第五百六十八話 一般市民
____あれから、一週間が経った。
コウヤは私達を本当に殺さなかった。民衆の前で宣言した通り、私達を国民として認めたらしく……戸籍のコピーまで渡された。
それぞれに、人数分。ホログラムで空中に投影される四角い紙型の中に、いつ撮ったのか私の顔と名前がありありと示され、その横にハンコらしき物が押されている。
私達を完全に支配したようなその紙面を破り捨てたくて堪らなかったが、ホログラムをどうすることもできず、ましてそれらを投影する小さな機械を破壊することも叶わなかった。
私達のマナが完全に没収されてしまったのだ。それと共にイレティナの矢も奪われてしまった。
マナが無ければフレイと私はただの人間。だが、今ばかりはその事実に本意では無いが恩恵を受けることとなってしまった。
暮らすためにと住居の一角を与えられた。特別扱いをされる訳でもなく、ただ他の人々と同じように、要求すればほとんどの食事や物品は提供される。
食を楽しむ気力も湧かずに、私は固形食をただ黙って食べるばかりだった。
その横ではフレイが野菜らしき物を口にし、イレティナは果物を食べている。どこか表情が味気ない。
他には、誰もいない。私は腰に刀を下げたままだったが、鞘の中から何かが動く気配はない。部屋の隅で、青色の粘体生物が蠢いている。
サラマンダーとウンディーネは、あの場で精霊としての本体を引き抜かれた。ブリュンヒルデが遠巻きに手を伸ばしたかと思った次の瞬間には、身動きが取れずにもがいていたサラマンダーが地面に音を立てて落ちた。その前に、赤色の光が浮かび上がっていた。
それと共にウンディーネから青い光の玉が引き抜かれ、氷塊の中に閉じ込められた彼女の姿形は表情を失い、輪郭が歪んでいた。
どんな原理でやったのかは知らない。今更関係が無い。私は、何もできなかった。
「『サツキ様、お時間です』」
玄関の方から声が聞こえたと思うと、機械だった。
朝食も食べ終えてはいないが……仕方が無い。時間だから、行くしか無いのだ。
「……ちょっと行ってくるよ」
そう一言フレイとイレティナに声をかけ、私は立ち上がった。
玄関までそう遠い訳でもなく、私はまちかまえる機械の元まで行き、外に止まる球体に乗り込んだ。
私が乗り込むとその横に機械も乗り込み、それを引き金に球体が空へと浮かび上がる。白い住居が、遥か下に見えた。
そう思っていると、全速力の車程度の走りで、ガラス張りに移る景色が変わっていく。
……人々と全く変わりない暮らしをしていると言ったが、少し訂正する。一つだけ私は、毎日しなければならない事がある。
球体の向かう先に、煉瓦の広場が見える。そう、目的地は例の総合施設だ。
だが私の乗る球体は一向に入り口へと下がろうとしない。それどころか、この総合施設の、最上階と同じ高さを飛んでいた。
最上階前まで着くと、何かをスキャンするような光が球体を透過して私を読み込んでいく。それが終わると、ガラスが一人でに開いた。
私の、ひとつだけ変わったこととは。
「来たか、サツキ。丁度紅茶を入れるところだった。貴殿もどうだ?」




