第五百二十三話 名前
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広がる草原と、黒い壁。どこまでも続く平原には風の一つも吹かず、緑が広がっているはずなのに何故か荒野のような寂しげな雰囲気で、人が何億人といるはずの背後は死の気配が満ちている。
精々十分程度経った頃、体力の有り余った私達はまちまちに話して暇を潰していた。
後方ではイレティナとサラマンダーとウンディーネが、もう話のネタが尽きたのかサクレイの種の美味しい食べ方について話し合っている。
一方彼女達から見て前方、私とフレイは全く別の話をしていた。
「『機械仕掛けの神』の技の名前……ですか?」
白い髪をふわりとゆらして、フレイが首を傾げながら言葉を反復する。
重要と言おうとも思ったが、はっきり言って私たちの会話も、サラマンダー達の話と大して変わらない暇つぶし程度だ。
「うん。『神滅槍』とか、『仮神翼』って名前があるでしょ? 私はただスキルの名前だとか、サラマンダーを使うときもほぼ直感なんだけど……フレイはどうなのかな、って思って」
グン・グニル、イカロス。どれも神話に登場するような武器や人の名前だ。
そしてどちらも、フレイの作る物体と非常に似ている。グン・グニルはそのまま槍の名前だし、イカロスは翼を作って鳥のように飛んだ人だ。
まあ王がそういう神話を広めたと言えばそれまでだけど……少し、はっきりさせておきたくなった。
しかし、どうやら簡単に答えられる物では無いようだ。
フレイは顎に手を当て、うなって悩んでいる。どう答えたものかと悩んでいる風だ。
「うーん……なんででしょう?」
思わず転びかけた。
「え、なんで? なんでって……」
「サツキの言うように直感か、と初めは思っていたんですけども……考えていく内にだんだん、そういえば一々名前なんて考えていなかったな、と思い出してきたんです。何というか、私が決めたものでは無いような……」
自分で言っていることが不思議に感じはじめているのか、フレイは困った顔をして言葉が止まってしまう。
しかし、私は逆になんとなく勘付いてはいた。何せ神も魔法もある異世界だ。現代とのギャップがある私にはむしろ、非常に納得できるものだった。
「自分が誰かの物を使っているって感じ?」
「あっそうです! それです! 使いこなせてはいますし、何より『機械仕掛けの神』は命よりも代えがたい私の大切なものに変わりはないんですけど……誰か、私以外の気配がするんです。私以前に誰かがこれを使って、そのお下がりをもらっているような……」
フレイは非常に興味深いことを言った。
お下がり……『機械仕掛けの神』の元は、コウキの作った洗脳もとい過剰強化の機械だったが、お下がりというには少し違う。あれは聞く限りプロトタイプ、もしくは完成品第一号と言ったところ。
だが元と言えばもう一つある。ウンディーネが手を加え、マナティクスがその機能を解放した。
そう言えばマナティクスもフレイの力が自分と似ていると言っていたな……だとすると、マナティクスがお下がりの主か?
と、そう思っていたときだった。
「『手続きのご準備ができました。どうぞお進みください』」
流暢な男性の声で、再び目の前にいたロボットが喋る。
しかし板は既に下がり、むしろ私の進行を促していた。
「思っていたよりも早いね……よし、皆行くよー!」




