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第六百五十九話 虚言の無知

「……」


 言葉にするだけで存在が消えてしまう。成る程、そんな恐ろしい事ならば絶対に口に出すべきではないだろう。ああまでして芦名が俺を止めた理由というのは否定のしようが無い。


 沈黙が続く中、それを破るように芦名は大きくため息を吐く。


「……まあ、伝えたかったのはそれだけだ。じゃあな」


 捨て台詞のような言いぶりと共に、彼は背を向ける。

 

 もはや止める手段は無い。先程のような偶然は一度きりなのだ。俺はただ、彼が視界から消える瞬間を待ち続ける他なかった____


「待て」


 はずだった。


 俺の口から発せられた言葉は、命令。懇願でもなく独り言でもなく、芦名に対する命令だった。

 普段より数段低い俺の声に、芦名は一瞬足の動きを止める。聞く姿勢に入りかけているのだ。芦名を説得するなら、今しかないだろう。


 だが俺は芦名を説得する決定的な何かを持っているだろうか。否である。

 芦名を納得させ、あちら側から喜んで俺に協力するようになる事実など、俺の知る中にはこれっぽっちもない。


 しかし、それとは別にただ一つ、俺の胸中には疑念があった。

 躊躇なく、俺はその疑念を芦名へと向ける。


「芦名は実際に見たのか? 人が消えるところを」


 一瞬目を強張らせた芦名は、少し考えるようにして。


「……いいや、無い」


 背中越しに、歯切れが悪そうにポツリと呟いた。

 

 やはりだ。芦名の隙はここにある。芦名は転生者の誰かが塵になった、とは言っていない。俺を脅したいのならば事細かに目の前で起きた事を言うはずだった。だがそうではなかった。


 それは何故か。答えは簡単な話で、目にしたことがないからということだ。

 しかし、この情報だけでは何の意味も持たない。この情報を突きつけただけでは、芦名にとってのデメリットなど精々俺からの信用度が下がるというだけだ。


「で、それを知ってどうする? 信用ならないならそれで構わない。お前一人から信じられようが信じられまいが、俺には大した問題じゃないからな」


 俺と同じことを考えたらしく、芦名は少し威勢良く言葉を並べた。


 そう、信用されないだけ。ただそれだけの事なのだ。

 だからこそ、この意味のない事実達が意味を成し始める。


「じゃあ、今から彼の名を呼ぶ」


「は?」


 俺の一言に、芦名は遂に向ける背を翻した。

 

 そう、口に出して仕舞えばいい。芦名が信用ならないのだから、俺にとって芦名の言う事実は虚言以外の何者でもない。


 だったら口に出したところで俺には問題など一切無い。

 そうすると、芦名はどうするだろうか。


「っ……! 絶対に言うな。すぐにでもお前の方に行ってその口を塞いでやってもいいんだぞ!」


 当然言わないように俺に忠告を重ねる。


「やればいいさ。だが今度はさっきと違って俺は油断なんてしない。あんたが塞ぐ前に四文字程度の言葉なら言い切ってしまうだろうな」


 それに対して、俺は更に確実に言葉に出来ることを強調する。

 着々と、工程は進み始めている。

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