第六百六十七話 特訓
その翌日。
「あれ、コウヤどこかへ行くの?」
「っ!」
抜け出そうとしたところを呼び止められ、俺はゆっくりと振り向く。
アセントが小さく首を傾げてこちらを見つめていた。箒を手にして、地面に積もっている落ち葉を掃いているようだ。
「あぁ……うん。ちょっと散歩にでも行こうと思って」
「散歩って、どこに?」
「近くの森だよ。ほら、昨日ダリングおじさんに俺が連れていってもらった……」
「ああ、あそこね! だったら迷う心配は無いわね。……あ、でも寄り道せずに帰って来てよね? 朝とは言え人攫いが出てもおかしく無いんだから」
「う、うん。分かってるよ。じゃあ行ってきます!」
あまり他の人、特にダリングおじさんには見られたく無かったので足早に俺は話を切り上げた。
孤児院の裏門を抜け、俺は駆け出していた。裏門から森までは、それほど距離は無い。
走り抜けていくうちに綺麗に地肌が表れていた地面が徐々に落ち葉に覆われ、足が踏み込むたびに乾いた音が下から聞こえてくる。
人攫いが出る、なんてアセントは言っていたが……この世界はもしやそう言った事が当たり前の世界なのか? いや、特別驚くという訳では無いが、そんな世界で孤児院など経営していて襲われないか心配になってくる……。
とはいえ、アセントの心配は無用だろう。何故なら____
切り株が一つ、二つと前から後ろへ過ぎていく。
段々と風景から木々の姿が消え始め、切り株ばかりになっていっていた。
そこで、俺は足を止めた。丁度見つけたからだ。探していた人は、切り株に座って上をぼんやりと見上げていた。
しかし俺の足音と荒い呼吸で感づいたのか、見上げるのを止め首をこちらへと向ける。
「おう、やっと来たか」
この男に出会って無事な人攫いなど、いるはずが無い。
「ちゃんと撒いて来ただろうな? 昨日も言ったが、こんな所を見られたら不審者も良いところだ」
「ああ、勿論だ。あまり長引くと皆が心配する。早く始めてしまおう」
俺が歩み寄るのと同時に芦名が立ち上がり、距離が一気に縮まった。
芦名も早く始めたい気持ちが強いのか、返事をするよりも先に準備を始める。
彼がマントを翻すと、先程まで何も無かった場所に巨大な岩が現れた。
横幅も縦幅も二メートル程で、純粋な球形にかなり近い。磨かれている訳では無いのに、見れば分かるほどその表面は滑らかだった。
「これは……?」
「『無限』で作った石ころだ。材料は十分にあったが、イメージが俺のスキルには必要だ。覚えている岩で丁度良さそうなのが無かったんでな。想像でやったら単純になったってこった」
「へえ……」
芦名のスキルはかなり自由度が高いようだ。一人で破壊と創造をやってのけるとは……。
それとも、転生者ならこれくらいは普通なのだろうか。だとしたら楽しみだ。
「さて、紘也」
「なんだ?」
「今からこれにスキルを掛けろ」
「は?」




