第五百六十四話 殺さない
「……さて、フレイ殿も俺の国がどのような場所か理解したであろう。俺はこの世界からスキルと魔法を排除したいだけだ。そのために、マナは一原子も残さず閉じ込める。……そろそろ、行くか」
振り向きもせずに話すと、再びコウヤは歩み出す。それに連なって私も再び浮きつつ動き出した。
徐々に穴の開いた窓へとその歩を進めていき、ついに外に彼の身体が出ようとしたその時。
「待ってください!」
フレイの掠れた、しかし必死な声が確かに耳に飛んでくる。
身体にかかる重みに今にも潰されそうに、彼女の声は腹の底から絞り出しているようであった。
その言葉に、コウヤの歩が一瞬止まる。
「……貴方の勝ちです。もうこれ以上、私達は逃げることも戦うこともできません。勝手だという事は分かっています。……ですが、お願いです。皆を殺さないで下さい……! 私をどんな風にしても構いません、だからサツキを、皆を殺さないで下さい……!」
フレイの声は、震えていた。
自分は死んでもいい、そう覚悟を決めて戦う事はあっても、私達は命乞いなどしたことが無かった。
彼女の発する言葉は勇気を奮い立たせるための背水の陣の言葉ではない。自らを犠牲に懇願する言葉だ。
本来であれば私が言うべき言葉だった。だが、フレイは今私以上の勇気を出している。震える心に蓋をして、今フレイは……。
……私は何をしているんだ……! フレイにそんな事を言わせるなんて、皆を守ってみせると言ったあの言葉は嘘だったのか⁉︎ いや、そんな事あっちゃいけない……。フレイにあんな事を言わせる必要はない。私が、皆を守____
「フレイ殿、何か勘違いをしているようだが」
「……は?」
フレイよりも先に、私の声が先に漏れ出ていた。
「俺は貴殿らの誰一人として殺す気など無い。害を為す存在に対抗するのは当然だが、ただの無力な一般人である貴殿らを誰が殺すものか」
……どう言う事だ?
フレイは、唖然として固まっている。コウヤの唐突な言葉に、思考が凍結しているのかもしれない。
私達は、コウヤを殺そうとした。当然殺される覚悟もしていた。だが……なんだ? なんで、私達を殺そうとしない? 分からない。無力化したからと言って割り切るものか? まさか、そんな筈がない。
頭の中で何度も問いを繰り返す。だが、何一つ分からない。何故……何故、コウヤは殺し合いをしないんだ?
「……しかし、サツキ。貴殿には俺の最後の敵として最後の役目を負ってもらう。なに、気にする事はない。ただジッとしてくれていれば良いのだ」




