第五百五十五話 隠し球
「やはり、気づいていなかったらしいな、サツキよ」
その一言に私はまた冷静になる。すると身体中からまた痛みが湧き出、身体を投げ打つように倒れてしまう。
「なん……で……確かに、確かに私は評議会議長をこの目で……」
「貴殿の目が常に正しいと、そう思っていたのか?」
「っ……!」
コウヤと名乗る者はその足音をこちらへと響かせながら、嘲けりとも蔑みとも取れない声色を出す。
「俺は予見したのだ。貴殿ならばこの部屋への道を知ったとき、理性を失うだろうと。フレイは何度も貴殿に止まるように言ったが、それでも貴殿は止まらなかった。故に、今こうして俺に負けている」
そう言いつつ、ついに私の転がる元まで足を寄せ、立ち止まった。
「貴殿の旅はここで終わりとなる。しかし、旅路が終わったからと言ってフレイとの暮らしが終わるわけでは無い。この地で、一人の国民として平和に生きるならば……ん? 何故、俺の足を掴んでいる?」
特に気にも止める気のない、まるで道端に転がる変わった形の石に目が止まったときのような声色で、コウヤは私に問う。彼の右足首を、私の手が弱々しく握っていたのだ。
締め付ける力も絞り出せない。ただ、触れているだけの私の手。
……そう。そこに、油断するんだ。コウヤはきっと、今最大級に油断している。口調も気配も攻撃性が全くない荷がその証拠だ。
私が負けているだと……? いいや、違う。コウヤは全く現状を理解していない。
私は今こうしてコウヤに触れている。……そう、触れているんだ。今の私でも先程の攻撃のような『変化』は使える。それも、今回は直だ……! 右膝より下全部消し去ってやる……! そしたら後は数の利で、勝てるはずなんだ……!
「『変化』アァッ!」
勝どきを上げるかのように、私は咆哮した。
『変化』は回復にも攻撃にも使えるスキル、そして私の技術力の進化によってフルパワーの射程は実質無限となり、遠隔からの攻撃で、大の大人一人を一瞬の内に消し去ることもできるのだ。
しかし。
「まだ、抵抗する余地があったか……」
顔を上げた私の目の前にあったのは、さも面倒くさげに私を見下ろすコウヤの姿であった。
「馬鹿、な……」
「やはり……マナ、もといスキル。あれらは不便な物だ」
私が驚愕に固まる最中、コウヤは何の脈絡もない話を始める。
「は……? い、いきなり何を……」
「マナ切れとは意識を集中させるとブレーカーが切れるかのように訪れる物だ。……気づいていないか? もう、貴殿の体内にマナは無い」




