第六百八話 不知
あの顔からして、コウヤは今日も私にくだらない戯言をほざこうとしているのだろう。
今までは相手にする必要もなく受け流すだけだったが、その結果ががあのイツの姿だと考えると、聞く気にもなれない。
「質問が一つある。答えてもらうよ」
そう言いながら機械から身を乗り出し、私は足音を鳴らしながら彼へと近づく。
床から天井まで窓となっているガラスが私の身長に合わせて開き、薄暗い室内へと招き入れる。私はそれも目に映らず、彼の眼前へと立った。
「……ほう。貴殿から質問とは……珍しいな。こちらも話したい事はあるのだが、折角だ。そちらの話から聞くこととしよう」
心の底から嬉しさを表現するかのように、コウヤは声色も表情も明るくなっていた。当然、そんな事はどうでもいいのだが。
およそ一メートル程の距離先にいるコウヤ。身長のために私が彼を見下ろす形となる。
それでも上から見るような姿勢はとらず、私は限りなく彼の目を見続けた。はぐらかされないように、彼の視線の動き一つ見逃さないようにするためだ。
室内では風も吹かず、生物もいない。存在する生物は私とコウヤの二人だけ。その二人ですら、今こうして沈黙の中にいる。よく音が反響するはずの金属の壁と大理石の床からも何も返答はない。静寂が、場を支配していた。
そんな中の第一声を放ったのは、私だった。
「教育課とは、一体何なんだ?」
その言葉を聞いた瞬間に、コウヤは若干ではあるが苦い顔をした。一瞬の間際に見せた曲がる眉がその証拠だ。やはり、イツをああした以上私を騙くらかしたいコウヤにとっては正に私に聞かれたくない事なのだろう。
「それは……すまないが、言えない」
やはりだ。コウヤは私にまた教育課の事を隠そうとしている。
だがもう逃しはしない。絶対にはぐらかされない。不祥事を起こした政治家を追い詰めるマスコミにも負けないくらい、追求してみせる。
「何故言えないんだ? イツの事を怪しまれるとでも思っているのか?」
「……イツ? 何故イツがこの話に……まあいい。教育課は、貴殿にだけ伝えていないわけではないのだ。国民は、何も知らない。この国でその全貌を知るのは俺とブリュンヒルデだけだ」
全貌を知っているのが少数だからといって、私に伝えなくていい理由にはならない。そう、更に追求できるはずだった。
だが、私の言葉はそこで止まっていた。
彼の返答、それに私は固まっていたのだ、理由ではなく、その前段に。
「____は? イツを、知らない……?」




