第六百四話 記憶
彼の家へ行ったのだから当然の事ではあるが、目の前のこの男は……イツなのだ。
この家に入って彼に出迎えられたのが五分前。フレイは特に気に留める様子もなく先ほどから彼と楽しげに会話をしているようだったが、私の方はと言うとイツの変わりばえに呆気にとられ、ほとんど言葉発せずにいた。
っと、いけないいけない……固まってるだけじゃなくて、何か話さないと……。どうあれ、イツに出会えたことに変わりはないんだ。ここでちゃんと情報をすり合わせておかないと……。
まだ幾分固まっていた身体を奮い立たせ、私は談笑する二人に視線を集中させた。
「イツ、ちょっといいかな」
「え? ああ、はい。なんでしょうか?」
会話に割り込むような形になってしまったが、イツは快く私に返事をする。
彼の横に立つフレイも、話始めようとする私に視線を注いでいた。
「あの後、さ。イツはどうやってここまで来たの?」
あの後、とは言うまでもなく私達とイツが別れた後のことだ。私達はすぐさま機械都市へと向かって、一日もしないうちにこの内部にたどり着いた。だが、イツがどういった経路で機械都市についたのか、何はともあれ聞いておきたい。
だが、イツはキョトンとした顔をすると。
「あの後……と言うと?」
不思議そうに、首を傾げてそう問い返す。推理すら出来ないような風に、思い出すそぶりも見せずの返答だった。
だが会話のうちでそんな事はよくあること。特に気にじゃ止めず、若干言葉足らずだったか。などと考えながら、私は分かりやすいように付け加えた。
「ほら、オルゲウスだよ、オルゲウス。あそこで別れただろう? ね、イツはあの行列に並んだの? それとも、案内だったから別ルートとか?」
今度は説明も十分だろうと、彼への質問をさらに重ねた。流石に分かるだろう、と内心イツを少し茶化しながらの事だ。
____だが、イツは。
「……オル、ゲウス? 行列……? ……その……すみません。何を言っているのかさっぱりで……」
「____は?」
歯切れが悪そうに、申し訳なさそうに、イツは頭を下げる。
いや、そうじゃない。謝る謝らないなんて、どうでもいい。
さっぱり? オルゲウスも、分からない? そんな、まさか。だって、あそこはイツがフレイ達に私の救出を手助けしてくれた場所で、色々な事を話した場所で。
……私に、王様になれって、言った場所なのに。
気づかぬうちに、私はイツへと差し迫り、彼の顔を両手で掴んでいた。
「えっ……⁉︎」
「どういうこと? イツ、何かされたの? その性格からして……やっぱりおかしかったんだ。機械都市、いやコウヤか? 一体誰が君にこんなことを……!」
「サツキ、やめてください!」
横から飛んできたフレイの一声に、私は不意に冷静さ取り戻して彼の顔から手を引いた。
手を離したそこは、赤く腫れ上がりつつあった。
「……フレイ……」
彼女へと視線を移すと、目を伏せて悩ましげな顔をしている。
「サツキ……恐らくは、もう分かっていると思います。すみません、昨日の時点で薄々勘付いていたんです。でも、それを確かめるのが怖くて……サツキと一緒なら大丈夫だろうと、今日、ここに来たのですが……。結局サツキに背負わせてしまうことに……」
目をうっすらと開け、彼女は地面を瞳を震わせて地面を見つめ続けていた。
咎められているかのように、自分を罰するような、恥ずかしく思うようなその目は、いつもの彼女とは似ても似つかない。
「謝らなくていいよ、フレイ……。でも、それって、何が言いたいの……? 何を、確かめようとしていたの?」
まだフレイはいうこと悩んでいた。
だが、観念したように、目をギュッと瞑ると、少しづつ目開け、こちらを見た。
「……サツキ……イツの記憶は……私たちに関わる部分だけ、消え去っているんです」




