第六百五十話 幸せ
「孤児院……」
確か、俺に金を施してくれたおじさんが言っていた。
まさかその場所に一日の内にお世話になるなんて、珍しい事もあるものだ。
沈黙の時間が数秒経つと、確認するようにアセントは一度頷き。
「親は子どもの安全のためにここで一人暮らしをさせるのよ。なんたって、ここは一番戦線から遠い場所だもの」
戦線、というのは魔王軍との戦線であろう。彼女の言い方が分かりにくい訳ではない。最早この世界にはモンスターと人類の争い以外に戦いが無いのだろう。だから、戦線という言葉自体が一つのことを指すだけなんだ。
しかしそれとは別に、俺は不可解なことが一つあった。
眉根を曲げて、俺は彼女の目をジッと見る。
「それと、孤児院に一体何の関係が? やけに話が突発的で気になったんですけど、一人暮らししているんですよね? その子ども達は」
「……ええそう。初めは皆宿に泊まっているわ。郵便で届いてくるお金を使ってね」
不意に、彼女は笑顔を失ってベッドの端を見る。
「……でも親が死んだら、子ども達には何も残らない。お金も、親も、帰る場所も失ってここで独りぼっち。親類縁者がいる子もいるけど、大抵は一緒に死んでいるから養ってもらえる子はごく少数よ」
そこまで聞いて、俺はハッとした。
何を考えていたんだ、俺は。繋がりなんて最初の一言で見抜けたじゃないか。こんな事をこの人に言わせようとするだなんて……。
「……すみません。それ以上は、もう____」
「いいえ、構わないわ。貴方の口から、考えている事が合っているかしっかりと聞きたい。それに事実を伏せる必要だなんて、何処にあるのよ?」
「……」
真っ直ぐと彼女は俺を見つめる。銀色の瞳が、蝋燭の炎を水晶体で揺らめかせていた。
じっとりとした汗が背中を伝うのを感じながら、俺は彼女を見つめ返す。
「……お父さんやお母さんが戦死してしまった子ども達が、この孤児院で暮らしているんですね?」
俺はアセントを見つめ続けていた。
静かに、彼女の頭が一度だけ動く。蝋燭の炎が、額を覆うか細い銀髪を照らし、そしてまた瞳へと戻っていった。
沈黙が、続いた。
構わないと彼女は言ったが、気にしていないとは一言も言っていない。彼女の言葉に俺が口を挟み沈黙が増えてしまったから、アセントの感情も強く表に現れたのだろう。
「……ねえ」
唐突に、アセントが俺に呼びかけた。
「は、はい……」
「貴方も、身寄りの無い子どもなんでしょ?」
「……え?」
一瞬困惑して、返す言葉を見失ってしまう。彼女は言葉を続けた。
「バルワグ草を子どもが採りに来るだなんてこと、滅多に無いわ。病気のお母さんがいるって事なら別だけども……依頼書を持ってたんじゃ、そんなはず無いわよね」
「……!」
見られていたのか……。
「ここの管理は私がずっとしてる訳じゃないけど、貴方を放ってはおけない。だって、今日みたいな無茶を四六時中してたんじゃ命がいくつ有っても足りないわ。それに……貴方みたいな子どもが無理をする必要なんて、どこにも無いのよ」
「……」
子ども。
その言葉が、俺の中で繰り返される。
ここに来て一日、貧乏人だったり、力の無い存在として扱われてきた。そのどれもが子どもの俺を指す言葉だったが、憐れんだり、嘲ったりするばかりの言葉だった。
だが今彼女の言った“子ども”は、全く別物のような気がする。
上手く表現できないが、胸の内が暖かくなるような気分だった。
……現実世界でも、俺の両親は死んでしまった。
転生した今となっては、正真正銘天涯孤独の身だ。それに人々を助けるための力も十分に蓄えられていないし、無理に金を稼ごうとすれば誰かを困らせてしまうかもしれない。
何より……今日一日で起きた出来事の中で今が何よりも、幸せだ。
「……ます」
「ん?」
小声で呟く俺に、アセントはにっこりと微笑んで言葉を促す。
「入ります。いえ、入らせてください。俺をこの、孤児院に」
今度こそ口を大きく広げて、俺は彼女へはっきりと伝えた。




