第六百四十三話 波に揉まれて
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「……ふう。食った食った。さて……」
レストランから外に出て、俺は太陽に晒されながら辺りを見回す。
太陽の登り具合からして丁度昼だろうか。いよいよ街中の活気も賑わってきて、レストランから出てきたばかりだというのに俺の前では人の波が右へ左へと行き来していた。
身長のせいもあるけど、前が全然見えない。この通りを歩くのは少し危険かもしれない。もう少し道が空いているところを____
「うわっ⁉︎」
その時唐突に、俺の身体がバランスを崩す。どうやら誰かに突き飛ばされてしまったらしい。
あえなく投げ出され人の波の端にぶつかるが、俺の体重に誰も倒れることはなく。
「うっ……えっ? あっ、ああああ!」
次から次に来る人の波に、俺の身体は人々が進む方向へと凄まじい勢いで流され始める。
必死に声をあげるものの、人々の雑踏と賑やかな声に虚しく掻き消されるばかりだ。
そうして抵抗することもできないまま、俺は人の波から解放されるまで流され続けることとなったのだった……。
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それから数分後、やっと人の流れが弱まってきて、俺は身動きが自由に取れるようになってきていた。
今は自分の足で歩みを進められている。
まさかレストランを出てすぐあんな目に遭うとは……。俺は運が悪いのか……?
解放されたはいいものの、レストランで休めたはずの身体はすっかりぐったりしてしまっていた。
足はまだ歩けるが、全身は今や疲労に満ちて歩くのを拒否していた。
「……少し、あっちの方で休むか……」
声を張る元気も無く、独り言を呟いて俺は日がサンサンと照る石畳の道から歩む方向を変える。
そうしてすぐ近くの煉瓦で出来た建物まで歩をすすめ、くるりと振り返って建物の壁に背中を預けた。
日の傾き具合のおかげでどうもこの壁は日陰になっているらしい。石のひんやりとした感触が背中から伝わってきて心地良い。
というか……この建物、煉瓦ではあるが……どうも他の家や店とは様子が違う。
灰色で統一されていて、頭上にある磨かれたガラス窓はどことなく冷たい雰囲気を感じる。
何というか、この建物だけが殺伐としているようだった。
どういう事かと頭を捻るが、俺の目の先に映ったものを見て、俺はすぐに納得した。
そこには、建物内へと入っていく三、四人の人。
先程見かけた、討伐から帰ってきた人達だ。
つまり、ここは……。
改めて、俺は上を見上げた。どっしりとした構えで、他の家々の二、三倍の大きさはある。
街の賑わいから微かに聞こえてくる内部の音に耳を澄ますと、中から男の低い罵声が響いてきた。
「ここは、ギルドというやつか……!」




