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第五百十八話 遠方の物体

*


 それ以降、私達は特にこれといった変化も見られず押し黙る人々の横を歩き続けていた。

 まるで地獄への道なのではないかと勘違いしてしまうほどに誰もが疲れ切っているように見えたが、どんなに僅かでも心に希望が残っているからこそああやって黙っていられるのだろうと感じる。


 私は、ささやかながらにもそんな彼らの空腹と渇きを満たしつつ先を目指す。


 だがそんな時だった。


「……ん? サツキ、何かありますよ」


 三十キロメートル程歩いていた頃、フレイが前方を指差した。

 指差す場所は、およそ数十メートル先。草むらにまるまる埋まってしまう程度の高さだったが、横に広がりまるで小柄な丸太のようだった。


「……何だろ、あれ? イレティナは分か……」


 そこまで言って、私の口は動きを止めた。

 イレティナが、ジッとその先を見ていたのだ。それは確かめようなどという奇異の目では無い。何かを見、そしてそれに対して確かに何かを感じている眼だった。


 それが恐怖なのか何なのか私には判別がつかない。だがただ一つ言えることは、イレティナは今私たちに見えていないものを見ている。


「……」


 彼女の表情に私も幾ばくか立ち直ってきた明るい心持ちが一気に反転し、緊張が五体を支配する。

 息を呑みつつも、私の歩は早まっていた。それに合わせて皆も後ろからついてくる。


 一体あれが何なのか、一刻も早く私は確かめたかったのだ。

 そうして私の望みは、十秒もした頃に叶ってしまう。


「っ……! あれ、は……」


 その物体との距離はまだ十メートル程ある。だが、それでもそれが何なのかを理解するには十分な距離だった。草むらの中に倒れるそれは、何故だか表面を砂で覆われている。砂が偶然にも積もらず、それの一部が見えた。


 板状で、そこから伸びる五本の何かは所々角ばっている。表面は何かの紋様でも刻まれたかのようにどこまでも深い模様が刻み込まれていた。だが、模様は不規則で何の意味があるのかは分からない。


 私は、息を飲むことすらできずただ唖然としてそれを見ていた。ここまで乾いてしまったものを見てしまったら、常人だったら吐き出してしまうかもしれない。


 見える一部は、角ばりながらも流線的だった。、あさに、生き物のように。


「……サツキ……」


 震える声で、不安げにフレイが私に声をかける。その目は、物体から目を話すことができずにいた。

 これが何なのか、と私に問いたいのだろう、『万物理解』ならすぐに分かると踏んで。


 ……しかし、これは検索するまでもない。フレイの考えていることが正解だ。

 私はフレイには返事をせず、そのまま更に物体へと歩み寄り、しゃがみこんだ。


 そしてそれの表面を手のひらでゆっくりと撫で付ける。押しのけられた砂の奥から、それは正体を表した。

 ひび割れたように全体に走る紋様。物体のほとんどを占める幹のような場所から、四本の()が生えている。そして、二本の棒が平行に並ぶ合間に、楕円状のヤシの実ほどの物体が、きっついていた。


 フレイは最早絶句して何も答えられない。代わりに私は彼女に、返答した。


「……これ、死体だよ。それも一週間は経っている。異臭がしないのが不思議だけど、ミイラみたいに干からびているんだ。……この行列、やっぱり……」


 死人が出る、のか……。

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