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第六百四十八話 ベッドの上

*


「……はっ!」


 混濁していた意識が前触れもなくはっきりとし、俺は身を跳ねるようにして起き上がった。

 しかしまだ身体の方は眠りから覚め切れていないようで、目の焦点が上手く合わず状況も把握しにくい。


 雨音と雷の音が、遠くから聞こえて来る。まずいな、雨で濡れるともっと体力を持っていかれてしまう……。

 

 ……どうやら俺は、眠ってしまっていたようだ。いや、どちらかと言えば気絶か。

 遭難した上に気絶してしまうとは、かなりまずい状況だ。とにかく、身体の回復を……。


「……ん……?」


 と、休む場を作ろうとした所で俺は動きを止めた。何故だか、身体中がさっきと比べて元気になっているような気がする。本調子とまでは行かないが、それでも先程と比べれば段違いだ。


 戸惑いつつも、俺は立ち上がろうと膝を曲げ、足裏を地面にくっつけた。座っている状態から直立に移るための構えだ。そのまま手を腰の横に添え、体重をかける。


 だがその時、腕を軸にバランスを取っていた俺の身体が、ガクンと揺れて崩折れた。


「っ⁉︎」


 何だ、これは? 一瞬そんな言葉が頭の中によぎった。地面に倒れる間にも、幾つもの思考が脳を駆け抜けていた。


 僅か一秒にも満たない時間。俺は抵抗する暇もなく地面へと身体を投げ飛ばされる。

 気絶するには十分な勢いで俺は地面へと迫り、頭と背中が接触する感覚を覚えた。


 次の瞬間、俺の身体はその地面へと沈み込み、


 

 ボフン


 と、小さく跳ねた。


「……?」


 自分に起きた出来事に理解が追いつかず、俺は呆然としながら地面の上で二、三度跳ね上がり、最後はその上にゆったりと落ち着いていた。


 何が起きた……? 地面が、俺を跳ね返した? そんな事、あり得るはず……。


 無い。そう言おうとしたところで、俺は無意識に手で地面に触れようとしていた。

 先程から全身で感じている柔らかな感覚。手で触って分かる、人工繊維とはまた違う手触りの、布の感触。


 これは……ベッドの、布団か。

 すっかり地面と勘違いしていたが、これはどう考えても布団だ。ふかふかで、心地が良い。


 ……いや待てよ。なんで遭難している俺が、布団の上で寝てなんているんだ?

 その疑問に合わせるように、ぼやけていた視界が段々と回復し始めて来ていた。


 まず目に飛び込んできたのは、毛布に覆われた俺の足。案の定ここはベッドの上のようだ。

 その次に、右肩の先辺りに、一本の蝋燭が置かれていることに気がついた。常夜灯のような薄く暖かい光と、火の下で蝋がトロトロと溶け出している姿が目に入ってきた。


 それ以外には……何も見えない。

 随分夜になってしまったようで、蝋燭のほんの少し先程度しか目に映すことは叶わなかった。


 ただ、ベッドがある事からして、ここは室内に違いないだろう。どうやら気絶している間に、誰かが俺をここまで運んでくれたのだろう。しかしあの深い森の中、一体誰が____


「あっ、目を覚ましたのね!」


 その時、暗闇から声だけが俺の耳に伝わってくる。

 声はどこか朗らかな印象を受け、一音一音が鈴の音のようであった。


「良かった良かった! 森で見かけた時は随分衰弱していたからバルワグ草もちょっと使ったんだけど、しっかり効果があったみたいね!」


 柔らかい口調で喋る人だ。暗闇の中で姿も見えないが、疑心に満ちていた心が少し楽になるように感じた。

 しかしそれでも名前は聞かなければならないだろうと、俺は小声で問う。


「あの、あなたは……」


 暗闇の中、蝋燭の灯りがその中に一つぷかりと浮かぶ。


 明かりに照らされたそこに、人の顔があった。

 色白の肌を飾り立てるような青い瞳をこちらへ真っ直ぐに向け、口元は小さく閉じている。白髪に入り込んだオレンジ色の光が、キラキラと反射していた。


「アセント、って皆からは呼ばれてるわ。それよりも、お腹減ってない? もう夜遅いけど、ちょっとした夜食ぐらいなら作れるから」

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