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第五百九十二話 忘却

 男は興奮した様子で目を見開き彼女へ向かっていく。

 何故最近来なかったのか、一体どこで何をしていたのか、何故いきなり消えたのか。彼の胸中では聞きたいことが山ほど渦巻いていた。


 だが、それすら塗りつぶしてしまうほどに、彼の表情には笑みが漏れ出ていた。


「あなた……一体何処へ行っていたんですか……! こっちだって心配して____」


 言葉は責め立てるようでありながらも、彼の語尾にはやはり笑みが見えていた。パケアが帰ってきた事に喜んでいる自分を隠そうという彼の恥じらいがそうさせたのだ。彼自身、それを何ともなく自覚し始めていた。


 だが、その時彼は目の前の彼女に違和感を覚えていた。


「……?」


 彼女は目をぱちくりとさせるばかりで、不思議そうに男を見るだけだ。三ヶ月前に彼が聞いたきりの、あの快活な声色はどこにも無く沈黙を続ける。


「……どうしたんですか? 何か、私に言うべき事があるんじゃないんですか?」


 半ば冗談じみた言い振りで男は彼女のいつもの調子を戻そうとする。彼女だったらきっと、「いやあすまないすまない!」などと言って、三ヶ月間の事なんて無かったかのようしてくれると信じていたからだ。


 だが、そんな男の期待に反して彼女は。


「……その」


「え?」

 

「君はもしかして、私の知り合い……なのかな?」


「……は?」


 おずおずと、まるで()()()の相手と突然会話を始める事になった時かのようにばつが悪そうに彼女は男に問う。キラキラと輝く瞳は少し上目遣い気味になり、近づいてくる男に位置は離れずとも距離を取りたがっているようであった。


「……何を、言っているんですか? 約束を反故にした事、さっきはああ言いましたが……もう怒ってませんよ。下手な芝居なんてやめてくれて良いですから」


 今度は男もはっきりと伝えたつもりだった。何はともあれ、戻ってきた事を祝いたいのだし、彼女が後ろめたい理由でそうしているのならば、尚更安心させたいとも感じていたからだ。


 だが、パケアは一層金髪の中に白い肌を埋めて、視線を外してしまう。

 

「……三ヶ月前、だよね。うん、きっとそうなんだと思う。ごめん、今の私には何も……」


「……何を、言っているんですか?」


 男は何かがおかしい事に勘付き始めていた。こんな事、普段の彼女なら絶対に言わなかった。そう確信しているからこそ彼は異変に気付いた。冷や汗が、身体中から溢れるような感覚を彼は覚えた。


「記憶を……消されちゃってさ」

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