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第六百三十二話 精神植樹

「精、神……?」


 なんだ……それ……? よく分からない。よく分からない、が……。


 冷水を被った時かのように、気づけば私の頭は熱を失っていた。

 それと共に、私は自分の現状をまた一度整理した。


 身体はナノマシンブリュンヒルデに拘束され、身動きが取れない。

 コウヤは私の脳内に直接電気信号を送って、あらゆる感覚や記憶を私に付加する事ができる。


 そして私刑『精神植樹』……。


「……。________」


 僅かな時間の間の思考だった。裁判を取りやめたためか自由に考えられたようだ。

 その僅かな思考によって、解き明かしたかったはずの疑問は容易く晴れた。



 それが、いけなかった。


「……サツキ。随分と顔が青く見える。それに身体も震えているようだが」


 私は自分の解いてしまった答えに凍りついていた。

 悪寒が走る。信じたくもない。そんなこと、あって良いはずがない。そう思っても私の脳が、逆算をする学生のように作り出した論理を一人でに繰り返していた。


 『精神植樹』……。植樹とは木の苗を植える事だ。人工的に植え付け、計画的に機械的に樹木を成長させる。物凄く当然の話をするが、樹木が育つには土壌が必要だ。別に肥沃な土壌である必要はない。土壌に肥料を与え水はけを良くし、育ちやすい土壌に改善して仕舞えば良いだけの話だ。


 『精神植樹』。その名の通りだ。精神を、植樹する。


 ではその土壌とは、一体どこなのだろうか。植樹する精神とは、一体なんなのであろうか。


 土壌は、どのように()()されるのであろうか。


「……………くれ」


「む? 何か言ったか?」


「やめてくれ……! 私が悪かったよ! もう逆らったりしないこれからはフレイとイレティナと一緒にひっそりと暮らす! サラマンダーとウンディーネのことも無理は言わない! 今すぐ返せだの脅したりもしない! 私を殺してくれても良い! だから、だから……!」


「だからやめろ、と?」


「っ……⁉︎」


 今までに感じたことのないような恐怖が私に巻き起こっていた。

 だがコウヤがビー玉のような瞳で私を見つめた瞬間、私は何も言えずに硬直する。


 瞳から目が離せない。見れば見るほど怖気と吐き気が催してくると言うのに、視線そのものが固い鎖のようだった。


 これ以上は耐えられないと言う時、コウヤはこちらをジッと見つめたままため息を吐いた。


「……はぁ。貴殿もあの男と変わらなかったか」


「……?」


「常の時は自らに仮面を被せ、あたかも自分が狂人であるかのような振る舞いをする。他者の言葉だけで自分が揺らぐことなど無いと誇示し続ける。しかしだ、たかだか人を二百数十人殺すだけで狂人になれるわけがない。大切な人を失っただけで、狂えるはずがない。俺の瞳を見ろ」


 コウヤの一言で、私は限界だったのにその瞳を更に見てしまう。


 どこまでも変わらない蒼色、深く暗い深海のような____え?


 一瞬、私はまばたきをした。

 だがその一瞬の間を過ぎた時、コウヤの瞳は____


「斑、点……?」


 再度まばたきをした。今度は、虹色になっていた。

 また、した。渦巻が描かれていた。


 何度も、何度も、まばたきの間にコウヤの瞳は入れ替わっていく。あり得ないはずなのに、まるでスライドショーのように。


「うっ、う゛ぅ、おぇ……」


 力無く私は項垂れ、吐き出した。吐き気が一気に襲いかかってきたのだ。これ以上見る事はできないとばかりに、身体が、拒絶した。


「貴殿は狂人などではない。再三言うが、俺の愛すべき一般市民だ。……だがその前に、『死神』である事は認めよう。認めるからこそ、悪しき樹木は切り落とさねばならん」

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