを出せるはずもない。俺が疑問の渦に思考を押し固められる中、芦名はその岩をジッと見つめると。
「――――」
何も言わずに、芦名は岩に被さっていたマントを翻した。
空気を巻き取り弾けるその音に、俺の意識は再び外へと切り替わる。
「あ、芦名。どういう事なんだ? なんで……」
「こんな事になってるってか。何てことはねえ。至極単純で、気に入らねえことのおかげだよ」
俺の続くはずだった言葉を引き継ぎ、芦名は煮え立つ言葉を舌打ちを伴って吐き捨てる。
息をわずかに吸い、その一息の間に俺へとその顔を向けると。
「これがお前のスキルだ」
「――は?」
予想外。俺はつい今しがた、スキルを持っていないと断定されたはずだ。
だというのに、芦名が告げたその言葉は、確かで、甘美な響きを持って俺の耳朶に打ち付けられてくる。
「スキル、って……」
「――――」
芦名からの返答はなく、ただ彼は岩に再びマントを被せ、また岩から離す。
二、三度それを繰り返したその時。
「あ、岩が……」
芦名に持ち上げられたマントの中から岩の存在は消え失せていた。ゾンビと同じように、初めからそこに何も無かったかのように滑らかな断面を残して。
「やっぱり、まだ練度が足りねえみてえだな」
「練度?」
芦名の言葉に首を傾げ、岩と彼を交互に見る。
一息に残りの岩もマントの中へ呑み込むと、芦名はこちらへ顔を見合わせた。
「スキルも鍛えられんだよ。俺のスキルはあらゆる物を吸い込むっつったが、他のスキルが入り込むとさっきみてえに吸い込めなくなったりもする」
「へえ……。じゃあ、俺のこのスキルももっと強くなって、もしや、もっとすごい力が現れたり⁉︎」
胸を弾ませて聞いてみたが、芦名は気まずそうに目を泳がせる。
「いや、実を言うとここに来て一年も経ってねえからな……。まあ、成長するのは確かだ。お前の期待するようになるかは知らねえが」
歯切れの悪い物言いに少し不満が残るが、それよりも頭の中は自分のスキルの事でいっぱいだ。
さっきの雰囲気からして、物を壊れにくくする能力だろうか。いや、芦名のスキルにも耐えたのだ。それ以上に違いない。
そうだ、名前を決めよう。
芦名は自分のスキルを『無限』と名付けていた。あ、いや、そういえば神様に伝えられたスキルなのか……。
― ― ―いや、だからこそだ。神様のせいで危うくスキルを失くすところだったんだから、俺自身が名付けるべきだ。初日の地獄を耐え忍んで、その後も燻り続ける無力感に苛まれながら、やっと今日という日にありつけたんだから。
「……あ」
「あ?」
なんの前触れもない言葉に芦名は怪訝な顔をして俺を見る。
だがそんな事は意識の慮外で、俺は目を輝かせながら、芦名に問いた。
「俺のスキル……『耐久』ってのは、どうかな?」




