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第六百三十四話 百二十年間の牢獄

*


 サツキが倒れ、静寂が戻った王の部屋。

 その中心で、コウヤは依然としてサツキを見つめ続けていた。


「ねえコウヤ。サツキは一体どうなっちゃうの?」


 彼が纏う黒衣から、澄んだ女性らしい声が発せられる。

 コウヤがそれを脱ぐ動作を起こす事はなかったが、一人でに黒衣はコウヤから離れた。


 地面にまで垂れていた外套が折り畳まれ、新たな形を組成していく。


 気付けば黒衣は金属特有の光沢を帯び、女性の姿へと変貌していた。

 コウヤが纏う黒衣は、ブリュンヒルデそのものだったのだ。


「気になるか? ブリュンヒルデ」


「う、うん……。だって、こんな事するの初めてだもん。洗脳とは本当に違うんだよね?」


 サツキを見下ろして、ブリュンヒルデはコウヤに確かめるように聞く。


 コウヤは依然平然とした様子で。


「ああ。サツキには俺の記憶を見てもらうが、そこから何を学ぶかはサツキ次第だ。もし考えが変わらなければ、彼女は彼女のままだろう」


 そう返す彼に、ブリュンヒルデは驚き目を見開いて視線を移す。


「え? でもさっき『精神植樹』って言ってたよね。新しい人格を植え付けるんじゃ……」


「違う。いや、直接的にはしないと言うべきか。もしもの話をしたが、ほぼサツキの精神が変容することは確実だ。何せ百二十年間の記憶を読み解かせる。思考も抵抗も許さず、事実として俺の人生を歩ませるのだからな」


 そう語るコウヤは、寂しげな雰囲気を纏っていた。


 似てはいるが、芦名の断片的で客観に近い記憶の攻撃とは全く異なる。

 コウヤの思考も感情も感覚も、全てが永続的にサツキに伝わり続けるのだ。絶望や悲嘆に限らず、希望や歓喜すらも。


「百二十年間の俺の人生を歩み終えた時、サツキはこの場で目覚める。実際にかかる時間は二十四時間程度だが、サツキは一秒一秒百二十年間を味わった後にこの場に立つことになるのだ。確かに俺と分かり合えなかった記憶、つまりつい一日前の記憶は残っているだろう。だが____」


 コウヤは窓を見た。窓の外にある青空を見た。

 壁に覆われていても青空は確かにそこにあった。彼の人生の中で、青空を見上げる機会はほとんど無かった。この機械都市こそが、コウヤにとっての最果ての地なのだ。誰も苦しむ必要の無い、安楽の世界。


 意思はあっても無くても良い。ただ全ての人々が安寧を享受し続ければ、コウヤはそれで満足だった。

 

 コウヤは憂慮した。これからサツキは自らを失い、最果ての地へと行き着くまでの長い道のりを歩む。

 歩んだ本人であるからこそ、コウヤはそれを強いることをしたく無かった。


 だがするしかないと分かったならば、最後の同胞のために心を鬼にする事を厭わなかった。

 涙を流し、理不尽蔓延る世界へと、彼女を堕としたのだ。


 区切った言葉をコウヤは息を吸い、再び呟いた。


「……だが、百二十年もの月日を得たサツキは、最早昨日の彼女とは違う何かなのだろう」

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